■クリスマスエクスプレスとはなんなのか■クリスマスエクスプレスを語るには、JR東海の広告戦略の経緯を語らなくてはならない。前段で述べたように、国鉄の民営化によってJRとなり、これまでとは違う広告戦略が必要となった。そこで、JR東海は新幹線を利用した広告を考えたわけだ。そうやって民営化後初のCMとして作られたのが、「シンデレラエクスプレス」というシリーズだ。 これは、午後9時台の東京発の東海道新幹線「ひかり」をモチーフとして遠距離恋愛を描いたCMだ。
映像◆JR東海 シンデレラエクスプレス 横山めぐみ 1987
松任谷由実の楽曲に乗せて、シンデレラエクスプレスと呼ばれる日曜最終の新幹線を描く。新幹線は0時で運行が終わるようにダイヤ設計がされている。0時を超えて走る新幹線がなく、それが恋人たちが束の間の愛を楽しんだ魔法が解けるようだという意味で「シンデレラエクスプレス」と命名されている。離れ離れで暮らす遠距離恋愛カップルが週末を東京で過ごし、最終の新大阪行き新幹線で別れる。そこには楽しさと寂しさの二面性が容易に想像でき、このCMは多くの人の心に染み入ることになった。このCMに触発され、実際に日曜日の午後9時ともなると東京駅の新幹線ホームは別れを惜しむカップルで溢れた。各車両に1組はいる、みたいな状態になったらしい。もちろん、それ以前にも遠距離恋愛カップルによってこの状況が作りだされていたが、注目されたことによってその数が増えたといえる(改札で別れていたようなカップルもCMにならってホームまでくるようになった)。ここで重要なのは、JR東海の広告戦略が「新幹線を人と人との物語」に狙いを絞った点であろう。やろうと思えば、その速さを売りにすることもできたし、ビジネス的な利点を前面に出すこともできた。しかし、そこで「遠距離恋愛のシンデレラ」に絞った点が興味深い。これはこのCMを手掛けたCMプランナーの三浦武彦氏、ディレクターの早川和良氏の著書『クリスマス・エクスプレスの頃』(出版:日経BPコンサルティング)にもこう記述がある。新幹線は(人と人が出会う、町と町を結ぶ)コミュニケーションメディアである単なる移動手段ではなく、コミュニケーション手段として意識した意義は大きい。JR東海はこのCMの好評を受けて、「エクスプレスシリーズ」としていくつかのCMを制作している。いずれも新幹線本体へのクローズアップは控えめで、それを取り巻く人間にフォーカスをあてている。
88年 アリスのエクスプレス「距離に負けるな好奇心」女の子たちが好奇心を持って新幹線に乗り込む様子を描いたもの。この先のワクワクとした旅を予感させる造りになっている。
88年 プレイバックエクスプレス「会うのが一番」「百万回電話で愛してるよ、と言うよりも、百万枚便箋に元気だよ、と書くよりも、君の目を見て”久しぶり”とひとこと言った方が、僕の気持ちが伝わるに決まっている」
88年 ホームタウンエクスプレス「心がちょっと疲れたら、キミの街へ帰ろう」
89年 ハックルベリー・エクスプレス 思い出編「今年の夏が時速220キロで去っていきます」
89年 ファイト!エクスプレス 上京する想いとそれを取り巻く人々の想いを描いた名作。
この流れのCMシリーズの一環として、冒頭の「クリスマスエクスプレス」が製作されたわけだ。忘れないようにもう一度張っておくので、きっちりもう一度しっかりと鑑賞して欲しい。
89年 JR東海 シンデレラエクスプレス 牧瀬里穂「ジングルベルをならすのは帰ってくるあなたです」人の物語を描いてきた同シリーズ、その中でも群を抜いてこの「クリスマスエクスプレス」が人とその生き様を描いている、そんな気がする。
