1999年(平成11年)に滋賀県豊郷町に大野町長が就任すると、小学校施設の老朽化と耐震性を理由として校舎と講堂を解体するとともに新校舎の建設を目指す方針を打ち出し町議会もこれを賛成多数で承認しました。
しかし、地元町民からは歴史のある校舎を取り壊すことに反対する意見が出され、賛成意見を大きく上回周り、最高裁を含む何回かの裁判で、新小学校はこの旧校舎の横に新設され、旧校舎は耐震工事完了後の2009年5月、町立図書館などが入居する複合施設として再出発しました。
この騒ぎは当時、マスコミでも大きく取り上げられ、日本中で大きく議論がなされました。丁度蛍狩りに合わせてこの旧校舎を訪問しました。
この校舎は1937年(昭和12年)、本校出身で伊藤忠商事および丸紅の前身にあたる伊藤忠兵衛商店専務の古川鉄治郎氏が、アメリカ建築家ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏設計の校舎と講堂を建設し寄贈されました。
階段の手摺りにはこのようなイソップ寓話「ウサギとカメ」をモチーフとした小さく数多いブロンズ像による装飾(階段を上るに連れて物語が進展してゆく構成)があり、当時としては珍しい鉄筋コンクリート構造の校舎は、2004年(平成16年)に豊郷小学校が新校舎へ移転した後も、今日に至るまで町のシンボルとなっていいます。
ウイリアム・メレル・ヴォーリズ氏はあの1941年(昭和16年)太平洋戦争勃発の年に日本に帰化して、夫人の姓をとって、一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)と名乗られ、「米来留」とは米国より来りて留まるという洒落で、本当に日本を愛した外人の一人でもありました。
それからメンソレータムで名高い「近江兄弟社」設立人の一人であったり、太平洋戦争終戦直度、連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力したことから、「天皇を守ったアメリカ人」とも称されている方です。
ー 以上 ー
ー 以上 ー
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます