過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今日のMr.ブルース・リーの出来事と映画作品の公開日だヨ(=^◇^=)


   殺人課の刑事トミーDEATHヨ(=^◇^=)
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 ┃ 『PATRIOTS DAY パトリオット・デイ』 ┃
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 2016(平成28)年03月29日(火) New York CITYから撮影開始
 2016(平成28)年11月17日(木) AFI fest 初公開
 2016(平成28)年12月21日(水) アメリカ 7つの劇場で限定公開
‡2017(平成29)年01月13日(金) アメリカ  3,120館に拡大公開
 2017(平成29)年06月09日(金) 日本 公開
 2013(平成25)年04月15日(月) amazon・・・2013年4月15日(月)曜 愛国者の日。殺人課の刑事トミー(マーク・ウォルバーグ)は朝からボストンマラソンの警備に駆り出されていた。この歴史ある大会は、毎年祝日“パトリオット・デイ”に開催され、この日も50万人の観衆で賑わっていた。次々と走者がゴールし最高潮の盛り上がりの最中、トミーの背後で突如大爆発が起こる。歓声は悲鳴に変わり、逃げ惑う人々と折り重なって倒れる負傷者で現場はパニックとなる。到着したFBIのリック(ケヴィン・ベーコン)は散乱した金属片を見て「これはテロだ」と断言、大規模な捜査本部が設置された。やがて監視カメラに映る不審な“黒い帽子の男”と“白い帽子の男”が容疑者として浮上する…。(C) 2017 Lions Gate Entertainment Inc. All Rights Reserved.
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 https://www.amazon.co.jp/dp/B075H57F46
 https://en.wikipedia.org/wiki/Patriots_Day_(film)
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 ┃『easy rider イージー・ライダー』┃
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 1969(昭和44)年07月14日(月) 米国公開
 1970(昭和45)年01月31日(土) 日本公開
‡1974(昭和49)年01月13日(日)『日曜洋画劇場』
 音楽は全米2位となったステッペンウルフの「Born To Be Wild(ワイルドで行こう)」バーズやジミ・ヘンドリックスの楽曲などを用いる。当初エンディングにはボブ・ディランの「イッツ・オールライト・マ」がそのまま使われていたが、公開前の試写を見たディランから曲使用の許諾が得られなかったことと、ディランからの“(「イッツ・オールライト・マ」で終われば)映画の持つメッセージが陰惨で否定的なものになる”というアドバイスを受け、エンディングはロジャー・マッギン演奏による「イッツ・オールライト・マ」及びマッギン書き下ろしの新曲である「イージー・ライダーのバラード」に差し替えられた。マッギン作ではあるが、歌詞の原案はディランのものだという。マリファナ密売で儲けた大金をタンクに隠し、真のアメリカを求めてオートバイで放浪の旅に出る二人のヒッピーを描いたアメリカン・ニュー・シネマの代名詞的作品。 元々は馬をバイクに乗り換えた現代の西部劇を目指して創られた作品だが、そこで描き出されたのはドラッグ・カルチャー、余所者への強烈な排他性、そして名ばかりの“自由”という現代のアメリカであった
 https://ja.wikipedia.org/wiki/イージー・ライダー
 https://en.wikipedia.org/wiki/Easy_Rider
 https://matome.naver.jp/odai/2139376764237950701
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 イージー・ライダー ~自由の恐ろしさ~
 2006.04.01 Saturday
 「彼らはアメリカ(自由)を見つけに旅に出た。しかし、そんなものはどこにもなかった」これが、映画史に名を残すイージーライダーのキャッチコピーだった。そして、この言葉はこの作品のすべてを物語っている。今朝のラジオで、井筒監督が映画「イージーライダー」を語っていた。今日から始まった番組で、井筒監督が映画について語るというものなのだが、その第一回目に「イージーライダー」を紹介するあたり、井筒監督のこの映画に対する並々ならぬ想いを感じる。僕がこの映画に出会ったのは3年前。もちろんビデオだ。衝撃だった。僕が生まれる6年も前に、これほどまでにアメリカを、自由をえぐる作品があったのかと感嘆した。そこに潜む、アメリカという国、その主張する自由の恐ろしさに、体が震えた。それからこの時代の映画「サタデーナイトフィーバー」「ウエストサイドストーリー」「理由なき反抗」、「俺達に明日はない」などを見まくった。