■なぜこれほどまでに心動かされるのか■クリスマスエクスプレスは勿論だが、僕はこのエクスプレスシリーズ全てで心を動かされてしまった。それはなぜだろうか。おそらくではあるが、そこには現代人が失ってしまった心があるからだ。アリスでは「好奇心」を、プレイバックでは「思い出」を、ハックルベリーでは「田舎のあの街」を、ホームタウンでは「親への気持ち」、ファイトでは「決意と覚悟」、そしてシンデレラでは「相手を思いやる気持ち」だ。奇しくも、これらの多くはこのCM放送から30年が経過し、想像もできないほど便利になった現代社会ではほとんど薄れてしまったものだ。好奇心は旅に出なくとも映像や情報で満たされてしまう可能性がある。思い出は、薄れゆく記憶に頼らなくとも様々な形で映像として残されていく。親への気持ちは、実際に帰省しなくとも、いまやそのやり取りは簡単だ。この世の中で決意と覚悟を持って上京する人がどれだけいるだろうか。これらは30年経った今だから「失われた」と思うわけだが、そこには「便利さによって失われた」という背景がある。つまり、便利さの象徴である新幹線もまた、これらの人の気持ちを失わせる可能性があったわけだ。すぐに行けるから行かなくてもいい、帰省しなくてもいい、そうなる可能性もあったし、会いに行ったとしても簡単すぎて重みがなくなってしまう可能性があった。若者がどんどん新幹線に乗って都会に出てしまう、新幹線が悪者にされる可能性が非常に高かった。そこで「むしろそれは逆で、新幹線こそがこの大切な気持ちたちを加速させる」とCMを打った点が評価できるのだ。つまり、新幹線でなく人とその物語にフォーカスしたのは完全に正解だったのだ。
■クリスマスエクスプレスにみる、現代人が失ったもの■普通に書かれた通りに再生しているなら、すでにこのCMを11回再生したところだと思う。完全に暗記してしまったと思うが、何度も言っているのにまだこのCMを再生していない天邪鬼のために、このCMの流れをざっと説明しておく。
①走る牧瀬里穂 プレゼントと思われる荷物を抱えて駅の構内を走る牧瀬里穂
②人にぶつかる 実はこのシーンが最重要シーンなのだが、この解説は後段に譲る。ここでプレゼントが落ち、謝った瞬間に帽子が脱げる
③階段を下りる男を見つける この解説もまたのちにおこなうが、最重要シーンである
④柱の陰に隠れて男を待つ 息を弾ませ、目を瞑りドキドキと待つ牧瀬里穂 まだ自動改札でなかったり、電光掲示板でなかったり、東海道新幹線にも二階建て車両があったりと、技術的な相違点があるが、そういう点ではなくてもっとも重要な相違点がある。
「現代人は待ち合わせで焦らない」まずはこれに尽きるだろう。まずこのCMのコンセプトとしてCM中では語られていないが、年末年始の休暇で帰省してくる男を、牧瀬里穂が駅まで迎えに来るという点が挙げられる。赤いコートを着て、オシャレな帽子をかぶって、精一杯に綺麗な自分を見せようと準備したはずだ。そしてプレゼントも持っている。なぜ牧瀬里穂がギリギリになってしまったのか分からないが、(これも後の章で検証する)彼女は彼が到着する時間ギリギリに駅に駆け込んだ。ここにポイントがある。現代人は、待ち合わせに遅れてもここまで焦ったりはしない。なぜならスマホを使ってLINEなりなんなりで「ごめん、ちょっと5分くらい遅れる」と送ればいいからだ。ただ、30年前のこの時代は、スマホどころか、携帯電話すらも一般的には使用されていない。ほとんどの待ち合わせが固定電話などで事前におこなわれていた。つまり、5分の遅れは致命傷だったわけだ。
遅れてしまった場合、結果的に5分の遅れであっても、待っているほうとしては「5分で来る」と知る術がない。いつ来るか分からない相手を延々と待つ可能性が出てくるのだ。下手したらそのまま帰ってしまうかもしれない。そうなると、今度は5分遅れてやってきた人も、相手が帰ってしまったと知る術がないので延々と待つことになってしまう。結果、お互いが帰宅して固定電話で連絡を取るまでモヤモヤとした何かが残ってしまう。この時代の待ち合わせにはそういったギリギリの状況があった。その切なさと儚さは現代人が失ってしまった感覚だろう。なんとか間に合うように一生懸命走る牧瀬里穂、それは我々が失った相手を思いやるという根本的な気持ちの現われなのかもしれない。
■牧瀬里穂の笑顔に見る、僕たちが失ったもっと大切なもの■このCMをみた多くの人が、終盤、改札に向かう彼氏が階段から降りてきたのを見つけ、そこで見せる牧瀬里穂の笑顔に心を鷲掴みにされる。これは動画で見た方が破壊力が高いので、ぜひとももう一度動画を見て欲しい。
