浜田省吾 #33「ON THE ROAD '88 "FATHER'S SON"」
2017(平成29)年2月24日(金)
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┃ ON THE ROAD '88 "FATHER'S SON" ┃前半戦 日程
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007.4月02日(土) 岩手市民文化会館
008.4月03日(日) 豊橋勤労福祉会館
4月2日の磐田市と3日の豊橋での公演を終えたぼく達は、次の公演地である四日市への移動日に、夏に行われる野外イベント会場の下見のために浜松へ向かった。そこは渚園と呼ばれる広大な敷地だった。8月にここで三回目となる浜田省吾のビッグイベント「A PLACE IN THE SUN」が行われることが決まっていた。
まだ何もないだだっ広い敷地に数万もの人が集まることになるのが、この時には中々イメージ出来なかった。
1988(昭和63)年8月20日(土)、浜名湖畔の渚園で観客動員数が5万人とも6万人とも言われた、浜田省吾の野外イベント「A PLACE IN THE SUN」が開催された。
その話はまた次回。
写真◆1988年9月、沖縄のホテルで江澤くんと。
http://mi-mychronicle.blogspot.jp/2017/02/33on-road-88-fathers-son.html
1978年の今日、キャンディーズの伝説的な解散コンサートが後楽園球場で行われた
2016年04月04日 執筆者:寺田正典
昨年ついに(ほぼ)完全収録のDVDがリリースされ、今からでもその全貌を把握することが容易になったキャンディーズの伝説的な解散コンサート、ファイナルカーニバルは、1978年の今日、4月4日に後楽園球場で行なわれた。
そのコンサート直後に、『<週刊少年マガジン緊急増刊>キャンディーズ ファイナルカーニバル』という一冊の本が発売された。その中では実際の時間経過に合わせて当日の写真が構成され、表紙と裏表紙の裏側にはそれぞれ始まりと終わりの時刻が大きく印刷されていた。17時17分と21時17分。つまりこのコンサートは4時間にもわたって行なわれたものだったのだ。
そこで披露されたのは全52曲、バックバンドのMMP(+HORN SPECTRUM)だけの演奏曲を除いてもキャンディーズは寒空の中、実に48曲を歌ってのけたのである。
これだけでもコンサートとしては破格のスケールだと言えるだろう。これは同時代の欧米のバンドと比べても見劣りしない。同日に近くの武道館で行なわれた当時のスーパーグループ、フォリナーの初来日公演で披露されたのは12曲、時間も約1時間半だったという。長さの点でも伝説となっているレッド・ツェッペリンの1971年の大阪公演ですら3時間20~30分と言われる。単独アーティストによるのもので休息なしで4時間にわたるコンサートというのは今でもほとんど聞いたことがない。しかも日本では当時珍しかった野球場での公演であり、フィールドまで開放し5万5千人の観客を集めたというのも異例だった。
プロ野球のスケジュールの合間を縫って設営されたステージの完成も直前で、そこでのリハーサルの時間も当日正午からの約3時間しかとれていない。それで長い花道移動もあり衣装替えは複数回ありのステージを最後までやり終えた彼女たちの凄さについて、解散に向かってのドラマ最終章としての評価とは別にきちんと評価すべきなのかもしれない。
音楽的成果も見逃せない。つま恋で1週間にわたる合宿まで行なって練習を積み、3月18日から全国8か所での「ありがとうカーニバル」公演で固めてきた、アース・ウィンド&ファイアやボズ・スキャッグスの最新曲も含む前半の洋楽カヴァー・パートでは、英語の発音に若干の怪しさは残ったもののアイドルの新しい形を見せてくれた。インスト・パートでMMPが密かに聴かせたキング・クリムゾンの「エピタフ」には、彼らがかつてあいざき進也と共に「クリムゾン・キングの宮殿」(歌詞は日本語!)にチャレンジした時の経験も反映されていたはずだ。彼らにとってもこのステージは集大成だったのだ。
ツアーをくり返す中でスタジオ録音版の完璧とも言えるアレンジを敢えて崩し、練り直された彼女たちの代表曲の演奏にも興味深いものが多かった。「わな」で奏でられる「ホテル・カリフォルニア」風のレゲエ・カッティング・ギター、「やさしい悪魔」の転調部分を強調するベース・ランニング、そして「春一番」で球場内を“浮遊”するアナログ・シンセのレトロなトーンは、解散コンサートに漂っていた切なさに満ちているようにも聞こえる。そんな演奏をバックに3人は終盤、悲鳴に近い声を上げながら歌い、叫び続けるのだ。
実はこの長いコンサートでもただ一曲だけ歌われなかった彼女たちのシングル曲がある。それが10枚目の「夏が来た」で、本来は「やさしい悪魔」と「暑中お見舞い申し上げます」の間で披露される予定だったにも関わらず、時間が押していたことを危惧する警察との交渉でカットせざるを得なくなってしまったと言われている。そしてこの年、それまで数年間、日本中の青年たちを明るく照らしてくれていた“キャンディーズの夏”はやって来なかった。
写真:キャンディーズ ファイナル・カーニバル in 赤坂BLITZ!
