1963(昭和38)年08月14日、ジョンとポールは、
1963(昭和38)年02月28日から3年契約で全楽曲の著作権まで譲渡してしまった。ジェイムズが自分の会社として経営するディック・ジェイムズ社は、ノーザンソングス社のマネジメントの仕事を引き受ける手数料として、総売上の10%を何と10年間、
1973(昭和43)年02月10日まで受け取るという契約を締結しました。まだセカンドシングルがチャート2位をとったばかりのバンドと10年間もの長期契約を締結したとは驚きです。だって、一発屋で終わってしまう可能性の方が高かったわけですし、殆どのミュージシャンがそうやって消えていきましたから。よくまあこんな長期間の契約を締結したものだと思います。
https://abbeyroad0310.hatenadiary.jp/entry/2021/01/30/120000
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┃『SGT PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND』┃
┃アルバム・カヴァーに登場しているのは誰?┃
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛STORIES
2020(令和二)年05月30日(土)『discovermusic.jp』Published
ザ・ビートルズの『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』は、史上最高にアイコニックなアルバム・ジャケットの座をいまだ維持し続けている。ポール・マッカートニーの着想から、イギリスのポップ・アーティスト、ピーター・ブレイクと妻のジャン・ハワースによる最終デザインに至るまで、これは単なるアルバム・ジャケットの枠を超えている。当時を象徴する見事なモダン・アート作品なのだ。このアートワークは、当時としては画期的なデザインだった。また、制作費用が3,000ポンド(現在では5万ポンド以上に相当する)と破格で、当時のポップ・アルバムのジャケットでは最高額である。コンセプトは、ザ・ビートルズが「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」に扮して登場し、今ちょうどコンサートを終えたところで影響力の大きな人々の集団に囲まれている、というものだ。合計58人が、最終版のアートワークに登場している。ジャケットに登場した人々は、ジョン、ポール、ジョージ、ピーター・ブレイク、ジャン・ハワース、そしてロンドンの美術品商、ロバート・フレイザーが共同で作ったリストから選ばれた。イエス・キリストとアドルフ・ヒトラーは、掲載には不適切とされ、マハトマ・ガンジーやレオ・ゴーシーといった人々は、別の理由で削除された。また、エルヴィス・プレスリーの顔がないのも気になるが、これはポール・マッカートニーが後年語っているが、「あまりに重要で、雲の上の存在すぎて、口にするだけでも畏れ多い存在」だったからだという。最終ヴァージョンに残った人々は、文化人や重要人物、さらにはザ・ビートルズのメンバーが関心を持つ人々が並ぶ魅惑的な顔ぶれだ。「Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band」の歌詞のように、「皆さんも長年、このバンドのことは知っているだろう。それでは、『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のジャケットに掲載されている残りの人々を皆さんに紹介しよう……」
┌─―――――――――――┐Third row <三行目>
35| Stuart Sutcliffe |『Wikipedia』
35|スチュアート・サトクリフ|『discovermusic.jp』
└─―――――――――――┘ ジョン・レノン(No.62)の友人でザ・ビートルズの初代ベーシスト。ジョン・レノンとの仲はリヴァプール・カレッジ・オブ・アートにまで遡る。グループがハンブルグに住み、街のクラブで演奏していた頃、スチュアート・サトクリフは写真家のアストリッド・キルヒヘルと出会う。アストリッド・キルヒヘルは、個性的な60年代前半のヘアカット(マッシュルーム・カット)をザ・ビートルズに広めた人物だ。スチュアート・サトクリフはハンブルグ・カレッジ・オブーアート入学のためにグループを脱退したが、彼は脳動脈瘤により21歳の若さで死去し、そのキャリアは悲劇的な終わりを迎えたヨ(=^◇^=)
1940(昭和15)年06月23日(sun) Born
‡1961(昭和36)年02月末日(XX) U.K. GET BACK
1961(昭和36)年03月15日(wed) 単独でハンブルクへGET BACK
1961(昭和36)年04月01日(sat) THE BEATLES 2度目のハンブルク巡業
1962(昭和37)年04月10日(tue) Died. 21 years old
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https://sgtpepper.udiscovermusic.com/
‡https://en.wikipedia.org/wiki/Stu_Sutcliffe
https://www.udiscovermusic.jp/stories/whos-who-on-the-sgt-peppers-album-cover
https://www.udiscovermusic.com/stories/whos-who-on-the-beatles-sgt-peppers-lonely-hearts-club-band-album-cover/
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_images_on_the_cover_of_Sgt._Pepper%27s_Lonely_Hearts_Club_Band
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ファン垂涎の、“本物”がそろう専門店『ビートルズ研究所』
‡2020(令和二)年02月28日(金) 公開日 高田馬場 ビートルズショップ