唸った。この時代、少なくともアメリカ人はまともだったのだ。どの作品も、自由奔放に生きる若者を描き、そして、その自由の代償というものをきちんと描いていた。恐ろしいまでに鋭く、アメリカ社会の影をえぐっていたのだ。どうして、これほどまでに優れた洞察力を持ち、優秀なクリエイター達を輩出していたアメリカ映画業界が、昨今のような愚鈍な連中に支配されてしまったのか、理解に苦しむ「アルマゲドン」なんかで喜ぶ連中が、とても同じアメリカ人とは思えないのだ。昨今のアメリカ映画は、自由奔放に生きる若者を描き、それがすばらしいことだと説いている。正義の力は偉大であると詠っている。アメリカ社会の影に目を向けず、日の射す場所ばかりを描いている。こうなるともう、面白くないとか以前に、むしろ有害だ。このイージーライダー、すごく印象に残るセリフがある「アメリカという国は、子どもから老人まで『自由』『自由』と口にする。しかし、本当に自由に生きる人間を見るのは怖いんだ」それまで「自由の国アメリカ」と信じていた僕は、揺さぶられた。アメリカの言う自由も、やはり制約の中での話なのだ。井筒監督は、ここで実に的確なコメントを出している。「同じ自由という意味でも『freedom』と『liberty』は違うんだよね」すばらしい!さすが井筒監! 着眼点が違う。僕はもう、ラジオを聴きながら車の中で拍手してしまった「liberty」は、辞書では「選択の自由」とある。意訳すれば「ルール(法)の制約の中での自由」という意味になる。一方、『freedom』は「束縛からの自由」という意味である。この、イージーライダーのセリフの自由は『freedom』である。それこそが、アメリカが(社会が)恐れる自由なのである。チョッパーの大型バイクにまたがり、長髪にピッピースタイルの彼らは、まさに自由(freedom)の権現だ。しかし、社会が認める自由とは「liberty」なのだ。法の制約の中での「選択の自由」なのだ。そこに、ピッピーやマリファナは介在しないのだ。よく「俺は自由に生きたいんだ。だからアメリカに行くよ。だって、アメリカは自由の国なんだろ?」なんて言う若者が(今だに)いるが、そんな連中には、ぜひこの映画を観てほしい。アメリカに(おそらく地球上にも)君が求めるような自由(freedom)はないのだよ。それでも、僕は「freedom」を求めるという行為は高尚だと信じている。あらゆる束縛からの解放を求めるのは、人間の性だ。それこそ、人間らしさだ。それを失ってしまえば、社会に飼いならされた家畜と成り下がる。しかし、「freedom」を求める生き方というのは楽ではないliberty」の中で生きるほうが、何倍も楽だ。今の若者が「自由」「自由」と口にするが、その自由は所詮「『liberty』からちょっと外れてみたぜ」程度のものだ。(ちょっぴり悪ぶって生きたり、ちょっぴり違法なことしてみたりね) そんなの「freedom」じゃないんだよ。所詮、制約の中でもがいてるだけなんだよ。「freedom」は、もっと突き抜けたところにあるんだよ。だからといって「freedom」を求めて旅に出たって、きっと出会えないよ。「イージーライダー」と同じだ。そんなものは、どこにもない「freedom」ってのは、青い鳥と同じだ。いつも自分の側にある。というか、もう自分の中にある。それを表現しようと、世界の表現者達は戦っているんだよ。ロック、パンク、その根元も、この「freedom」の求道なんだよ。マスメディアが消費するカッコだけのロックに惑わされないでくれ。本物のアーティストは、社会という刃に傷つきながら、血反吐を吐いて歌っているんだよ。その覚悟がある若者よ。ぜひ「freedom」を求めて戦ってほしい。社会に出れば、所詮「liberty」だよ。それでもね、君が傷ついた日々は無駄にはならない。君が血反吐を吐いてつむぎだした言葉は、君自身を裏切らない。最後に、僕が尊敬するグリーンピースの言葉を「抵抗が自分を創る」
 ~こぼれ話~中学の頃、バブルの波に乗って僕は母とアメリカ旅行に行った。その途中、具合が悪かったので、僕は観光地(自由の女神)についても、バスを降りずに車内に残った。すると、退屈していた運転手が、カーステレオでイカした曲をかけ始めた「いい曲だね、なんて曲?」「アメリカの国歌だよ」と、ガイドも兼ねているので日本語堪能な彼は、笑顔で答えてくれた。帰国した後、ある喫茶店で、またあの曲を耳にした。マスターに「僕、この曲知ってるよ。アメリカの国歌なんでしょ?」と訊いたら、その場にいる日本人は、みなキョトンとしていた。ただ、カウンターにいた、常連のアメリカ人だけが「そうだよボウズ。これはアメリカ国歌だ」と、嬉しそうに手をたたいて笑っていた。僕が、その曲が実はイージーライダーで一躍有名になった「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」だったと知るのは、数年後のことである
 http://syuichi88.jugem.jp/?eid=16
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 Q ⇒ イージーライダーの最後のところで、射殺されますが、なんで車からバイクを撃ったのですか?中指突き出されただけが理由ですか?アメリカ人は真のオオバカなんでしょうか? 