撮影協力:ソニー・ミュージックダイレクト
ソニーミュージックOTONANO『キャンディーズ メモリーズ FOR FREEDOM』スペシャルページはこちら>
http://music-calendar.jp/2016040401
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紙テープ乱れる「キャンディーズ ファイナル・カーニバル in 赤坂BLITZ!」上映会へ行ってきた!
2016(平成28)年03月19日(土) 執筆者:馬飼野元宏
†1978(昭和52)年04月04日(火) 後楽園球場でのキャンディーズ・ファイナル・カーニバルから38年。この
2016(平成28)年03月18日(金)に、東京・赤坂BLITZにて、昨年11月に発売された同公演の完全収録DVD「キャンディーズ・メモリーズ」をスクリーンで鑑賞するイベント『ファイナル・カーニバル in 赤坂BLITZ!』が開催された。DVDを購入した人だけが応募できるというこのイベント、わずか90分弱でチケットが完売したという。それだけ熱狂的なキャンディーズ・フリークたちの集いなのだが、今回、このイベントに潜入取材させていただいた。開場前から運よくチケットを手にされた皆さんがずらりと並び、中には揃いのハッピに鉢巻をした人も。ステージ上にはファイナル・カーニバルの際に着用した衣装や、「その気にさせないで」のパンタロン衣装、「やさしい悪魔」のアン・ルイスデザイン衣装などが並び、撮影会が行われていた。冒頭のMCにはTBSの長峰由紀アナウンサーと、クリス松村さんが登場。ひとしきり盛り上げたあと、「哀愁のシンフォニー」での紙テープ投げリハーサル開始。紙テープの芯を抜いた後、テープの外側を持って投げるのか、内側を持って投げるのかで観客とクリスさんの薀蓄トークもあり、皆さん気分は既に38年前にタイム・スリップしている模様。そういえば70年代はアイドルの公演で紙テープは必須だった、などと思い返し、観ているこちらも盛り上がってくる。実は筆者も38年前の
†1978(昭和52)年04月04日(火)、あの会場にいた。2階スタンド席の、ステージ側ギリギリの位置だったため、キャンディーズの3人は豆粒しか見えず、アリーナ手前にせり出したステージに出てこないと、その姿がはっきり見えなかった。巨大モニターもなかったあの時代、ステージの模様は通路脇に設置されていたブラウン管を眺めながらの鑑賞だったのだ。衣装や曲順も記憶が曖昧だったが、今回、300インチのスクリーンで観るとあらゆるディテールがはっきりとわかる。当時と同じ熱狂を持ってキャンディーズを迎え入れるファンの熱量に、最初から圧倒されることしきり。手拍子やコールも当時のまま。いの一番に思い出したのが「恋のあやつり人形」や「あなたに夢中」「暑中お見舞い申し上げます」などの曲で何度も出てくる“チャッ、チャチャッ”という手拍子。あの頃はCメロでテンポが変わると必ずこのノリだった。あらためて思ったのは、キャンディーズはライヴ・アーティストだということ。「内気なあいつ」や「ハート泥棒」など、地味目のナンバーもMMPの演奏で分厚く派手に変貌している。休憩を挟んでの後半戦は特にテンションが高く、ことに「わな」「その気にさせないで」「悲しきためいき」「危い土曜日」のステージ・パフォーマンスは圧巻の出来で、大画面で観ると目の前で3人が歌っているかのような迫力だ。3人のヴォーカルが後半になってもまったくブレないのが凄い。そして「哀愁のシンフォニー」ではおなじみの紙テープ乱舞。BLITZの客席からも、赤・青・黄の3色が乱れ飛び、まさにファイナル・カーニバルの再現。間奏で3人がファンに向かって深々とお辞義をする姿は感動的で、キャンディーズがファンに支えられてこの日を迎えたことが良くわかるシーンだ。BLITZの客席からも熱い拍手が響く。そして何よりも4時間強のステージを支えたMMPの演奏力。随所で奏でるホーンの迫力は言わずもがな、筆者に当時の記憶を大きく蘇えらせてくれたのは、リーダー・チャッピー(渡辺茂樹)のクラビネットの音色だ。キャンディーズのライブはあの煌びやかな響きにある。ことに「春一番」のイントロで奏でられるその音色は、ステージがいよいよ終盤にさしかかったことを嫌でも感じさせる。「ダンシング・ジャンピング・ラブ」も後楽園球場とBLITZがシンクロしてのコール&レスポンス大会。そして「あこがれ」を歌い終えたあとの3人の思い詰めた表情。38年が経過しても未だ感動的な3人の挨拶。ラストの「つばさ」を歌う3人の頬に流れる涙。すべてを歌い終わり、セリに乗ってステージから去ってゆく3人が、最後まで手を振り続ける様子。伝説のステージが38年の時を経ても、未だ色褪せず人々に訴えかけてくる。大人になったあの頃の若者たちは、今も変わらずキャンディーズを支えているのだ。これだけ熱いアーティストとファンの幸福な関係を目の当たりにして、彼女たちが音楽シーンの中でも特別な存在であることを思い知らされたイベントであった。