東京ビートルズ地図:解散から半世紀が経とうとしている今でも、その魅力は色褪せることがない。時代はすっかり変わったように見えるけれど、表通りに、路地裏に、あの歌声が漏れ聞こえてくる店がある。同じリズムに乗り、同じ音色について語り合える仲間がいる。そんな、ビートルズの魅力に酔えるスポット、教えます。
本多康宏という名前をご存知のビートルズ・ファンも多いだろう。人気テレビ番組「開運!なんでも鑑定団」にビートルズ専門の鑑定士として出演し、数多くのレアアイテムを見定めてきた人物である。とくに4人の直筆サインの真贋を見抜き、正当に評価する〝プロの眼〟は海外でも広く知られている。
「1990年からサイン鑑定の勉強を始め、その道のトップを目指して研究を続けてきました。これまでに鑑定したビートルズのサインの数は3000点を優に超えると思います。また、先日はビートルズが使ったとされるピアノを鑑定するためにシンガポールまで出向きました」
本多さんの鑑定済みである「メンバー4人揃った本物の直筆サイン」(鑑定・保証書付き)は超貴重。これは1963年9月5日、イギリス・トーントンで行われたコンサートの際、ファンの女性がサイン帳にもらったもの。ビートルズ研究所会員特別価格で110万円。
店内すべてビートルズという景色が壮観。壁には直筆サインが飾られている。様々なセールが開催されており、会員登録をすればセールの告知ハガキや最新のカタログが届く。初めての人は電話で確認を。
国内・海外問わず多くの直筆サインや貴重品の鑑定依頼が寄せられるという本多さんが、ビートルズ・ファンとして生きていく手段となる『ビートルズ研究所』を立ち上げたのは95年のこと。その名のとおり、当初はマニアやコレクターが集うサロンのような場所だったという。この店の最大の特徴は本物へのこだわり。レコードを中心に、書籍、グッズ、サインなど、世界中から集められたアイテムの数は約5万点。その一部が店内に置かれているわけだが、貴重品の数々にファンならばその場にいるだけで幸せな気持ちになる。
同アルバムのプロデューサー、フィル・スペクターが所有していた『レット・イット・ビー』のゴールドディスク。ビートルズ研究所の中でもとくに貴重なアイテムのひとつ。
1966年のビートルズ来日の際に日本航空がビートルズに用意した法被。これはビートルズ一行に配られた本物で、当時のロード・マネージャーのマル・エヴァンスが保管していたもの。
「開店当時に比べると、若い人が増えていると思います。昔は親にビートルズを押し付けられて嫌がる子供も多かったのですが、最近は自分から興味をもつ子が多い。ビートルズのよさは教えられるのではなく、自然に気づき、ファンになっていくものなんでしょう」
「ビートルズは、自分が生きているという命」と言う本多さん。もともと理数系でデータ主義だったところが、思い込みで判断せず緻密に精査する鑑定の仕事に活きている。
「その分野のトップにならないとプロにはなれない」と、日々の鍛錬をおこたらず、情熱を燃やし続けてきた本多氏。数千点にもなるファイルには、これまでの鑑定の歴史である写真やコピーが保管されている。
【Master's Choice 1/213】All You Need Is Love 中学生の頃に同級生が持ってきた日本盤のLP『ビートルズ!(ミート・ザ・ビートルズ)』が出会いという本多さんが選ぶ1曲は、「愛こそはすべて」。“愛さえあれば何もいらない”ではなく“愛が必要だ”とジョンは歌った、と本多さんは語る。ビートルズに限らず、誰かに教えてもらうのではなく、自分自身のセンスでその魅力に気づいたものこそ、好きになる本気度が強いもの。本気になった時、ビートルズ研究所は日本一、いや世界一心地いい空間といえるだろう。
取材・文=竹部吉晃 撮影=小野広幸
ビートルズ研究所【高田馬場 / ビートルズ】住所:東京都新宿区下落合1-3-16 ジョリーメゾン407/営業時間:12:00~20:00(日・祝は~19:00)/定休日:火・水(祝の場合は営業)/アクセス:JR・地下鉄・私鉄高田馬場駅から徒歩5分
https://san-tatsu.jp/articles/19417/
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①┃ 『Live!at the Star-Club in Hamburg, Germany; 1962.』 ┃
┃ 『デビュー! ビートルズ・ライヴ'62』 ┃
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ビートルズ の非公式ライブ・アルバム作品
1962(昭和37)年12月21日(fri) Recording at Live House Star☆Club
1962(昭和37)年12月25日(tue) Recording at Live House Star☆Club
1962(昭和37)年12月28日(fri) Recording at Live House Star☆Club
1962(昭和37)年12月31日(mon) Recording at Live House Star☆Club
1977(昭和52)年04月08日(fri) released
1977(昭和52)年05月25日(wed) UK released
1977(昭和52)年05月10日(tue) JP released
1977(昭和52)年06月25日(sat) US released
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②┃ 『1962 Live at the Star Club in Hamburg』 ┃
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2000(平成12)年10月17日(tue)
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┃ 『THE BEATLES ☆Star-Club』 ┃
③┃ 『ザ・コンプリート☆スター☆クラブ・テープス 1962』 ┃
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‡2018(平成30)年02月28日(wed)
過去最大最長! ビートルズ36曲収録! 伝説のスタークラブ・ライヴ完全版!
