皆さんが京都観光のことを書かれているので、僕も書きたいと思います。
ちなみに、森本主将にならって画像は貼らないスタイルで書かせて頂きますので、ご了承ください。
錬成大会の翌日、僕は一浪目をともに戦った戦友たち(2名)と会う予定をたてていました。
朝早くに起床した僕は午前中、伊藤と行動を共にし、お昼ご飯をフェリー組の方たちと京都駅で食べました。
お昼ご飯が終わると、各々目的地を目指して散開。
すでにブログで書かれていたように経済学部隊は京都観光へと向かい、僕はそろそろ戦友たちと連絡をとり、ランデブーポイントを決めることにしました。
このとき僕のスマホは瀕死の状態であり、充電のために”あなたと、コンビに、”のスローガンでお馴染み FamilyMart、通称:ファミマにいくことにしました。
突然ですが、ここで僕の戦友たちについて、少し書きたいと思います。
2名いる戦友の内、一人(以降仮称:戦友A)は滋賀に住んでいます。もう一人(以降仮称:戦友B)は地元鳥取に住んでいます。
今回は僕が京都に行くということで滋賀在住の戦友Aのところに戦友Bと僕が遊びにいくというプランでした。
AとBは一浪時代ともに学び、ともに食べ、ともに歌い、ともにボーリングをし、ともに怒られ(怒られてたのは僕だけのような気もしますが……)、そして僕だけリトライという、まさに戦友のような奴らです。
AとBはまあまあ会っている様ですが、僕は北海道住みということもあり、帰省のときに会うくらいだったので、結構楽しみにしていました。
話を戻します。
僕は、最近バグり気味のスマホのHP回復のために、ファミマへ行き、2人と連絡をとることに。
充電をしつつ、電源が落ちていたスマホを起ち上げるとすでに2人から連絡がきていました。
戦友A「腹痛で動けん、申し訳ない」
戦友B「うそ…だろ…」
……衛生兵!衛生兵はおらんかぁあ!!
と叫びそうになりましたが、良識ある大人(2歳)である僕がファミマでこんなことができようはずもなく、ただ茫然と立ち尽くしました。
このあと、少しごたつきましたが、結局戦友Aの家に行けることになりました。
楽しみにしていたプランが頓挫せず済んだことに、ほっと胸をなで下ろしたのも束の間、ここで新たな誤算が発覚しました。
僕は京都駅から戦友Aの家の最寄駅まで1~2時間はかかると踏んでいたのですが、なんと15分で着くとのこと。
遅刻のしすぎで最近マジで亀裂が入りかけている友情を修復するために、余裕をとったつもりが、とり過ぎました。
戦友Bはそのときまだ鳥取で、到着までに2~3時間はかかるとのこと。
ここから僕の空き時間との闘いが始まりました。
この誤算が発覚して、まず真っ先に経済学部隊との合流を考えましたが、散開してからすでに1時間近くが経過しており、不可能と判断。
生き返ったスマホには経済学部隊の楽しそうな現状報告が続々と送られてきました。
それを一人、ファミマの休憩スペースで読み、微笑む自分を客観視して、心が砕けそうになりました。
その後、酷い睡魔に襲われた僕は人生で初めてコンビニで寝るという経験をしました。
目が覚めると景色はあいかわらずファミマ店内。経済学部隊との音信は完全に途絶えていました。
戦友たちとの音信も途絶え、完全に孤立しました。
休憩スペースに長時間滞在するという行為に大人(2歳)の僕の良識が苦悶の声を上げていたので、パスタとチキンと飲み物を購入し、休憩スペースに戻り、食事をしました。
時間とは平等なもので、そんな激闘も楽しい観光と同様に過ぎ去り、京都駅に別れを告げる時間が近づいてきたため、地元の家族にお土産でも、と思い、京都駅構内に行ったところ、異様にテンションと声のボリュームの低い森本主将と出会いました。
束の間、談笑した後に再開を祝してお土産を買いに行きました。
2人でおいしい漬物を買いました。
森本主将はその後すぐに和歌山に発たれるということだったので、改札でお見送りした後、少し京都駅をぶらついてから、僕も京都駅を後にしました。
その後の予定は驚くほどつつがなく進み、滋賀についた僕は腹痛のため家から出られないAを残して、Bと二人で温泉に行き、Aおすすめのお店で焼肉を食べ、Aの家で駄弁った後、普通に寝ました。
次の日は正午の飛行機で帰る予定となっていたため、早起きして普通にAの家から帰りました。
あまりにスムーズだったため、帰省時に地元でやってることと何が違うのかというささやかな疑問は残りましたが、とても楽しかったです。
だらだらと書きましたが今回はこの辺で終わりにします。
それでは。
追伸
受験生の皆さん、お疲れ様でした。
先日、後期入試も終わり、ようやくひと段落という方もいらっしゃることと思います。
もう結果が出て喜んでおられる方、悲しんでおられる方、まだ結果が出ていない方と様々おられることでしょう。
私自身はブログでももう何度も書いているように、また上でも書いたように現役、浪人含めて文字通りクズのような受験生生活を送っていました。
しかし、そんな受験生活でもともに戦った仲間がいて、支えてくださった多くの方がいます。そんな人たちと、お酒が飲める年になった今、杯を交わしながら、受験生活のことなどを思い出し、語り合うのは楽しいです。
これを読んでおられる受験生の皆さんにもそのような人たちはおられること思いますので、残念な結果になった人もそれを受け止め、精一杯後悔して悲しんでから周りの人たちのことも考えながら今後のことについてじっくり考え、また歩みだしてください。
喜ばしい結果が出た方は周りの人たちとともに精一杯喜んでください。
そして僕たち柔道部もともにそれを祝えるなら最高に思います。
受験生活でできた戦友のように、柔道部は大学生活における戦友となれる人たちが集まった団体だと思います。
ダラダラと長くなってしましましたが、最後にもう一度。受験生の皆様、本当にお疲れ様でした。
それでは。
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