 A ⇒ アメリカンニューシネマの代表的作品ですね…少しバイクの主題から離れますが…あの映画は不条理を主張した映画だと思います。あの若者は悪党でもないし、ただ自由にバイクを乗り、当てもなく広大なアメリカを走るだけの目的もない放浪者です。ある意味、当時のカウンターカルチャーを表現してますが、一見善良に見えて保守的な村民が実は凶悪で自分の価値観にそぐわない「ヒッピーのよそ者」を排除したかっただけだと思います。普通に見えるただの市民が実は偏見に満ちた歪んだ悪意の塊で社会をドロップアウトしただけで封建的保守的な住民に抹殺されても文句を言えないみたいな不条理を映画と言う媒体を通してメッセージにしたのでは?と思います。あの当時、「俺たちに明日はない」「真夜中のカーボーイ」「わらの犬」など不条理なラストのニューシネマが目白押しでした。ベトナム戦争が泥沼化し、社会に反発する若者が増えた時代でもありました。日本も例外でなくフーテン族などが沢山いましたよ。
 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14146436314
 本物なら世界一価値のあるバイク? 『イージー・ライダー』のハーレーダビッドソンがオークションへ
 2021.05.27 21:00 文=堀口佐知 60年代 オークション イージー★ライダー 堀口佐知 イージー・ライダー バイク ハーレーダビッドソン
 60年代を代表する映画『イージー・ライダー』の撮影に使用されたハーレーダビッドソンが、オークションに出品されることがわかった。
 1969年に公開された『イージー・ライダー』は、麻薬取引で大金を得た主人公らがバイクで放浪する物語で、1960~70年代の自由を求め社会に反発する若者を描いた作品として人気を集めた。そしてこの映画を象徴するのが、燃料タンクに星条旗が描かれたハーレーダビッドソンだ。2014年には、このハーレーダビッドソン「キャプテン・アメリカ」が、135万ドル(約1億4,700万円)で落札され世界一価値の高いバイクとなった。しかしその後、バイクが本物か、偽物かの議論が巻き起こった。本作の撮影には4台のバイクが用意されており(※諸説あり)、そのうち3台は撮影後に盗まれてしまったという。そして残りの1台は、映画のラストシーンで破壊されたもので、その後バイク愛好家のダン・ハガティ氏によって修復されたようだ。そしてハガティ氏が前述の通り「キャプテン・アメリカ」をオークションに出品すると、ゴードン・グレンジャーという男性が、「自分の所有するバイクこそ本物の『キャプテン・アメリカ』だ」と主張した。グレンジャー氏は、本物であることを証明するハガティ氏の署名が入った文書を所持していた。これによりどちらのバイクが本物か議論を呼ぶ展開となったが、決着がつかぬうちにハガティ氏のバイクが135万ドルで落札されてしまった。その当時、グレンジャー氏は「3つの可能性しかない。私のバイクが本物か、もう一方が本物か、どちらも本物ではないかだ」と述べていた。両氏が亡くなってしまった今、真相は不明のままだ。今回出品されるのは、グレンジャー氏が所有していたもので、オークションの主宰者は「このバイクは破壊後に修復されたものであり、映画のために購入された4台の中で唯一生き残ったバイクであると確信している」と述べている。これが本物ならば世界一価値のあるバイクとなりそうだが、果たして……。
(画像=VISOR DOWNより)
■堀口佐知■ガジェット初心者のWebライター兼イラストレーター(自称)。女性向けソーシャルゲームや男性声優関連の記事を多く執筆している。
〈Source〉https://www.visordown.com/news/general/easy-rider-harley-eyes-world-record-auction-price-authentic-one-time
〈Source〉https://journal.classiccars.com/2021/05/19/captain-america-custom-harley-easy-rider-auction/
〈Source〉https://drupal.dailygazette.com/article/2014/09/17/easy-rider-bike-going-auction
 https://realsound.jp/tech/2021/05/post-780299.html
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 ROUTE FROM THE 1969 MOVIE EASY RIDER
291 Comments / Easy Rider, Rides, Route 66 / By mrzip66
 1969年の映画「イージーライダー」からのルート
291 コメント / イージーライダー, 乗り物, ルート66 /ことにより、 mrzip66
 https://www.mrzip66.com/2009/04/route-from-the-movie-easy-rider-map/
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 Easy Rider Route #1 イージーライダー 旅の軌跡
 2012(平成24)年05月12日(土) Fuji-maru
 https://japaneserver.wordpress.com/2012/05/12/easy-rider-route-1/
 https://blogs.yahoo.co.jp/fuji8888/29406920.html
イージーライダー ~自由の恐ろしさ~
2006.04.01 Saturday