★デビュー直後、世界最高のパブ・バンド、ビートルズの熱きライヴ記録!
★1962(昭和37)年12月21日(金) 25日(火) 28日(金) 31日(月)。4日間の全音源、7曲が史上初登場 !
★小さなクラブでの年末の饗宴! 共演バンドの5曲も追加収録!
★Eternal Groovesからビートルズの歴史的ライヴ・シリーズ!
音源◆The Beatles Live! At The Star Club In Hamburg, Germany 1962 #1 http://youtu.be/WJKNh3DOou8
音源◆https://youtu.be/4JhKYwHyoYU
音源◆The Beatles - Live At The Star Club 1962 https://youtu.be/yPKOjcPgMBM
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①http://en.wikipedia.org/wiki/Live!_at_the_Star-Club_in_Hamburg,_Germany;_1962
②https://www.amazon.co.jp/dp/B00004WEU2
③https://www.amazon.co.jp/dp/B07926TSBB
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音源◆The Beatles - Live At The Star☆Club, December 1962 https://youtu.be/eJbAMYcNxbE
The Star☆Club, Hamburg (Germany), December 1962 The Beatles at The Star Club concerts are the earliest known complete live concerts of The Beatles. The recordings were made by the Star-Club's stage manager Adrian Barber, during The Beatles' third and final residency at the venue. Barber used a 3?" per second Grundig home tape machine to record the group, with a single microphone placed at the front of the stage. Although commonly believed to have been recorded on New Year's Eve 1962, the songs were actually taped on more than one night during the residency, which took place from 18 to 31 December 1962. The Beatles' early booking agent, Allan Williams, claimed that around three hours of performances were recorded between Christmas and New Year's Day.
Track Listing:
01. I Saw Her Standing There [0:00]
02. I'm Going To Sit Down And Cry [2:36]
03. Roll Over Beethoven [5:20]
04. The Hippy Hippy Shake [7:34]
05. Sweet Little Sixteen [9:21]
06. Lend Me Your Comb [12:06]
07. Your Feet's Too Big [13:55]
08. Where Have You Been All My Life [16:15]
09. Twist And Shout [18:01]
10. Mr. Moonlight [20:05]
11. A Taste Of Honey [22:29]
12. Besame Mucho [24:25]
13. Everybody's Trying To Be My Baby [26:34]
14. Kansas City/Hey-Hey-Hey-Hey! [29:33]
15. Nothin' Shakin' (But the Leaves on the Trees) [32:05]
16. To Know Her Is To Love Her [33:33]
17. Little Queenie [36:47]
18. Falling In Love Again [40:51]
19. Sheila [42:53]
20. Be-Bop-A-Lula [44:55]
21. Hallelujah, I Love Her So [47:22]
22. Ask Me Why [49:31]
23. Red Sails In The Sunset [52:08]
24. Matchbox [54:55]
25. I'm Talking About You [57:39]
26. Shimmy Like Kate [59:40]
27. Long Tall Sally [1:01:56]
28. I Remember You [1:03:43]
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┃ 『Live at the BBC』 ┃
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1994(平成六)年11月30日(wed) UK Released
1994(平成六)年12月06日(tue) US Released
2001(平成13)年06月08日(fri) Released
2013(平成25)年11月11日(mon) Released
『From Us to You』2nd appearance
‡1964(昭和39)年02月28日(fri) Recording
1964(昭和39)年03月30日(mon) On Air
◇CD1 (Disc one)
◎LP A-side (Record Disc 1)
02 "From Us to You" (Opening)
◎LP B-side (Record Disc 1)
32 "Can't Buy Me Love" ▲1994 VERSION▲
33 "Can't Buy Me Love" ▼2013 VERSION▼
33 "From Fluff to You" ▲1994 VERSION▲
34 "From Fluff to You" ▼2013 VERSION▼
34 "Till There Was You" ▲1994 VERSION▲
35 "Till There Was You" ▼2013 VERSION▼
◇CD2 (Disc two)
◎LP C-side (Record Disc 2)
03 "Ringo? Yep!" ▼2013 VERSION▼
04 "I Wanna Be Your Man"
05 "Just a Rumour"
06 "Roll Over Beethoven"
07 "All My Loving"
◎LP D-side (Record Disc 2)
36 "From Us to You" (Closing) ▼2013 VERSION▼
