雨の記号(rain symbol)

ジュンブンガク

 タレントなどの名前を忘れるということがこの頃起こるようになった。年のせいであろう。
 タレントの名前を忘れるなど愛嬌だと思うが、職場の同僚が目の前にいるのに思い出せないことが最近あって、その時は本当に焦った。その人から「私、誰か知ってる?」と聞かれたらどうしようかと心配になったくらいだ。さいわい、その後すぐ思い出したから、重症ではないと思う。いや、そう思いたい。
 この文章を書き起こしたのは、昨夜、ある人物のことをしきりに思い出そうとしてあえいでいる自分の夢を見たからである。
 キーワードとなったのは「ジュンブンガク」という言葉である。このジュンブンガクという言葉を誰かがどこかで使っていた。最近のことである。
 その人物は誰だったか、と考え始めて、僕はいつしか深みにはまってしまった。むろん、夢の中でである。うんうんうなって記憶をかきまぜて、とうとう、シイナ、まで思い出した。ところがそこから先がいけない。どうにもたどりつかない。シイナ何とかの堂々巡りになってしまったからだ。しかも該当者はそこにいなかった。
 それをここに挙げてみよう。最初に思い起こしたのはシイナリンゴである。この名が非常に強烈で、そのため、次に進むのが大変だった。次はシイナリンゾウだった。シンヤのシュエンのシイナリンゾウだ。この人ではない、とかぶりを振ると、シイナリンゴという名が戻ってくる。ナース姿で歌っている彼女の映像まで入ってきてしまった。この時、シイナエツコという名が感覚的に入ってきて、その名を反復しているうちにシイナエツサブロウにたどりついた。違う、違う。自分は必死で彼を否定した。当人はまだ死んではいない。確か、もっと若い。するとまたシイナリンゴが頭の中で回りだした。再びナース姿の映像である。僕は必死でそれを払いのけた。今度はシイナリンゾウだ。違う、違う。彼は死んでいない。そしたらまたシイナリンゴである。
 そしてとうとう思考停止の状態に陥り、どうやら眠ったのだった。
 シイナマコトという作家を思い出したのは翌日の昼食時のことである。東北なまりの同僚と話をしながらご飯を食べている時、ふいにその名が脳裏をよぎったのだった。
 彼の文章を読み、純文学はいつからジュンブンガクになったのであろうと考えた。その時から、彼の名はひとつの伏線となって僕の頭の片隅にすべりこんできてしまっていたようだ。
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