89年 JR東海 クリスマスエクスプレス 牧瀬里穂 これで12回見たことになるはずだ。この牧瀬里穂の人智を超越したかわいさに注目が集まり、彼女は一気にブレイクすることになるのだが、この笑顔にはかわいい以上の重要なファクターが存在する。それが、「人が喜んでるところって、こんなにもいいものなんだ」と思わせてくれる有無を言わせぬパワーだ。彼女の笑顔の魅力はそこにある。僕らは誰かが喜んでいる光景や、誰かが成功している事実を心の底から喜ぶことができるだろうか。身内や親しい人がそういった状況になったら喜べるかもしれないが、全く知らない人がそうなっても喜べるだろうか。この現代は嫉妬が渦巻く世界だと思う。SNSの発達はコミュニケーションを発達させたが、それはあまりに過剰になりすぎた側面もある。つまり、あまりに人の成功が届きやすくなったのだ。煌びやかな生活をする人も、充実した日々を送る人も、素敵な仲間に囲まれる人も、知らない世界の何かではなくなってしまった。確実にこの世のどこかに存在すると分かってしまったのだ。例えば、その感情はSNSを取り巻く「嫉妬」に現れているのかもしれない。成功者を引きずり下ろし、幸せな人を破滅させる、そういった炎上がまるで娯楽のように存在する。それが現代だ。そして、やはり僕自身にも人の幸せや成功を素直に喜べない嫉妬めいた何かがある。そんな30年後の世界において、牧瀬里穂のこの笑顔は貴重なのだと思う。
「本当によかったねえ」嫉妬とは無縁に有無を言わせずそう思わせてしまう不思議な力がある。言い換えればそれが牧瀬里穂の持つ最大級の魅力なのだと思う。なんだか僕はこの笑顔を見ると、本当に泣けてきてしまうのだ。それは、そうやって人の喜びを喜べる自分がまだいたんだと確認できるからだ。
■牧瀬里穂はなぜ柱の陰に隠れたのか■CMのラストでは、彼氏の姿を見せつけた牧瀬里穂が柱の陰に隠れ、帽子をかぶりなおし、目を瞑って息を整えながら彼氏の到来を待つ。このシーンがなんともいえぬ余韻を残しており、あとのシーンを想像させる良い終わり方になっている。ただ、これは実際にはそんなつもりではなかったらしい。本来なら、ホームまで上がったらギリギリ間に合った、というストーリーにするつもりだったが、似たようなCMが同時期にあったことから、急遽このようなストーリーに変えたようだ。そこで思い出すのがこのCMだ。
映像◆88年 ホームタウンエクスプレス X'mas編 深津絵里
牧瀬里穂の前年に、エクスプレスシリーズの「ホームタウンエクスプレス」のX’mas編として作られたのがこれだ。事実上のクリスマスエクスプレス第一作と言ってもよいだろう。新幹線から降りてくる彼氏をホームで待つ彼女。しかしながら、彼は降りてこない。そのうち新幹線はドアを閉めて走り去ってしまう。もしかして何かあって帰ってこなかったのかも、と彼女は悲しい表情になってしまう。ここでもまたスマホや携帯のない儚さが描かれている。静かになった新幹線ホーム、そこの柱の影からひょこっとクリスマスプレゼントの箱が登場してくる。そして顔を隠した彼氏がムーンウォーク(!)で出てくる。ここがこのCMの山場だ。つまり「柱の陰に隠れる」という演出自体はその前年に使われていたわけだ。牧瀬里穂の行為もその流れを汲んだセルフオマージュとみるべきだろう。そして大切なのは急遽「牧瀬里穂が柱の陰に隠れる」という演出に変更したことで新たなストーリーが生じてしまったという点だ。これがこのCMの深みを増加させることになっている。このシーンの前後をよく観察していると、一点、不自然な点に気が付く。ちょっと注意しながらもう一度鑑賞してみて欲しい。 これで13回になるはずだ。柱に隠れる前の、満面の笑顔のシーンだが、あまりのかわいさに牧瀬里穂にばかり目が行きがちだが、ここで彼氏のほうにも注目して欲しい。ば、バンダナ……! と思うかもしれないが当時のファッション事情からするとさして不自然ではない。もっと不自然な点がある。それは、このバンダナが牧瀬里穂のことをほとんど探していないという点だ。もしこれが、「じゃあ駅まで迎えに行くね」「おう」みたいに約束していたとしたら男のほうも「里穂いねえな」ともうちょっとキョロキョロ探すはずだ。それなのにバンダナは新幹線を降りてから一貫して誰も探していない。何回か視線が泳ぐシーンがあるが、誰かを探しているというほどではない。このシーンなど、僕がもし女性と約束していたなら、「おらんやんけ」と首がもげるくらいキョロキョロする。めちゃ探す。駅員に「改札はここだけ?」とか聞く。けれどもバンダナはそんな素振りが微塵もない。なんならちょっとかっこつけてる。実に堂々としたものだ。つまり、これは「待ち合わせではなかった」と見るのが正解なのだろう。「クリスマスエクスプレスにみる現代人が失ったもの」の章で「待ち合わせでは~」みたいにドヤ顔で語ったが、これはそもそも待ち合わせではなかったのだ。では一体全体これはなんなのか。それを解明するにはこのCMのストーリーをもっと読み解く必要がある。このCMは89年のクリスマスに合わせて放送されたものだ。つまり出来事自体は前年の88年、クリスマスイブを描いたものと考えるべきだ。