 「彼らはアメリカ(自由)を見つけに旅に出た。しかし、そんなものはどこにもなかった」これが、映画史に名を残すイージーライダーのキャッチコピーだった。そして、この言葉はこの作品のすべてを物語っている。今朝のラジオで、井筒監督が映画「イージーライダー」を語っていた。今日から始まった番組で、井筒監督が映画について語るというものなのだが、その第一回目に「イージーライダー」を紹介するあたり、井筒監督のこの映画に対する並々ならぬ想いを感じる。僕がこの映画に出会ったのは3年前。もちろんビデオだ。衝撃だった。僕が生まれる6年も前に、これほどまでにアメリカを、自由をえぐる作品があったのかと感嘆した。そこに潜む、アメリカという国、その主張する自由の恐ろしさに、体が震えた。それからこの時代の映画「サタデーナイトフィーバー」「ウエストサイドストーリー」「理由なき反抗」、「俺達に明日はない」などを見まくった。唸った。この時代、少なくともアメリカ人はまともだったのだ。どの作品も、自由奔放に生きる若者を描き、そして、その自由の代償というものをきちんと描いていた。恐ろしいまでに鋭く、アメリカ社会の影をえぐっていたのだ。どうして、これほどまでに優れた洞察力を持ち、優秀なクリエイター達を輩出していたアメリカ映画業界が、昨今のような愚鈍な連中に支配されてしまったのか、理解に苦しむ「アルマゲドン」なんかで喜ぶ連中が、とても同じアメリカ人とは思えないのだ。昨今のアメリカ映画は、自由奔放に生きる若者を描き、それがすばらしいことだと説いている。正義の力は偉大であると詠っている。アメリカ社会の影に目を向けず、日の射す場所ばかりを描いている。こうなるともう、面白くないとか以前に、むしろ有害だ。このイージーライダー、すごく印象に残るセリフがある「アメリカという国は、子どもから老人まで『自由』『自由』と口にする。しかし、本当に自由に生きる人間を見るのは怖いんだ」それまで「自由の国アメリカ」と信じていた僕は、揺さぶられた。アメリカの言う自由も、やはり制約の中での話なのだ。井筒監督は、ここで実に的確なコメントを出している。「同じ自由という意味でも『freedom』と『liberty』は違うんだよね」すばらしい!さすが井筒監! 着眼点が違う。僕はもう、ラジオを聴きながら車の中で拍手してしまった「liberty」は、辞書では「選択の自由」とある。意訳すれば「ルール(法)の制約の中での自由」という意味になる。一方、『freedom』は「束縛からの自由」という意味である。この、イージーライダーのセリフの自由は『freedom』である。それこそが、アメリカが(社会が)恐れる自由なのである。チョッパーの大型バイクにまたがり、長髪にピッピースタイルの彼らは、まさに自由(freedom)の権現だ。しかし、社会が認める自由とは「liberty」なのだ。法の制約の中での「選択の自由」なのだ。そこに、ピッピーやマリファナは介在しないのだ。よく「俺は自由に生きたいんだ。だからアメリカに行くよ。だって、アメリカは自由の国なんだろ?」なんて言う若者が(今だに)いるが、そんな連中には、ぜひこの映画を観てほしい。アメリカに(おそらく地球上にも)君が求めるような自由(freedom)はないのだよ。それでも、僕は「freedom」を求めるという行為は高尚だと信じている。あらゆる束縛からの解放を求めるのは、人間の性だ。それこそ、人間らしさだ。それを失ってしまえば、社会に飼いならされた家畜と成り下がる。しかし、「freedom」を求める生き方というのは楽ではないliberty」の中で生きるほうが、何倍も楽だ。今の若者が「自由」「自由」と口にするが、その自由は所詮「『liberty』からちょっと外れてみたぜ」程度のものだ。(ちょっぴり悪ぶって生きたり、ちょっぴり違法なことしてみたりね) そんなの「freedom」じゃないんだよ。所詮、制約の中でもがいてるだけなんだよ。「freedom」は、もっと突き抜けたところにあるんだよ。だからといって「freedom」を求めて旅に出たって、きっと出会えないよ。「イージーライダー」と同じだ。そんなものは、どこにもない「freedom」ってのは、青い鳥と同じだ。いつも自分の側にある。というか、もう自分の中にある。それを表現しようと、世界の表現者達は戦っているんだよ。ロック、パンク、その根元も、この「freedom」の求道なんだよ。マスメディアが消費するカッコだけのロックに惑わされないでくれ。本物のアーティストは、社会という刃に傷つきながら、血反吐を吐いて歌っているんだよ。その覚悟がある若者よ。ぜひ「freedom」を求めて戦ってほしい。社会に出れば、所詮「liberty」だよ。それでもね、君が傷ついた日々は無駄にはならない。君が血反吐を吐いてつむぎだした言葉は、君自身を裏切らない。最後に、僕が尊敬するグリーンピースの言葉を「抵抗が自分を創る」
 ~こぼれ話~中学の頃、バブルの波に乗って僕は母とアメリカ旅行に行った。その途中、具合が悪かったので、僕は観光地(自由の女神)についても、バスを降りずに車内に残った。すると、退屈していた運転手が、カーステレオでイカした曲をかけ始めた「いい曲だね、なんて曲?」「アメリカの国歌だよ」と、ガイドも兼ねているので日本語堪能な彼は、笑顔で答えてくれた。帰国した後、ある喫茶店で、またあの曲を耳にした。マスターに「僕、この曲知ってるよ。アメリカの国歌なんでしょ?」と訊いたら、その場にいる日本人は、みなキョトンとしていた。ただ、カウンターにいた、常連のアメリカ人だけが「そうだよボウズ。これはアメリカ国歌だ」と、嬉しそうに手をたたいて笑っていた。僕が、その曲が実はイージーライダーで一躍有名になった「ボーン・トゥ・ビー・ワイルド」だったと知るのは、数年後のことである
http://syuichi88.jugem.jp/?eid=16

 映像◆『Way Of The Dragon.』
 http://video.fc2.com/content/20100201uhqdyR00
‡映像◆Bruce Lee 『Game Of Death』1972 Edition
 http://video.fc2.com/content/20120208tMkhksQQ
 映像◆『Game Of Death』lost Footage of the Pagoda Fight 
 http://video.fc2.com/content/20080808sJfkMdGM
 映像◆『Game Of Death』
 http://video.fc2.com/content/20100205Mhmguwdm
 映像◆Bruce Lee - Jeet Kune Do.mpg.
