
隔ては中垣の建仁寺にゆづりて汲みかはす庭井の水の交はりの底きよく深く軒端に咲く梅一木(うめのひとき)に両家の春を見せて薫りも分かち合ふ中村園田と呼ぶ宿あり
園田の主は一昨年なくなりて相続は良之助廿二の若者何某(なにがし)学校の通学生とかや
中村のかたには娘只一人男子(おとこ)もありたれど早世しての一粒ものとて寵愛はいとど手のうちの玉かざしの花に吹かぬまづいとひて願ふはあし田鶴(たづ)の齢(よわい)ながれとにや千代となづけし親心にぞ見ゆらんものよ
栴檀(せんだん)の二葉(ふたは)三ッ四ッより行く末さぞと世の人のほめものにせし姿の花はさそふ弥生の山ほころび初めしつぼみに眺めそはりて盛りはいつとまつの葉ごしの月いざよいといふも可愛らしき十六歳の高島田にかくるやさしきなまこ絞り
くれないは園生(そのふ)に植えてもかくれなきもの中村のお嬢さんとあらぬ人にまでうはささるる美人もうるさきものぞかしさても習慣こそ可笑(おか)しけれ
北風の空にいかのぼりうならせて電信の柱邪魔くさかりし昔は我も昔と思へど良之助お千代に向ふときはありし雛遊びの心あらたまらず改まりし姿かたち気にとめんとせねばとまりもせで・・・・・