新年を迎えて早7日。
乳幼児が凍死。それも一人ではなく、何人も何人も毎日のように。
そして、連日の激しい攻撃に増え続ける犠牲者たち。
もう450日以上、こんな日々を耐えているけれど、一向に慣れない。
空爆のニュースが流れると、息子達の声を聞くまで心配で心配で 何も手につかなくなる。
数日前、やっと繋がった息子の様子がおかしかった。
会話の端々に、ヘラヘラと笑いが混じる。
心が壊れた頃の夫の声が思い出されて、背筋が凍った。
電話が切れてからしばらくして
「心配かけてごめんなさい。僕は大丈夫だから。 もう落ち着いたから。安心して。心配しないで」
とメッセージが届いた。
あかちゃんの凍死が何人も続いた頃
「病院勤めの若い男も凍死したらしいよ」と息子達の声は沈んでいた。
それに、停戦交渉への期待を嘲るかのように
激しい攻撃音に一晩中ほとんど眠れない夜が続き…
様子がおかしかったあの日、息子は
「今日も目が覚めた。僕は生きてる」
と感情が昂ぶり、コントロールできなかったのかもしれない。そう思った。
停戦してくれ。交渉よ実ってくれ。
そんな、祈る気持ちで過ごした年越し。
私には、あの子たちをミサイルから守る力はないけれど。
せめて、心を守り続けることができますように。