 http://video.fc2.com/content/20080518zJMY3cfL


 電影「死亡的遊戯」との私的遭遇  
 祝!『BRUCE LEE in G.O.D 死亡的遊戯』DVD 発売  
 遂に遭遇!『A WARRIOR'S JOURNEY』  
 禁断の『死亡的遊戯』私的考察  
 http://www.geocities.jp/chao_may2001/index.html

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 ┃ 『Bruce Lee in G・O・D 死亡的遊戯』 ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛渋谷シネマ・ソサエティ
‡2001(平成13)年01月13日(土) 上映開始
 2001(平成13)年03月02日(金) 上映終了
 http://www.h4.dion.ne.jp/~b3k/9ron/otakara/frame.htm
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①┃ 『死亡遊戯 (GAME OF DEATH)』 ┃
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛
 ┌─――――――――――――┐Mr.BRUCE LEE 主演映画作品第5弾!!!
 |1978(昭和53)年 3月23日(木)|香港初公開 Startin' 嘉禾電影(ゴールデン・ハーベスト)配給
 |1978(昭和53)年 4月 5日(水)|香港  公開 The End.
 |1978(昭和53)年 4月15日(水)|号に守谷哲巳作画で週刊少年チャンピオン増刊に掲載
 |1978(昭和53)年 4月15日(土)|日本初公開 東宝東和配給
 |1979(昭和54)年 6月 8日(水)|米国初公開 コロムビア映画配給
 |1981(昭和56)年 4月 1日(水)|日テレ(水)曜ロードショー『最後のブルース・リー遂にTV初登場!死亡遊戯』
 └─――――――――――――┘共同制作・・・米=香:ゴールデン・ハーベスト・インターナショナル、米:パラゴン・プロ
  Bruce Lee vs Dan Innosanto Deleted Scenes http://youtu.be/qO-mMfEbw2s
  溜池Now 香港スペシャル vol.1ブルースリー http://youtu.be/KaCrcC3gnVQ 死亡遊戯 南北楼(21:08)
  『アナザースカイ』 中川翔子(しょこたん)、 中村頼永 師父 http://youtu.be/JH1YWJpfeQ4
  しょこたん パスカルに首をへし折られるヨ(=^◇^=)O♂
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②┃ 『死亡遊戯之旅(Bruce Lee: A Warrior's Journey)』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐アメリカ・ワーナー
 |2000(平成12)年10月22日(日)|監督・ジョン・リトル
 └─――――――――――――┘日本で製作された『G.O.D死亡的遊戯』と同様に、「死亡遊戯」の未公開シーンを復元しその内容を検証するドキュメンタリー
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③┃ 『BRUCE LEE in G.O.D 死亡的遊戯』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐Mr.BRUCE LEE 主演映画作品第7弾!!!
 |2000(平成12)年11月25日(土)|日本 限定プレミア上映
 |2001(平成13)年 1月13日(土)|日本 公開
 └─――――――――――――┘制作&配給:(日本)アートポート
  備考・・・2000年、ブルース・リー生誕60周年の年、再度、香港ツアーが開催され『死亡遊戯 (GAME OF DEATH)』の現存する全てのフィルムが公開された。その後アートポートにより『死亡的遊戯』製作を発表。同年11月25日シアターアプルにて『BRUCE LEE in G.O.D 死亡的遊戯』プレミアム上映される。2003年 「BRUCE LEEinG.O.D死亡的遊戯」の不評であった点を再編集して『BRUCE LEE in G.O.D 死亡的遊戯 2003 スペシャル・エディション』がDVDで発売されるヨ(=^◇^=)
******************************** http://www.bruceleejkd.com/
 ①http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E9%81%8A%E6%88%AF
 ②http://en.wikipedia.org/wiki/Bruce_Lee:_A_Warrior%27s_Journey
 ③http://ja.wikipedia.org/wiki/Bruce_Lee_in_G.O.D_%E6%AD%BB%E4%BA%A1%E7%9A%84%E9%81%8A%E6%88%AF
 http://www.takeboh.com/lee/deathgame.html 1972 http://akhd.sakura.ne.jp/LEE/
 GOD映像◆https://www.youtube.com/playlist?list=PL677D35F1E21D5E8B
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  解説・・・この作品でのテーマは「移り変わる環境に自分を対応させることの重要性」だそうです。この作品のイメージは、漠然としかなかったそうです そこへアイデアをもたらしたのは、アメリカ時代の友人。ビッグ・ルー・アルシンドーでした。彼は、ブラックムスリム運動 ネイションオブイスラムの関係で後にカリーム・アヴドゥル・ジャバーと改名 彼の存在は、この映画で知ったのですが、NBAが好きなので自然とまた彼にたどり着き、彼個人を(NBA選手としても)好きになりました。彼が2週間の予定で香港に訪れるということで急遽、彼に出演を依頼したそうです。第一階層、第二階層、第三階層、と第四階層は、当初、詠春拳か蟷螂拳の達人対ブルース・リーでキャスティングはターキー木村を予定していたのですがしかし木村が香港に来る前に李振藩が死去したためにお蔵入りとなりました そして第五階層、2メートルの巨体に圧倒的な力の差を感じる李振藩。しかし敵の思わぬ弱点を発見し勝機を掴む。といったかたちだったそうです。なので李振藩の考えた作品とは別物として映画は観てください。その後『燃えよドラゴン』の完成度にハリウッドは、ブルース・リーを本格的にハリウッドスターとして売り出すことを決定。しかし彼の言葉は、無視されての作品の完成・・・その後の「完全版」でやっと彼の意志が反映されたのです。撮影途中になっていた『死亡遊戯』の打ち合わせ途中の出来事でした。皮肉にも彼がこの世を去って三週間後に世界的大スターとなったのでした。李振藩 32歳 心と身体の平安はもてたのでしょうか・・・もし持てたのであれば、今も平安が保たれている事を願います。http://ameblo.jp/gonsuke77/entry-10530911159.htmlE/leeMain.html
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①┃ 中村頼永師父 ┃1963(昭和38)年12月19日(木) 生誕
 ┗━━━━━━━━┛14歳の頃に、映画館で『未知との遭遇』を見る際に流れた●『死亡遊戯』の予告編で、ブルース・リーが演じるアクションに衝撃を受けて截拳道を志すようになる。同じ頃に寛水流空手を始めだす。