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http://music-calendar.jp/2016031902
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1977(昭和52)年07月17日(日)。キャンディーズが解散宣言をした日。
2015(平成27)年07月17日(金) 執筆者:寺田正典
1977(昭和52)年07月17日(日)。キャンディーズが解散宣言をした日。1970年代中~後半に青春期を過ごしたかつての男子のかなり多くが、特別な思いを持って振り返る日付なのではないだろうか。その夏のツアー“サマー・ジャック77”の初日の日比谷野外音楽堂のステージ終盤にそれは起こった。激しいダンスとファンとのコール&レスポンスで会場の盛り上がりが頂点に達した時、3人が急に抱き合って号泣し始め、ランが切り出したのだ。
「あたしたち、皆さんに謝らなければならないことがあります。あたしたち、今度の9月で解散します!」キャンディーズは伊藤蘭(1955年生まれ、愛称=ラン)、田中好子(1956年生まれ、愛称=スー)、藤村美樹(1956年生まれ/愛称=ミキ)の3人組。解散宣言の時点では21~22歳。この若い3人の女の子が、芸能業界の中にしっかり敷かれていたレールからの離脱を宣言してしまったのだ。コンサート会場での出来事だったとはいえ、この発言は芸能界だけでなく、広く社会にも衝撃を与えることになった。さっそく翌日、“引退表明”の真意について、初期にライヴの拠点としていた銀座メイツでの緊急記者会見が開かれたが、やはり芸能マスコミの追求は厳しかったようだ。まだまだこれからがあるのに、自らこの世界に“決別”する必要がどこにある? 当然ながら芸能界の先輩たちもそういう思いを若い3人に対して抱いたようで、同年
1977(昭和52)年07月10日(日)放送のフジテレビ「夜のヒットスタジオ」では、そういう重たい“視線”の中で健気に、当時ヒット中の「暑中お見舞い申し上げます」を歌うキャンディーズの姿が捉えられていた。注意したいのは、野音での“解散宣言”が、所属事務所である渡辺プロ主催で行なわれた記者会見では“引退表明”と、微妙にニュアンスが変わっていること。「この世界でもらった名前を自ら勝手に捨てるということは、今後、芸能界で生きていくことはできないんだぞ」というような圧力があったのかどうかはわからない。ただ、“解散宣言”と“引退表明”をつなぐ意味を持たされてしまったのが、野音でランが叫ぶように言った「普通の女の子に戻りたい」という言葉であり、そのインパクトのある一言がメディアを通じて一人歩きしてしまったことは彼女たちを苦しめることにもなる。それと同時に、当初の宣言より延びた
†1978(昭和52)年04月04日(火)に後楽園球場でと決められた解散コンサート(ファイナルカーニバル)に向けてキャンディーズは、そんな業界の雰囲気の中で彼女たちを守るように「解散支持」の方針打ち出すに至った全国キャンディーズ連盟を代表とするファンたちの熱狂的な後押しを受け、そこから“奇跡の9か月”と呼ぶべき活動ぶりを見せていく。その中でも特に印象的だったのは、それまでスー→ランの順で任されてきたシングル曲の“センター”に立ったことのなかったミキがふたりの後押しもあって「わな」(12月)で初めて中央で歌った話とか、ファンの奮起により初のシングル・チャート1位を達成した最終シングル「微笑がえし」(2月)のエピソード。解散(卒業)という期限付きの“最終ゴール”を設定した上でのファンとの一体感の醸成、センター・ポジションをめぐるドラマ、そして最高位を目指してのファンとの共闘等々…。今どきのアイドルの「物語」の構成要素の核の部分が実は“奇跡の9か月”に出揃っていたことは注目されていい。しかしその最終シングルB面収録の「かーてん・こーる」で彼女たちは、ユニゾン中心でしかもデジタル編集技術によって支えられている今どきのアイドルたちには望むべくもない実に繊細で完成度の高いハーモニーを聴かせてくれる。最終的にキャンディーズは、ハイ・ファイ・セットとの高度な共演も可能なほどの実力を身につけるに至っていたのだ。
写真提供:ソニー・ミュージックダイレクト
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