「……なるほど。この米沢城は負けたのね。 つまり今まさに辱められているのね。……こんな姿を晒すなんて ……なるほど。敗北とはこういうものなわけね。」伊達政宗出生の地ともなった米沢城。その後蒲生氏、上杉氏の居城となり、吉良上野介義央の長男で上杉家の養子となった上杉綱憲も城主を務めた。常にクールな姿勢を崩さず、口数少ないが、城主との契りを求めるあまりに突拍子もなく直接的な言葉を放つことも。