‡1988年の12月24日、その日は土曜日だった。なんだ休みじゃんと思うかもしれないが、この32年前は週休二日制はあまり採用されていない。学校では「半ドン」と呼ばれる午前中授業が実施されていたし、社会人は普通の平日と同じように働いていた。つまり、この彼氏は仕事を終えて、いったん家に帰り、服を着替えてバンダナを巻いて新幹線に飛び乗ったのである。たぶんこの日から休暇に入ったのだろう。早く彼女が待つ街に帰りたかった。とにかく急いで帰省してきた。当然、仕事の後の帰省なので到着するのは夜遅い時間になる。これが遅い時間であることは明確にCM内で描かれているので確定とみてよい。ちょっと解像度が悪くて申し訳ないが、しっかりと21時51分と時間が示されている。これはあまりに遅い。
「おれ、22時くらいに駅に着くから待ち合わせしようぜ」というのはあまりに横暴だ。なぜなら、そこからあまり一緒にいる時間もないからだ。ご飯を食べようとなっても1988年当時、夜遅くまで営業していた店はそう多くはないと思う。つまり、
「24日のイブは仕事なんだわ。でも終わってから地元に帰るよ。その次の日に会おうか? クリスマスだし」と約束をした可能性が高い。これが重要なポイントとなる。つまり実際に会うのは次の日の
1988(昭和63)年12月25日(日)だった。だからバンダナはこれだけ落ち着いて改札を突破してくる。けれども、牧瀬里穂は我慢できなかった。彼氏が帰ってくると思うと、いてもたってもいられなかったのだ。だってずっと会えない日々を我慢していたんだもの。そして、我慢できずに一番おしゃれな服に身を包み、彼が降りてくる駅へと向かったのだ。わたしの姿をみたらビックリするかな。そう、サプライズだ。これは牧瀬里穂のサプライズなのだ。そう考えて問題のシーンを見ると、改札を出たところで不安そうに周囲を見回す牧瀬里穂の表情も理解できる。約束をしていたわけではないので、もしちょっと遅れてしまったなら、彼氏はそのまま素通りしてしまうのだ。だから不安げに周囲を見回している。そして、彼氏の姿を確認すると、あの笑顔だ。けれども、すぐに思い直して、そうだ、これはサプライズだったんだ、そうならもっと驚かせちゃおう、と柱の陰に隠れるわけだ。このストーリーが生まれたことにより、牧瀬里穂のお茶目さと、彼に対する真剣さが増しており、彼女の魅力を深いものにしている。そして、その後に続く重要な謎を紐解くきっかけになっていくのだ。
■この駅はどこであったのか■こちらも、このCMが持つ最大の謎、それを解くための重要なヒントとなる。この二人のラブストーリーが展開された駅がどこであったのか、それを検証していかねばならない。先に答えを書いてしまうと、このクリスマスエクスプレスで描かれている駅は「名古屋駅」である。このCMは東京駅での出来事を描いたシンデレラエクスプレスの流れを汲んでいるため、この牧瀬里穂の物語も漠然と東京駅のものだと認識されることが多いが、そうではない。これは名古屋駅だ。前章でも出てきた時計のシーンだが、あそこはさらに重要な情報を含んでいる。読みにくくて申し訳ないが、普通列車で21:55 米原行き、22:02 大垣行き、22:11 大垣行きと電車が続くことを示している。 ちなみに、このシーンは30秒バージョンには存在せず、60秒バージョンのみに存在する。 14回目となるが、60秒バージョンの素晴らしさも認識してもらえたと思う。このCMは
‡1988(昭和63)年12月24日(土)の出来事である可能性が高いことはもうすでに述べた。ここで、1988年当時の時刻表を引っ張り出してくる。