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②┃ 『未知との遭遇(CLOSE ENCOUNTERS OF THE THIRD KIND Third Kind)』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐
 |1977(昭和52)年11月16日(水)|アメリカ 公開
 |1978(昭和53)年 2月25日(土)|日  本 公開
 |1982(昭和57)年10月10日(日)|日本語版2 初放送 テレビ朝日『日曜洋画劇場』視聴率21.9%関東地区ビデオリサーチ調べ
 |1999(平成11)年11月14日(日)|日本語版3 初放送 テレビ朝日『日曜洋画劇場』
 └─――――――――――――┘Jeet Kune Do (中村頼永) Yori Nakamura1/2 http://youtu.be/lq42bnlm6OQ
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 ①http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E9%A0%BC%E6%B0%B8
 ②http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%AA%E7%9F%A5%E3%81%A8%E3%81%AE%E9%81%AD%E9%81%87
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 ┃ 李小龍会版 媒体レポート ┃
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 ┌─――――――――――――┐
 |2009(平成21)年 1月13日(火)|『東方日報』
 └─――――――――――――┘
****** http://www.bruceleejkd.com/aboutus/yorinakamura
 http://www.bruceleeclub.com/news/2009/20090113OR.pdf
 http://www.bruceleeclub.com/jp/aboutus5.html http://en.wikipedia.org/wiki/Bruce_Lee
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 ┃ 『街の灯 (CITY LIGHTS)』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐
 |1931(昭和六)年 1月30日(金)|アメリカ 公開
 |1934(昭和九)年 1月13日(土)|日  本 公開
 └─――――――――――――┘チャップリンの映画出演75作目
            ユナイテッド・アーティスツ時代04作目
  備考・・・完璧主義者のチャップリンは、ジョージア演じる花売り娘との出会いのシーン(正味3分ほど)に342回のNGを出し、1年以上かけて撮り直しされた(撮影日数534日のうちこのシーンの撮影だけで368日かけている)。結局撮影が完了したのが1930(昭和五)年10月5日(日)のことで、2年以上の月日が費やされたヨ(=^◇^=)
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 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%97%E3%81%AE%E7%81%AF
 http://chaplinjapan.com/ http://ameblo.jp/onohiroyuki/
 http://www.geocities.jp/ryunk/contents/chaplin/cinema/
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 ┃ 『CBS Television Workshop』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐オードリー☆ヘプバーンの初期テレビ出演作品
 |1952(昭和27)年 1月13日(日)|
 |1952(昭和27)年 4月13日(日)|
 └─――――――――――――┘
  Role・・・Herself  
  Note・・・Episode: "Rainy Day at Paradise Junction"
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 http://en.wikipedia.org/wiki/CBS_Television_Workshop
 http://en.wikipedia.org/wiki/Audrey_Hepburn_filmography
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=25338
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 ┃ 『金曜ロードショー』歴代高視聴率獲得作品 ┃
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 ┌─――――――――――――┐関東地区、ビデオリサーチ調べ
 |1995(平成七)年 1月13日(金)|第⑧位『釣りバカ日誌』
 └─――――――――――――┘視聴率・・・27.7%
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 http://www.ntv.co.jp/kinro/lineup/ranking.html
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E6%9B%9C%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=1799 1988
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 ┃ 『A CLOCKWORK ORANGE (時計じかけのオレンジ)』 ┃
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 ┌─――――――――――――┐アメリカ映画作品
 |1972(昭和47)年 1月13日(木)|イギリス 公開
 └─――――――――――――┘備考・・・初のドルビー映画となる。商標のドルビーマークは当時存在しなかったヨ(=^◇^=)
 http://en.wikipedia.org/wiki/A_Clockwork_Orange_(film)
 http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=175881
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━┓ <IMDb版>
 ┃ 『ROCKY (ロッキー)』  ┃シリーズ一作目
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━┛①①⑨ minutes
  Rocky Trailer映像◆http://youtu.be/I2zFQmHWVCI
  
 ┌─――――――――――――┐
 |1976(昭和51)年11月21日(日)|U.S.A. (New York City, New York) (premiere) 
 |1976(昭和51)年12月 1日(水)|U.S.A. (Los Angeles, California) 
 |1976(昭和51)年12月 3日(金)|U.S.A.
