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井戸端談義・徒然記(MEi日記)

眺める人生は 楽しい 

トリスタン・ダ・クーニヤ島(再)

2013年04月29日 | Weblog







先日横になりTVをぼんやり見ていた。興味津津のものが映って、
来た。「世界で一番遠い島」というもので、ケープタウンから行く
らしい。平等を基本とするその島は、全てが助け合いの精神である。
人間が住みついた頃からの精神で現代版共産主義者集団とでも

言うのか、その島の名はトリスタン・ダ・クーニア島と言う。
その島には支配者が居ない要するに島民は、大家族の様なものである。
漁業が主であるが島の人は二つ以上の仕事を持っている。
ロブスターの輸出だけで税収の60%であると言う。そいう所で

ありながら支配者が居ないというのである。現代人なら涎が出そうな
島ではなかろうか。正しい位置とは言えないが、大雑把には
位置ずけられる。東経4°~5°
位で南緯38°位だと
思う。新しい警察署も出来たが留置場は使われた事がない。

21世紀の理想郷なのか?


床の中の夢(再)

2013年04月29日 | Weblog






私は時々、見たいものがある。床の中で見る夢である。それが夢というものを全く
見ないのである。それが熟睡の証拠と言われても日中にも眠気ばかりで、熟睡とは
思えない。元気な時は、国道199号線を小倉までよく歩いたものである。

道中は道草ばかりで仲々進まない。その時の夢を見てみたいと思うのだがそれが見
られない。先生曰く「夜はよく寝ていますか?」と・・ワイフも寝てるか寝てない
かが、わからないほど静かです」と言う。私は不満である。私は先生に言う。
「私は寝ているから、自分の寝姿は判らないが」夢位は見たいと言う。先生に言うと

「そうですか、見たい夢がある成程ね~」と言って悪い傾向では無いですょ」で終わ
り。    あ~ぁ!!


プロ写真家のものです           

プロ写真家のものです。

くさい話(再)

2013年04月27日 | Weblog





尾籠な話だが、ズバり放屁の話から始まる。息子を褒
めるわけではない。若い割にはえらいなと言う事が昨
夜あった。3月に結婚という事で家族を巻き込んだ忙
しさが続く。その時本人曰くくさい屁をこく奴が居る

ちゃ~ね~と言うのである。自分の嫁になる人の屁が
臭いという。そんな事位は本人のいないときにしてく
れれば私も言葉を、捜しながら対処出来るがいきなり
本人を、私の前に座らせ、放屁の話である。あまり日

本では品のいい話ではないので息子に目配せをする
位。で如何してこんな息子がえらいかかと言うと、
対象にする人間がその場に居ない時は、一言も言わな
い。本人がその場に居れば話し出す。高校の時(公立

進学校)万年ドン2を通した。ドンべよりドン2を続   
けるのは、難しいらしい。確かに親の知らぬうちに人
の痛さを知る人間には、なった様に思う。誰も教えな
くとも子供は育っている。人様に迷惑をかけずに。

海外では生理現象の放屁は、恥ずかしい事ではない。
日本は、そこまで行けず恥ずかしい事に為ってるが…



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仲間意識

2013年04月25日 | Weblog



尤もらしい表現をする事の上手な日本人だと思う。 国際競争力に勝つ、国力、雇用調整、会社あっての従業員等々と、経営者は言う。何故かしら東アジア系人は大きなものの見方や考え方が出来ない人種なのか、100%自分の立場を崩さな

いでものを言おうとするきらいがある。目先の世界でしか思考しない日本企業。何か事が起これば、国際競争力という言葉を盾に使う。プールしたお金は国際競争にしか使えないのだろうか。発展期の経営者は田畑をはたいて従業員を守っ

た話は幾つもあった自殺さえ報じられたのは度々であった。今は従業員をすぐクビにする。利益はしっかり守っていながら仲間意識なんてない。国際競争に勝てば仕事仲間は如何でもいいのかと、愚痴も出て来る。全てに事なかれ主義となり

つつあるのか。高度成長期は会社が儲かっているのでざわつきは無いが、あの時も犠牲を払ったのは労働者であった。仲間にも色々あるが、何んと言っても仕事仲間に適う仲間は居ない。この意識が薄れだしてるように思えて為らない。
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哀愁(2)

2013年04月24日 | Weblog




駅には何処の駅にも哀愁がある。鹿児島本線の折尾に用事があり初めて行った。それまで近くに在っても行く事もなかった。歴史ある駅舎である事は話に聞いていたが、門司港を(国の重要文化財)乗り降りする身ではあるが、其処にあるその重みは感ずるものがあった。用事に気をとられ駅に関しては何一つ調べず、パンフレット一枚貰うのも忘れていた。聞くところに依るとかしわ飯の駅弁が有名だが未だ食べた事が無い。そして案内板はあるが、

案内板と言えるのかどうか迷路のような連絡通路がある。その訳は駅には珍しい高架鉄道駅で複雑だ皆がこちらに行くからこちらであろうなんて思ったら大変な事になる。その鹿児島本線の下を走る筑豊電鉄は暗い面影があり好きになれない。やはり古い駅にありがちな駅前も狭く昔が偲ばれる。古い駅には哀愁がしっとりと秘められている。若い頃門司港駅に帰って来ると、正面に駅舎が迫りその先は線路が盛り上がり線路は無い。あ~あ帰って来

たと思うのである。そして(恐らく日本一綺麗なトイレと思う?に行くのである。)その頃の思いと、今の思いは格段の差はあるが、駅には用事が無くとも寄って見たいのは今も変わらない。
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