正祖(チョンジョ)の役どころで登場しているペ・スピンはソン・イルグクの『朱蒙』でソソノに仕える策士サヨンで好演した。最初この俳優が登場した時、見たことがあるな、とは思ったが、しばらくはそこに結びつかなかった。彼だと気付いた時は驚きが強かった。
韓国ドラマではこういうことがしばしば起きる。「チャングムの誓い」でチェゴサングン(最高尚宮)を演じた女優が、「私の名前はキム・サムスン」に出てきた時も、その女優だと知らないで僕はずっと見ていた。チェゴサングンをやった時のばあさん臭さがこっちではまるで感じられなかった。簡単に演じ分けられることではないだろう。
ただ一人信頼を寄せていたキム・ホンドが御真画師の競合で勝ち上がってきたことで、正祖(チョンジョ)はある決意を持ってこの場に臨もうとしていた。
寸法取りが終わった後、二人は朝鮮初代王・太祖殿下の御真を拝見し、礼判から御真についての説明を受けた。
「御真は王と同じ権威を持つ。王に対する様に礼をつくしなさい」
二人は右手を下に手を組み、礼判の玉条に聞き入った。
「御真は単なる肖像ではなく、王であり象徴である。緻密な描写はむろんだが、顔に表情があってはならない。しわ、傷跡、ほくろなど、個の特徴を示すものはいっさい描いてはならない。手は袖の中に隠し、儒教国として手を重ねるという礼をあらわす。左右対称なのは士農工商、高貴卑賤に関わらず公平に恩恵を授けることを意味する」
厳粛な話のあとに待つのは、身を清めるための沐浴である。
しかし、沐浴とは言っても風呂は風呂。ざっくばらんで合理的な考えの持ち主であるホンドは、ユンボクとともに気楽に入浴しようと思っているようだが(どうやら、ユンボクが女人なのかも、との疑念は彼にはまだ芽生えていないようである。この鈍感ぶりは、同時的に彼が恋愛に対して晩生であるところを描きだす効果ともなっている。ユンボクは女がいたと思っている)、女人であることを彼に悟られてはならないユンボクにとっては大きなピンチである。ホンドに、一緒に入ろう、と言われ、うろたえるユンボク。後でも先でも別々に入ることにこだわっているユンボクの態度を不思議がるホンド。
ここからユンボクの入浴をめぐって展開するシーンは今回最大の見せ場である。いや全話を通してもっとも微笑ましく麗しいエピソードを形成しそうである。
入浴をめぐっていろいろの気苦労が生じたため、ユンボクは胸あてのさらしを部屋に取り落としていったことにも気付かない。予定調和が崩れた時によくありがちなことである。しばし、くつろいだ後、その布切れに気付いたホンドは、それがいったい何なのかわからない。紐にしては幅がある。しかも長い。しかし、たどり着くのは紐しかない。いずれにしろ、ユンボクが忘れていったものだ、何だか知らないが届けてやろう、それにもう、風呂から出てくる時分じゃないか、どれ、入れ替わりで自分もひと風呂、といった調子で彼は腰をあげる。
一方、ユンボクはそういった事態が発生しているとはつゆ知らず、のんびり湯船に親しんでいる(女の長湯は世界共通なのかな?)。明日からは大事な仕事がひかえるけど、大きなお風呂はやっぱり気持ちがいい、しあわせ、と気分も高揚していたところにホンドがいきなり踏み込んできたから、さあ、大変だ。蜂の巣をつついたような騒ぎを、ユンボクは一人で起こすことになった。
こういう中にもクスクスとなりそうなユーモラスな場面も抜かりなく用意される。ユンボクのさらしでホンドが足指の間を丹念に拭きあげる場面は秀逸だった。そのさらしを夜中に起きて、砧でうつユンボク。大事な仕事の初日を寝不足で迎えたのだ(裏方に専念することの多かった女性は歴史の中でこういう苦労をいっぱい積み重ねてきたってことでしょう)。
奇しくも重ね合わさった運命をたずさえて御真の場に臨もうとする二人。しかし、そこはまるで針のむしろである。宮廷の重臣や図画署の絵師らが、二人を追い落とす機会を狙わんものと待ち構えている。重臣らはほとんど正祖の父を追い落とした祖父の継室、貞純大妃の息がかかっているし(この辺の流れは現在放送中の正祖大王<イサン>と比べてみるとより濃密な空気を味わえるかもしれない。風の絵師では、ホン・グギョンの活躍はそうとう抑えられている)、多くの絵師は図画署を牛耳る別堤の下に組しているからだ。
重責と緊張で小さくなっている二人の前に現れた正祖は、重臣らに向かってかねて決意の言葉を言い放つ。
「二人だけを残してみな下がりなさい」
国家の大事に目を背けることができましょうか、と重臣らは食い下がるが、
「大臣たちの視線に絵師らが硬くなり、画事を仕損じてはとの憂慮からだ」
と彼らの考えを受け付けない。
重臣らが引き下がり、三人だけになると正祖は本心を明かした。
「私は王を霊妙なる者としてまつりあげ、過剰に道徳的な観念で縛りつけ、身動きできないようにしようとする策略をよく知っている」
正祖は
「今回の御真により自分はその禁忌を破り、王も感情を持つ人間であることを証明したいのだ」
王の言葉にホンドは御真画師を競ったミュンギの言葉を思い起こした。
「もっと高いところでお前たちを注視している目があることを忘れるな」
そのことを話すと、二人は自分が守ると王は応じた。
それが貞純大妃らであることを王はわかっていたのだ。
貞純大妃派の老論らは正祖の意図が読めず苦慮の謀議を重ねる。
大行首キム・ジョニョンが提案する
「顔料の中にはは金や銀以上に貴重な宝石がある。それをダメにすると管理不十分で罪に問えるのでは」
一方、ヨンボクは身体を毒で侵されながらも紅花から顔料を造るのに奮闘を続けている。
大きな陰謀が渦をまきだした中で、二人は下絵を描きはじめた。被写体を続けながら、正祖は一人の人間としてホンドに語りかけた。
「私には誰にも明かせぬ秘密がある」
誰にも明かせぬ秘密・・・ホンドには親友の謎の死・・・ユンボクには両親が誰かに惨殺された日のこと・・・それはそのまま二人にも当てはまる言葉だった。
たった一時間でこれだけの内容が詰まっている。いいドラマである。
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