 |1977(昭和52)年 1月 1日(土)|U.K.
 |1977(昭和52)年 1月 7日(金)|Brazil
‡|1977(昭和52)年 1月13日(木)|Argentina
 |1977(昭和52)年 3月17日(木)|Australia
 |1977(昭和52)年 3月25日(金)|Denmark
 |1977(昭和52)年 3月25日(金)|France
 |1977(昭和52)年 3月25日(金)|Italy
 |1977(昭和52)年 4月 1日(金)|West Germany
 |1977(昭和52)年 4月16日(土)|Japan
 |1977(昭和52)年 4月25日(月)|Sweden
 |1977(昭和52)年 5月 4日(水)|Colombia
 |1977(昭和52)年 5月 5日(木)|Mexico
 |1977(昭和52)年 5月10日(火)|Norway
 |1977(昭和52)年 5月18日(水)|Netherlands
 |1977(昭和52)年 5月19日(木)|Hong Kong
 |1977(昭和52)年 5月23日(月)|Spain
 |1977(昭和52)年 6月11日(土)|South Korea
 |1977(昭和52)年 7月29日(金)|Ireland
 |1977(昭和52)年 8月12日(金)|Finland
 |1977(昭和52)年11月10日(木)|Portugal
 |1978(昭和53)年 1月17日(火)|Philippines (Davao) 
 |1978(昭和53)年12月28日(木)|Hungary
 |1982(昭和57)年 9月?日(?)|Turkey(トルコ) 
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 http://www.imdb.com/title/tt0075148/releaseinfo
 http://ameblo.jp/ayayanapple5010/entry-11467880213.html
  http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=2474 S.H'77
 http://en.wikipedia.org/wiki/Rocky ⇒ 左横の"日本語"を選択
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38回通い続けて手に入れた招待券
  2001年1月13日から3月2日に掛けて「渋谷シネマ・ソサエティ」にて「Bruce Lee in G・O・D 死亡的遊戯」が上映されました。
「真実はこの映画で解き明かされる」と、ものすご~く期待させるキャッチフレーズで日本中のファンをワクワクさせていたこの映画、以前一度だけ新宿のシアター・アプルで上映会があったのですがたまたま仕事のため観に行けず、私にとっては待ちに待った封切りだったのです。
ホンモノはラストにほんのちょびっと出て来るだけで、ソックリさんは似てないわ怪鳥音もウソもんで迫力ないわ合成はヒドいわで散々だったあの「死亡遊戯」から23年。写真集や雑誌には「死亡遊戯」で使われていなかった2人の仲間と一緒に写っている写真や、リー先生が作りたかったというストーリーの解説などが載っていて、『あ~っ! 残りのフィルムが観て~~っ!』と強く思っていた私に 今まさに光が!‥‥待ってて良かった。自殺なんてしなくて本当に良かったと心から思いました。早速 ぴあ などで時間帯をチェックしてみると「一番多く観た方には超レア・グッズ プレゼント」とあります。が「超レアグッズ」が何なのかは書かれていないし『大したものじゃないだろう』とタカをくくっていたのでした。映画館に着くと、そこは 男の世界 でした。ブルース・リーファンの9割位は男性であるため慣れっ子の私でしたが、チケット売り場の女性の笑顔にはホッとさせられたものです。映画が始まると心が ピンッ と緊張しました。前半の1時間は 李尚文(デビッド・リー)くんが再現部分を担当してくれて「なるほどね~」と感心。そして! 遂にラスト40分のご本人登場!私のテンションは上昇しっぱなしのノンストップ!決めた! 私がリピーター日本一になる!! と 星飛雄馬 ばりに目に炎を宿した私を、私自身も止められなくなっていました。シネマ・ソサエティ の壁には《5回以上ご来場下さった方は会場内に写真を飾らせて頂きます》との貼り紙があって、その日は誰の写真も見掛けなかったため「まだ全然大丈夫」と思っていました。 が! 私も遂に5回以上観たので映画館のスタッフの方に写真を撮って頂きました。その時私は何処で写真を撮ってもらおうか悩み、まさかと思いながらも「他のみなさんはどの辺で写真を撮ったんですか?」と訊ねると「大体このパネルの辺りですね~」との答えが‥‥。げっ!! もうすでに私よりもリードしている人達がいる! ヤバイ! と思った私のこれからの行動はもうお解りですね?そうです! 時間の許す限り、お金の続く限り映画館に通ったのです。夕食を何処かで採っている時間なんてありませんでした。出掛ける前に握ったおにぎりを毎日の様に持って仕事場と映画館に通い続け、遂にはスタッフの女性に「ブッチギリですよ!」と声を掛けられ「やった~っ!」と飛びはねるところまでやってきました。そんなラスト3月2日まであと数日という日、このサイトの管理人である坂東さんと2人で29回目を観に行った時のことです。いつも私を笑顔で迎えてくれる女性スタッフとベテラン男性スタッフの2人が、私の顔を見るなり慌てた様子で手招きをします。『あらあら?もしかして私が日本一に決定しちゃった?』などとのんきにチケット売り場に行くと、「並ばれました!」と、一気に血の気の引く言葉が!! 敵はどうやら会社を休んで一日4回観ていたらしいのです。