2020(令和二)年07月29日(水)『時刻表完全復刻版 1988年3月号』JTBのMOOK メディア: ムック
この年は、青函トンネルが開通し津軽海峡線が開業、それに伴い大幅なダイヤ改正がおこなわれている。さらには、同時に廃止となった青函連絡船の運航最終日ダイヤも掲載されており、津軽海峡線と青函連絡船、両方のダイヤが掲載された貴重な時刻表となっている。幸運にもその貴重さゆえ、復刻版が出版されており入手が容易だった。これがなかったら国会図書館まで行くところだった。この時刻表を見ると、名古屋駅において21時51分米原行き、22時01分大垣行き、22時10分大垣行きの普通列車がしっかりと掲載されている。数分のずれがあるのは、おそらくこの時刻表の後にJR東日本の管内で軽微なダイヤ改正がおこなわれたからだろうと思う(その時刻表は入手できなかった)。ただ、ほぼ一致とみていいのでこの駅が名古屋駅であることは間違いない。つまり、牧瀬里穂が待つ街は名古屋であったのだ。そうなるともう一つ見えてくることがある。それが、彼氏がどこから来たのか、という点だ。これも1988年の時刻表を見る。名古屋駅の場合、新幹線は東海道新幹線しかないので、大阪方面からくるパターンと東京方面からくるパターンに限られる。21時50分付近の新幹線ダイヤを見ると、大阪方面からくるものは21時58分名古屋着なので、これは該当しない。牧瀬里穂が名古屋駅構内を走っていたのは21時51分なので、58分はあまりに遅すぎる。これでは完全に間に合うので牧瀬里穂も余裕しゃくしゃくだ。なんなら歩いてくる。東京方面からくる新幹線を調べてみると、完全にビンゴだった。21時51分、名古屋着の「ひかり333号」。これだ。これしかない。これが確定することにより、この「ひかり333号」は東京駅を出てノンストップで名古屋まで行く、いまでいう「のぞみ」みたいな設定なので、彼氏が東京駅から乗ってきたことが確定する(この時代に品川駅に新幹線は停まらない)。東京駅20時00分発のひかり333号。やはり、急いで定時に仕事を終わらせて一旦家に帰り、荷物をまとめて服を着替えてバンダナをまいて東京駅に向かい、20時の新幹線に乗った。そう考えるとかなりしっくりくる。つまりあのバンダナは東京で買ったものである可能性が高い。
■このCMが持つ最大の謎■いよいよ核心である、このCMが持つ最大の謎に迫る。その謎は以下の画像に大きく映し出されている。そう、牧瀬里穂が大切そうに抱える緑色の包みが、彼氏へのプレゼントと思われるこの包みが何なのか、という点だ。もう少し形状が分かりやすい画像から紐解いていく。緑色で筒状の包みと見ることができる。おまけに、これでもかと金色のリボンが巻かれており、大きなベルの飾りが3つ、上部に備え付けられている。ただし、終始一貫して牧瀬里穂が大切そうに抱え込んでいるので、その全体像が分からない。しかしながら、おっさんとぶつかってプレゼントを落とすシーンで一瞬だけその全体像が映し出される。これをみるとかなりテクニカルにリボンが巻かれていることが分かる。ついでにこの画像を利用して包みの大きさも確定させてしまう。牧瀬里穂の全身が映っているシーンはここだけである。牧瀬里穂の身長は157cmと公表されているので、実際には靴の厚みと帽子の高さがあるが、それらを誤差の範囲内としてプレゼントの横幅の大きさを計算する。比例計算によると106㎜となる。次にプレゼント全体像から縦横比が分かるので、高さを計算すると491mmとなる。誤差を計算して切りをよくするとおおよそ110×500のものと予想できる。この大きさでクリスマスプレゼントとして恋人に送ってもおかしくなさそうな物となるとなかなか難しいが、最初はワインボトルでないかと予想した。しかしながらよくよく考えるとおじさんにぶつかるシーンでこのプレゼントを落としているのだ。もしプレゼントがワインボトルであった場合、あの落ち方は完全に割れてしまうやつだ。ドワーッと中身のワインが浸出してきて台無しだ。けれども割れないどころか、牧瀬里穂は気にする素振りも確認する素振りもなくひょいっと拾い上げて走っていく。つまり、絶対に割れない内容物であることが伺える。さらに、このプレゼントが落ちるシーンは重要な情報を示唆している。もう一度、今度はおじさんにぶつかってプレゼントが落ちるシーンを中心に鑑賞してほしい。