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https://music.amazon.co.jp/albums/B07F5MT5DW
https://en.wikipedia.org/wiki/Live_at_the_BBC_(Beatles_album)
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┃ 『On Air - Live at the BBC Volume2』 ┃
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2013(平成25)年11月11日(mon) Released
◇CD2 (Disc two)
◎LP D-side (Record Disc 2)
『FROM US TO YOU』2nd appearance
‡1964(昭和39)年02月28日(fri) Recording
1964(昭和39)年03月30日(mon) On Air
20 "Oh, Can't We? Yes We Can"
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https://music.amazon.co.jp/albums/B07F5F66C3
https://en.wikipedia.org/wiki/On_Air_-_Live_at_the_BBC_Volume_2
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┃ THE BEATLES of 1963 ┃(thu)28 February 1963
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Concert: Granada Cinema, Castle Gates, Shrewsbury, Shropshire
Helen Shapiro was healthy enough to rejoin the tour this evening. On the bus from York to Shrewsbury, John and Paul had composed "From Me To You" for The Beatles' next single, its title inspired by the New Musical Express letters page, "From You To Us".
Roger Greenaway of The Kestrels remembered:
"The Beatles at this time had had their first number one, and John and Paul were writing songs at the back of the coach. Kenny Lynch, who, at this time, fancied himself as a songwriter, sauntered up to the back of the coach and decided he would help John and Paul write a song. After a period of about half an hour had elapsed and nothing seemed to be coming from the back, Kenny rushed to the front of the coach and shouted, 'Well, that's it. I am not going to write any more of that bloody rubbish with those idiots. They don't know the music from their backsides. That's it! No more help from me!' The song that John and Paul were writing at this time was a track called From Me To You."
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"There is no question that a fully signed Beatles memento is the absolute 'Holy Grail' for any collector. Over the years fewer and fewer 'authentic' pieces have become available, whereas the demand continues to increase. The item in this lot is both exhilarating and historic and comes with great provenance.
On February 28, 1963, the original owner attended the Helen Shapiro Tour which came to the Granada Theatre in Shrewsbury (England). The Beatles were 4th on a bill of 11 that evening. After the show, the owner took his February 2, 1963 copy of 'Pop Weekly' magazine backstage (with help of a local manager) and was able to have all 4 Beatles sign the page as featured.
In 1998 - after having owned and carefully stored this item for 35 years - it was sold to the current owner. The transaction included a full set of signed affidavits, as well as an independent authentication by Frank Caiazzo.
The signed magazine page - as well as a page from the concert program - have been professionally matted and framed in this dramatic and elegant frame, which measures 17 1/2 x 22 inches. The signed magazine page has 4 tiny pinholes in each of the corners, as well as a single pinhole in the top and bottom center of the page. The signatures are vibrant and overall, the condition is excellent. All original affidavits and CAO are included."
Source: Backstage Auctions Inc.
