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キム・ミョンミン主演の「ベートーベン・ウイルス」は好きなドラマのひとつで幾度か見直している。いろいろの騒動を描きながら、回を追うにしたがってそれぞれのキャラが輝きを見せるいいドラマである。
しかし、最後のラストシーンに遭遇するといつもながら少し吹っ切れない気分にさせられる。
全体としていいのだが、最後がもうひとつ弱い。そんな感じである。
ひょっとすると前にも書いたかもしれないが、主人公の孤独をまぎらわす相棒(愛犬)がラストにいてはどうも邪魔でならない。焦点がぼける。ここにはいない方がいいように思われる。
ラストで画面に背を向け立ち去るシーンは、視聴者のヒーローとの決別で常套的に用いられる手法だがこれはまあいい。この場面にきてちょっと寂しい気持ちにさせられたりするのは、それだけこのドラマにのめりこんだと言えるだろうからだ。
ただ、このドラマのこの場面はカン・ゴヌ一人でいいのではないだろうか?
相棒のトーベンも主人公と一緒にかの地へ旅立つのは視聴者にもわかっている。ならばここにわざわざ登場させる必要はないだろう。
場面としては絵になるが、ドラマとしての力は逆に弱める作用をしている。
なぜならこの地へきてカン・ゴヌは変った(むろん彼に触れた人たちもそれ以上変った)。指揮者として一徹な信念は揺らぎこそしたが更なる成長の一里塚であった。
しかもカン・ゴヌには、バイオリニストを目指すトゥ・ルミとの大きな出会いがあった。自分の世界に閉じこもり、恋すらしたことのなかった彼は彼女に出会って変った。
音楽は孤高のものではなかった。日々の生活を営む人たちのすぐそばにあった。かつてカン・ゴヌがわき目もふらず必死で通り過ぎた通俗の場所だ。
好むと好まざるにかかわらず、彼はトゥ・ルミによって再びその世界に降り立たされることになる。これまで忌避してきた他人との煩雑なかかわりあいが彼女を通じて始まってしまったのだ。
他人と接する機会が多くなれば価値観や利害がぶつかり合う場面も多くなる。
いろんな人の利害や欲望に巻き込まれそうになりながらも、彼はトゥ・ルミに助けられたり励まされたりしながら、彼は自分が守らねばならないものは守り通す。その揺るがない信念が周囲の人たちの心を変えたりもした。彼はそれをじかに自分の目で確かめることにもなった。
このドラマは寄り添う女性(男性)がひとつのキーワードだ。
ペ・ヨンギにはキム・ジュヒ。キム・ガプヨンにはハ・イドゥン。ストライキに突入した市響団員にも女性がついている。そしてカン・ゴヌにはトゥ・ルミだ。
騒動に巻き込まれていく過程でカン・ゴヌの心には、トゥ・ルミに対する恋愛感情が芽生えた。彼が忌み嫌う俗人との折衝に大きく踏み込んでいけたのは彼女の有形無形のバックアップが大きかった。
いつしか自分が彼女に支えられていたことを彼は知った。これまで大事にしてきた指輪をトゥ・ルミにあげたのも感謝の思いが強かったからだろう。
「写真なんか撮るな」
「だって覚えておきたいんです。先生からもらったものはCDとガムしかないから。ガムは食べちゃったし・・・」
「だったら靴下でもやろうか。だから、やめろ」
「出発はいつ?」
「来週。見送りになんかくるなよ」
「ドイツへ旅行に行ってはいけないですか?」
カン・ゴヌはトゥ・ルミを振り返る。
黙って答えない。また背を向ける。
「ミュンヘンも?」
「・・・まだダメだ」
「・・・いつまで待てば?」
ゴヌは振り返る。
「携帯を貸せ」
「どうして? 画像を消す気ですか? 撮ってなんかいませんよ」
「確認する。出せ」
仕方なくトゥ・ルミが携帯を出すと、ゴヌは彼女の手を取った。カバンを置き、携帯を見た。何か操作したしぐさの後、携帯を返す。しかし彼女の手は握ったままだ。
ゴヌは彼女の手のひらに指輪を置いた。
「靴下よりはましだろが?」
「他の女からもらった指輪を?」
「女だと? 何を言ってる。これは私がベートーベンの生家で買ったものだ。留学生時代に昼食代も惜しんでこれを買ったんだ。どうしてかわかるか?」
「・・・」
「指揮者に指輪は禁物だが、それでもずっとはめていた。ピアニストが訓練で鍵盤を重くするように自分を強くしたかった」
ゴヌはそう言ってトゥ・ルミの指を閉じた。
「今度はお前の番だ」
「・・・」
「私にはもう必要ない。完璧になったからな」
トゥ・ルミは笑った。
ここでテヨンの歌が流れる。
カン・ゴヌがトゥ・ルミにあげたのは別れの指輪ではないはずだ。
「私に会いに来る時は私のように強くなってから来い!」
言外に含まれていたのはこの思いではなかろうか。
トゥ・ルミはそれを理解して笑ったように感じた。
カン・ゴヌがこの地を去る時、トーベンが寄り添っていてはいけなかった。
孤独の相棒トーベンはその座をトゥ・ルミに譲るべきだった。
ラストのあのシーン、カン・ゴヌは一人で歩いて去るべきだった。
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