私ゃ燃えました!負けるもんか!私もオフの日は 1日4回 観てやる!必死とは正にこのことです。そして、‥‥遂にラストの3月2日。その日私は仕事が入っていたのですが、ものすご~い集中力を発揮して一度のNGも出さずに済ませました。お陰でその日も3回観ることが出来たのです。私のリピーター用紙はすでにハンコを押す場所がなく、欄外に最後の3回分を押してもらいました。その日の最終回は流石にほぼ満席でした。昔からのファンである私には、絶えることのない ブルース・リー ファンの輪 が感じられて幸せでした。最後の上映が終わり照明が灯くと、映画館のスタッフが大きなパネルに入れられた「李小龍展覧会 2000」の招待券を手に入って来ました。場内は一挙にザワめきました。以前からそれが賞品だとは知っていましたが、そうやってパネルに入れられたものを目のあたりにすると震えがきました。「今日でリピーター合戦は終了となります。そして本日は 1位 の方と 2位 の方がいらっしゃっています。第1位。‥‥38回ご覧いただきました 田野めぐみさん! 」やりました。‥‥‥‥やり遂げました。正に矢吹 丈の「燃えつきた、真っ白にな」状態‥‥。隣に座っていた男性から「おめでとうございます」の声を頂き、『あ~~、本当にやったんだなあ』としみじみ。壇上で劇場の支配人さんから賞品の招待券を受け取った時の感動は一生忘れられそうもありません。34回ご覧になられた第2位の男性とも握手でお互いの健闘を称え合いました。きっとものすご~くムカついたはずなのに「負けました」と男らしい態度で接してくれました。その他にも沢山のブルース・リーファンの皆さんから「おめでとうございます」の声を頂き大感動しました。中には「ありがとうございました」と言って去って行った方もおりました。本当に本当に皆さんありがとう! 
http://www.h4.dion.ne.jp/~b3k/9ron/otakara/frame.htm
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 第36回ゴールデンラズベリー賞(36th Golden Raspberry Awards) ┃
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‡|2016(平成28)年 1月13日(水)| ノミネート作品発表
 |2016(平成28)年 2月27日(土)|受賞作品発表&授賞式
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************************** http://www.uta-net.com/song/4803/
 https://en.wikipedia.org/wiki/36th_Golden_Raspberry_Awards
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%82%BA%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%BC%E8%B3%9E
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 S・スタローン、美しすぎる3人娘と妻に話題沸騰
‡2016(平成28)年1月13日(水) 18時18分『MovieWalker』配信
 2016(平成28)年1月10日(日) 現地時間に発表された第73回ゴールデン・グローブ賞(以下GG賞)で、初受賞を果たしたシルヴェスター・スタローン(69)が、3人の愛娘と愛妻を連れて会場を訪れ、受賞以上の話題を呼んでいる。スタローンは、かつてGG賞にノミネートされた『ロッキー』(76)のロッキー・バルボア役で、新作『クリード チャンプを継ぐ男』で助演男優賞にノミネートされ、初受賞を果たした。スタローンが登壇した際には会場はスタンディングオベーションに包まれたが、レッドカーペットでも受賞後の取材でも、同伴した妻と3人の娘の美しさが大いに話題となっていたことはいうまでもない。3人目となる47歳の妻ジェニファー・フレイヴィンを筆頭に、ソフィア(19)、システィーン(17)そしてスカーレット(13)と家族総出の応援で、受賞を果たした感無量のスタローンには、多くの共感と羨望の目が向けられた。特に長女と次女は既にモデルとして活躍しており、その美しさが話題になっている一方で、「3人とも奇跡的に父親に似ていなくて、皆美人でラッキーだよね」「みんな美しい!スカーレットはまだ初々しい感じだけど、もうすぐモデルデビューするのかな」と母親似の娘たちに絶賛の声が寄せられている。一方で妻のジェニファーについては、「見るたびに整形顔が怖くなっていく」「人形みたいで怖い」「折角美人だったのに残念」「夫婦そろって顔をいじりまくりだからちょうどいい?けど、娘たちの将来が見えるようで怖い」といった声も挙がっている。せっかくの絶賛にもかかわらずスタローンは、受賞スピーチで“フィクションの友人”であるロッキー・バルボアや妻や子供たちに感謝の意を示した一方で、ライアン・クーグラー監督や主演のマイケル・B・ジョーダンの名前を言い忘れるという失態をやらかしてしまった。慌てて壇上に戻って彼らに敬意を示したが、テレビはコマーシャルタイムに入っておりオンエアはされなかったため、「恩知らず」「受賞する可能性が引くても、言うべき人の名前はリストを持っておくべき」と非難の声が寄せられているとDeadline.comなどが報じている。【NY在住/JUNKO】
 http://news.walkerplus.com/article/70840/

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