白鵬と朝青龍の優勝争いは大いに注目される。
だが相撲の面白さや醍醐味は優勝争いにだけあるわけではない。それが本線なのは間違いないが、そこだけに注目し過ぎると勝ち負けだけにこだわるのと同じ意味になってしまう。
相撲は日に何百番、すなわち中入り後だけでも二十番の取り組みがある。この中には平凡な内容の相撲もあれば、ハラハラドキドキ、見ている者を熱狂させるような相撲もある。
長い間大相撲を支持してきた者は、いったい相撲のどこを愛してきたのであろう。正直、平凡でおとなしい内容の相撲を愛してきた者など一人もいないであろう。何事もない単調な人生より波乱万丈の人生の方が人の関心や興味を引くように、痛快で面白い相撲こそ多くの相撲ファンの心を引き付けてきたはずである。
これまで相撲を愛し支えてきた者は、そういった痛快無比の相撲に人生の有為転変、様々の姿を想像力の中で垣間見てきたのではなかろうか。
相撲の決まり手で一番多いのは寄りきりである。だがもしこの寄りきり相撲ばかりが土俵上で増えてくれば、相撲人気はどんどん低落してしまうだろう。いや、そればかりだったならとっくに相撲人気は廃れていたはずである。
寄りきり相撲は相撲の原点かもしれないがそういうのばかりではつまらない。一発逆転のわざもそれらを彩ってきた。相撲とは、上手投げや下手投げの応酬は言うに及ばず、捨て身のうっちゃりや投げ技が出てきて決まったりするところに、痛快な面白さ、勝負の意外性が潜んでいる。相撲は各々に見合った個性がぶつかり、寄りきりや押し出し、投げ技、引っ掛け技、多種多様の技が出てくるから面白いのである。
日本で最初に相撲をとった外国力士はハワイ出身の高見山だと思った。この大型力士は豪快ではあったが足腰がもろかった。派手に勝つ一方で、小兵力士にいなされたりはたかれたりして、よく土俵に転がされていた。
僕らは仲間との相撲談義で、畳の上で育ったきた自分たちは膝が柔軟に出来ている、外国のどんな力士がやってきても、日本の大相撲で横綱になれる者はいないだろう、という話をしていたものだった。
しかし、こういった予測はもっとスケールの大きい力士がハワイからやってきて覆されてしまった。小錦、曙や武蔵丸、彼らはやはり足腰はもろいままだったが、持ち前のパワーだけで大関や横綱にまで上り詰めてしまったのである。
貴乃花が奮闘して日本の大相撲の面目を何とか保った格好となったものの、大型力士の大味の相撲に荒らされてか、相撲の面白さはこの頃からかげりを見せだした。貴乃花や若乃花が引退すると、相撲はにわかに低迷期へと突入してしまった。ハワイ勢によるパワー相撲の余波で、業師の相撲が迫力や魅力を失ってしまったのである。
相撲界は客足が遠のいた一方で、一気に群雄割拠の時代に入った。といえば聞こえはいいが、力の似たり寄ったりの力士ばかりになり、横綱候補が出なくなってしまったのである。
そういう中から彗星のように登場したのが朝青龍だった。力と技の融合させたモンゴル相撲の幕開けであった。
モンゴル相撲の特徴は、まわしをとっての四つ相撲にある。彼らは離れても相撲をとるが、まわしを取るとみんな実にしぶとい。投げ技は強く、足技も油断がならない。
ロシアやヨーロッパからの力士も登場して、幕内力士は国際色も豊かになってきた。だが、ロシアやヨーロッパからやってきた力士はじょじょに欠点や弱点をさらけだしてきた。相撲も研究されてしまい、今や上位で安定して活躍しているのは琴欧州くらいになってしまった。その彼でさえ、大関として物足りない成績をこのところずっと続けている。まだ若いのに横綱を狙うどころか、その地位を守るのにキュウキュウとしているような有り様である。
しかしモンゴル力士は違う。朝青龍に続き、白鵬、安馬、時天空という力士がじりじり強くなってきている。この頃、相撲人気は復活してきた感がある。人気復活に一役買っているのは彼らモンゴル力士と言っていいだろう。ともかく、彼らの相撲は面白い。彼らは土俵をつくらず相撲をやってきたせいか、寄り切ったり押し出したりする相撲に重点をおいていない。どんどん技を繰り出してくる。だから面白い。
横に飛んではたいたりして勝った相撲があると、こういう楽をして勝った相撲は身につかない、と相撲解説者が勝った力士をとがめたりする場面によく出合う。だが、僕は同じ言葉でもって負けた方の力士を責めたくなる。どっちも同じ意味だからである。はたいて勝つ相撲がダメならはたかれて負ける相撲もダメだからである。
横綱朝青龍は立合いで相手に飛ばれて負けることがない。相手に立ちなさいという仕切りから入って立合いを行うからであろう。
少しでも相手より先に立とうとする仕切りがよく見られるが、あれは見苦しい。立合い勝ちすることだけに神経を砕く相撲ばかり取っていては、結局、強くなれないであろう。立合いで決まったような勝負はちっとも面白くないというのを、相撲の一ファンとして強調したい。モンゴル相撲が魅力をかもし出しているのは、立ち合ったあとの相撲に見るべきものがあるからである。
今日の十三日目は、白鵬と朝青龍の星争いが大いに気になった。どっちも気合が乗って面白かった。だが、本日でいちばん面白かったのは高見盛対時天空戦である。勝ち負けにこだわった激しい相撲となって興奮させられた。テレビ画面なのに思わず身を乗り出してしまったほどだ。
結局、張り手で積極的に相手の顔を狙い続けた時天空が、我を失って態勢を崩した高見盛を切り返しで破って観衆を沸かせた。思うように相撲をとって勝って得意満面の時天空に対し、顔を傾け気味にすごすご引き揚げていく高見盛に観衆はまた沸いた。そこにはほっぺたをさんざん張られた高見盛への同情もこめられていたかもしれない。
テレビは支度部屋に引き揚げていく高見盛の姿を追いかけていたが、あのやろう、と悔しさをぶちまけている彼の言葉に勝負への闘志が表れていた。
この相撲に対し、顔だけを狙って張っていくのはどんなもんですかね、の意見も聞こえたが、勝負とはああいうものであろう。あれくらいでないといけない。気の乗らない相撲より、激しい闘志の交錯する相撲の方が僕らの胸に届くことは間違いないのである。
この相撲は本日で一番お客さんを沸かせた相撲だった。
追記→14日目、朝青龍VS白鵬は朝青龍が突き落としで勝った。短い攻防だったが、内容の濃い相撲だった。
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