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http://www.multiplusbooks.com/630228.html
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┃ ビートルズ詳解 The Beatles’Corpus ┃
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①1961(昭和36)年02月28日(火) ライヴ演奏1:キャバーン・クラブ (昼) /リヴァプール
②1961(昭和36)年02月28日(火) ライヴ演奏2:カサノバ・クラブ/リヴァプール
①1961(昭和36)年02月28日(火) ライヴ演奏③●:リザーランド・タウン・ホール/リヴァプール ※1日、3回演奏良好日No.02 ☆ビートルズ詳解版
③1962(昭和37)年02月28日(水) ライヴ演奏:キャバーン・クラブ (夜) /リヴァプール
④1963(昭和38)年02月28日(木) ライヴ演奏:グラナダ・シネマ/シュルーズベリー
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②1961(昭和36)年02月28日(火) ライヴ演奏2:カサノバ・クラブ/リヴァプール
ビートルズはカサノバ・クラブには、7回出演しているヨ(=^◇^=)
‡1961(昭和36)年02月11日 14日 16日 21日 28日
1961(昭和36)年03月07日 12日 https://www.uta-net.com/song/6476
④1963(昭和38)年02月28日(木) ライヴ演奏:グラナダ・シネマ/シュルーズベリー
この日ヘレン・シャピロ (Helen Shapiro) を主役とするUKツアーの一行は、みんなヨーク (York) から次の公演地シュルーズベリー (Shrewsbury) へ移動する長距離バスに乗っていた。このバスの中でジョン・レノンとポール・マッカートニーは3枚目のシングル『From Me To You』を書き上げる。この歌はニュー・ミュージカル・エクスプレス (New Musical Express) の投書欄のタイトル『From You To Us』にヒントを得たものであったが、レノンとマッカートニーの2人はそのことに気づいていなかった。
ジョン・レノン『ANTHOLOGY』ポールと僕が『From Me To You』を書いた夜、僕らはヘレン・シャピロのツアー中で、ヨークからシュルーズベリーに長距離バスで移動していた。遊び半分でただギターを鳴らしていたら、いいメロディラインが浮かんできたので、僕らは真剣にやり始めた。その旅が終わるまでには詩も曲も全部完成していた。最初の1行は僕のアイディアだったと思うが、そこからは2人で発展させていった。不思議だったのは、なぜ『From Me To You』という名前を考えついたのかということだった。僕らの曲がヒットチャートでどうなっているか見ようとNMEを見ながら、ぼくはそのことを考えていた。そしたらわかった。僕らはバスの中で読んでいたNMEからそのヒントを拾ったんだ。ポールと僕は『From You To Us』欄に投書された手紙のことを話していたんだ。
このシャピロUKツアーの出演グループの1つ、ザ・ケストレルズ (The Kestrels) のロジャー・グリーナウェイ (Roger Greenaway) は後に『From Me To You』の起源について語っている。
ロジャー・グリーナウェイ『ANTHOLOGY』ビートルズはこの時最初のNo.1ヒットを獲得していて、ジョンとポールはバスのうしろの方で曲を書いていた。ケニー・リンチ (Kenny Lynch) はこの頃自分がソングライターだと錯覚していたが、ジョンとポールの曲作りを手伝ってやろうとバスの後部に歩いて行った。1時間半ほどが経過して何も起こっていないように見えた時、ケニーが前の方に走ってきて叫んだ。「もういいわ。あんなバカたちのガラクタに付き合うのはやめた。彼らは音楽というものを底抜けにわかってない。もういい。俺は知らん。」ジョンとポールがこの時書いてた歌は『From Me To You』と呼ばれるやつだった。
ヘレン・シャピロは風邪のため前の2日間、ステージに立つことができなかったが、この夜はメインスタートして復帰している。それに伴い、トーントン (Taunton) とヨーク (York) の公演で彼女の代役を務めたビリー・デイヴィス (Billie Davis) はこのツアーから離れた。会場のグラナダ・シネマ (Granada Cinema) は、シュロップシャー・シュルーズベリー (Shrewsbury, Shropshire) のキャッスル・ゲート (Castle Gate) にある。
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①https://gejirin.com/beatles/history/1961/0history_index-1961.html
②https://gejirin.com/beatles/history/1961/19610211_live_casanovaclub.html
③https://gejirin.com/beatles/history/1962/0history_index-1962.html
④https://gejirin.com/beatles/history/1963/19630228_live_Granada_Shrewsbury.html
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┃ THE BEATLES HISTORY ┃| February 28|059
┃ ザ・ビートルズの今日の出来事 ┃| 2月28日 |
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1962(昭和37)年02月28日(水) キャバーン・クラブ、夜のステージに出演。
1963(昭和38)年02月28日(木) ヘレン・シャピロとのパッケージ・ツアー。この日はシュルーズベリーのグラナダ・シネマが会場。ツアー一行は前日のコンサート地のヨークからバスで移動したが、このバスの中でジョンとポールは「From Me To You」を書き上げた。
********** http://www.thebeatles.co.jp/contents/index2.htm
http://www.beatlelinks.net/forums/showthread.php?t=16926
http://beatlesdiary.web.fc2.com/day/002/0228.html
https://blogs.yahoo.co.jp/fab4city/15658667.html
http://www.beatlesagain.com/bhistory.html
楽曲資料https://beatlesdata.info
歌詞充実http://tsugu.cside.com/index.html
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