アヤツでノンビリと向かったのが秘湯?で有名なコチラ!
【乳頭温泉郷 鶴の湯温泉へ突撃】
じゃじゃ~ん!
こ~んな感じ・・・
今回の旅の目的は・・・
毎回、夏の避暑旅行の途中に大好きなコチラへ日帰り温泉利用ってパターンだったので・・・
一度、宿泊したいなぁ~と・・・
しかも雪の沢山積もった時期にコチラの露天風呂を味わいたいと考えての旅です!
ちなみに数年前に同行者が予約してくれたのですが・・・
別館山の宿だったのでメインのコチラへ送迎バス移動の不便さでキャンセルした経緯があります・・・
※その時は大喧嘩になりましたなぁ~(笑)
この日は14:30前頃に到着したのですが・・・
まだ日帰り温泉利用者が大勢おりますなぁ~
※日帰り温泉は15時迄です!
イ・ビョンホン主演の韓国ドラマ「IRIS」のロケ地がこの周辺だった影響からか(田沢湖駅にもポスターが貼っていた)韓国の方々が多くいらっしゃった模様です!
※韓流ドラマ見た事ないんで良く分かりませんが・・・
【本陣(事務室)】
じゃじゃ~ん!
コチラへ入ってチェックイン!
同じバスで来た人も日帰り温泉利用の方々がおりましたのでバタバタされておりましたが・・・
オイラはノンビリと内部をパチパチしておりました!
コチラのメインである本陣に泊まろうと考えておりましたが・・・
隣室の声が聞こえる等々の口コミ等により敬遠し、今回は別の部屋に致しました!
※本陣は部屋の中に囲炉裏もあるし・・・宿泊費も9,870円とリーズナブルなんですがねぇ~
【乳頭温泉郷 鶴の湯温泉敷地内の様子】
じゃじゃ~ん!
こ~んな感じ・・・
まだ日帰り温泉客がいるので温泉に入るのは後でいいやと敷地内散策!
ちなみに・・・
鶴の湯温泉は乳頭山(1,478m)の麓の乳頭温泉郷の八軒のうちの一軒で同温泉郷の中でも最も古くからある温泉宿です。
古くは寛永15年(1638年)に二代目秋田藩主 佐竹義隆が、寛文元年(1661年)に亀田岩城玄蕃が鶴の湯に湯治訪れたといわれています。
一般客相手の湯宿としての記録は元禄時代(1688~1704年)から残っています。
鶴の湯の名前の由来は地元の猟師.勘助が猟の際に傷ついた鶴が湯で傷を癒すのを見つけ事がそのまま鶴の湯の名に残ったのだといいます。
茅葺き屋根の本陣は二代目秋田藩主 佐竹義隆公が湯治に訪れた際に警護の者が詰めた建物として今では鶴の湯を代表する建物となっています。
茅葺きは約6年ごとに葺き替え(ふきかえ)という作業をします 生保内下高野地区からススキを刈り 一冬越してから神代梅沢地区の茅手(かやで)と言われる職人が昔ながらの作業をします。
<上記、鶴の湯温泉のHPより黙って拝借(笑)>
さて宿泊した部屋の様子等はまだ次回に・・・
【乳頭温泉郷 鶴の湯温泉へ突撃】
じゃじゃ~ん!
こ~んな感じ・・・
今回の旅の目的は・・・
毎回、夏の避暑旅行の途中に大好きなコチラへ日帰り温泉利用ってパターンだったので・・・
一度、宿泊したいなぁ~と・・・
しかも雪の沢山積もった時期にコチラの露天風呂を味わいたいと考えての旅です!
ちなみに数年前に同行者が予約してくれたのですが・・・
別館山の宿だったのでメインのコチラへ送迎バス移動の不便さでキャンセルした経緯があります・・・
※その時は大喧嘩になりましたなぁ~(笑)
この日は14:30前頃に到着したのですが・・・
まだ日帰り温泉利用者が大勢おりますなぁ~
※日帰り温泉は15時迄です!
イ・ビョンホン主演の韓国ドラマ「IRIS」のロケ地がこの周辺だった影響からか(田沢湖駅にもポスターが貼っていた)韓国の方々が多くいらっしゃった模様です!
※韓流ドラマ見た事ないんで良く分かりませんが・・・
【本陣(事務室)】
じゃじゃ~ん!
コチラへ入ってチェックイン!
同じバスで来た人も日帰り温泉利用の方々がおりましたのでバタバタされておりましたが・・・
オイラはノンビリと内部をパチパチしておりました!
コチラのメインである本陣に泊まろうと考えておりましたが・・・
隣室の声が聞こえる等々の口コミ等により敬遠し、今回は別の部屋に致しました!
※本陣は部屋の中に囲炉裏もあるし・・・宿泊費も9,870円とリーズナブルなんですがねぇ~
【乳頭温泉郷 鶴の湯温泉敷地内の様子】
じゃじゃ~ん!
こ~んな感じ・・・
まだ日帰り温泉客がいるので温泉に入るのは後でいいやと敷地内散策!
ちなみに・・・
鶴の湯温泉は乳頭山(1,478m)の麓の乳頭温泉郷の八軒のうちの一軒で同温泉郷の中でも最も古くからある温泉宿です。
古くは寛永15年(1638年)に二代目秋田藩主 佐竹義隆が、寛文元年(1661年)に亀田岩城玄蕃が鶴の湯に湯治訪れたといわれています。
一般客相手の湯宿としての記録は元禄時代(1688~1704年)から残っています。
鶴の湯の名前の由来は地元の猟師.勘助が猟の際に傷ついた鶴が湯で傷を癒すのを見つけ事がそのまま鶴の湯の名に残ったのだといいます。
茅葺き屋根の本陣は二代目秋田藩主 佐竹義隆公が湯治に訪れた際に警護の者が詰めた建物として今では鶴の湯を代表する建物となっています。
茅葺きは約6年ごとに葺き替え(ふきかえ)という作業をします 生保内下高野地区からススキを刈り 一冬越してから神代梅沢地区の茅手(かやで)と言われる職人が昔ながらの作業をします。
<上記、鶴の湯温泉のHPより黙って拝借(笑)>
さて宿泊した部屋の様子等はまだ次回に・・・