これで15回目になると思う。お気づきいただけただろうか。そう、プレゼントが転がるシーン、その転がり方だ。完全にめちゃくちゃ軽いものが転がる挙動をしている。これはもうプラスチックとかそういったものではない。おそらくこの中身は紙である。それくらいの軽さだ。そうなると、いくら落としたところで割れるわけがないので、全く心配していないのも頷ける。そう、このプレゼントの中身は紙なのだ。計算によって110×500の筒状のものと算出されたが、実はこの大きさはやや厚めのA2の紙の束を丸めた状態とぴったり一致する。それを踏まえてだいたい中身が何であったのか予想できるが、確定させる前にもう少し、牧瀬里穂の動線について考えてみよう。
■牧瀬里穂の動線■牧瀬里穂はどういった動きで改札まで至ったのか、それを読み解くことでプレゼントの中身を知ることができる。なぜなら、そこにもう一つ不自然な点があるからだ。このCMは1988年、クリスマスイブの出来事であることはもうすでに述べた。そして場所は名古屋駅であることも既に判明している。ここで先ほども登場した1988年の時刻表の登場である。あまり知られてないかもしれないが、時刻表には主要駅の構造が記載されている。つまり、1988年当時、名古屋駅がどういった構造であったのかわかる。つくづくその時代の時刻表とは重要な資料だ。
▲出典:時刻表完全復刻版 1988年3月号(2020年、JTBパブリッシング)
これが1988年3月時点における名古屋駅の構内図だ。現在のものと比べてみても大枠ではほとんど変化が見られない。
▲出典:JR東海CM クリスマスエクスプレス(1989)
この画像より、「新幹線南改札」と読み取れるので、バンダナは16番ホームに降り立ち、そこかから新幹線南改札に現れたと思われる。在来線に乗り換えないことから、ここから私鉄か地下鉄に乗り換えるのだろうと予想できる。そうなると、牧瀬里穂はどういった動線で移動してきたのか大まかに予想できる。もう一度、今度は16回目になるが、牧瀬里穂の動きに注目して鑑賞してほしい。これだけ言っているのにそれでも鑑賞しない人に向けてダイジェストで紹介する。まず、牧瀬里穂は駅の外からやってくる。ここでは「タクシー乗り場」という表記が見える。重要なヒントだ。右にコーナーリングし、ドアを抜ける。コンコースを爆走し、券売機の前でおっさんとぶつかる。そして新幹線南改札に至るというルートだ。そうなると、これらを満たすルートはこれしかない。
▲出典:時刻表完全復刻版 1988年3月号(2020年、JTBパブリッシング)
中央口から名古屋駅へと入り、中央コンコースを爆走して新幹線南改札に至る。しかしながらここで大きな問題が生じてくる。
▲出典:JR東海CM クリスマスエクスプレス(1989)より
これは、場所と時刻を確定させた重要なシーンの画像だ。これは60秒バージョンにしかない画像だが、これを考慮すると、その動線に大きな矛盾が生じる。ここに映る大きな時計は名古屋駅のシンボル的な存在である。この時計は中央口から入ると正面に見えるものだった。つまり、中央口から入ってきた牧瀬里穂がこの大時計を背にして走るということはいったん新幹線改札に向かって走り出したが、何らかの理由で中央口に向かって引き返したということになる。おそらくではあるが、牧瀬里穂はあまり名古屋駅に来たことがなかったんじゃないだろうか。だから急いで名古屋駅に飛び込んだものの、どちらが新幹線改札か分からなくなった。間違えたかも、と中央口に引き返すものの、やっぱ間違えてなかった、とまた引き返す、そんな行動をとった可能性が高い。このことからも牧瀬里穂自身がかなり焦っていたことが伺える。ちなみに、1988年現在の構内図には「中央口」と書かれているが、1988年12月21日に中央口の名称を桜通口に改めているため、1988年12月24日の出来事であるこのCMは「三日前に新たに桜通口という名称に変わった入口を抜けて名古屋駅に入った」と表現するのが正確である。では、なぜこのようなルートで走ってくる必要があったのか、それはそこに地下鉄の出口があったからだ。
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