過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今日のTHE BEATLESだヨ(=^◇^=)


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①┃♪WHATEVER GETS YOU THRU THE NIGHT♪┃
 ┃    ♪真夜中を突っ走れ♪    ┃
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 1974(昭和49)年09月23日(mon) US released
 1974(昭和49)年10月04日(fri) UK released
 1974(昭和49)年11月16日(sat)『Billboard』週間ランキング第1位を獲得
‡1974(昭和49)年11月28日(thu) エルトン・ジョンのマディソン・スクエア・ガーデンでのコンサート[1]に参加し、「アイ・ソー・ハー・スタンディング・ゼア」を演奏した。また、これには逸話があり、ジョンは「何万年かかったって、売れなさそうなもんさ。1位になんてなれない」と読み、冗談でこの約束を取り交わしたところ、予想に反し1位になってしまった。このコンサートには別居中のオノ・ヨーコがエルトン・ジョンの手引きで観に来ており終了後楽屋で再会、「失われた週末」に終止符を打ったのである。なお、この曲が1位になったお礼として、今度はエルトンの録音にジョンが参加し、またも1位になった。それが「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」である
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②┃『Here and There』┃Elton
 ┗━━━━━━━━━┛ John
 1974(昭和49)年05月18日(sat) Recorded Here:The Royal Festival Hall,
‡1974(昭和49)年11月28日(thu) Recorded There:MSG-Thanksgiving Night-
 1976(昭和51)年04月30日(fri) UK released
 1976(昭和51)年05月03日(mon) US released
①https://en.wikipedia.org/wiki/Whatever_Gets_You_thru_the_Night
②https://en.wikipedia.org/wiki/Here_and_There_(Elton_John_album)

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 ┃ 『THE BEST OF THE BEATLES BOOK』日本語翻訳版 ┃
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 2005(平成17)年09月01日(木)    原書版発売 \3287(税込) P.304
‡2005(平成17)年11月28日(月) 日本語翻訳版発売 \5565(本体5300+税) P.304 公式HP
 2005(平成17)年11月30日(水) 日本語翻訳版発売 \5565(本体5300+税) P.304 書籍刻印
 2012(平成24)年04月17日(火) アマゾン注文
 2012(平成24)年04月19日(木) 自宅到着午後2時過ぎ開封
□唯一のビートルズ公認雑誌『ザ・ビートルズ・ブック』を凝縮
ビートルズの公認を受けた唯一の雑誌『ザ・ビートルズ・ブック』。その創刊以来40年間にわたって蓄積された膨大な遺産の中から、終身編集長ジョニー・ディーンがみずからの手で厳選抽出した貴重なインタビュー、写真、レポート記事を1冊にまとめたメモリアル版がついに完成しました。この本に書かれている内容は、公認雑誌だからこそ可能だったファブ・フォー自身の“生”の発言の採録はもとより、現場に居合わせたスタッフの手によるレポート、内側にいた人間にしか撮れない写真の掲載など、あの時代の空気をダイレクトに感じさせてくれるものばかりで、しかもその記述はビートルズの公認という正統性に基づいたものとなっています。あの大著『THE BEATLES アンソロジー』と双璧をなす、もう1つの“公式”なビートルズ・ヒストリー・ブックの誕生です。
前書きに代えて
 少年時代
 ザ・クオリーメン
 リバプール・デイズ
 キャバーンとカスバ
 愛と青春のハンブルク
 アストリット・キルヒヘル
 ブライアン・エプスタイン
 デッカとEMI
 1962 NEWS
 LOVE ME DO/ファースト・シングル
 インタビュー初体験の顛末
 PLEASE PLEASE ME/初の全英No.1シングル
 ファブ・フォーの横顔(1963年)
 ビートルズ時代の幕開け、1963UKツアー
 1963 NEWS
 2つのファンクラブ・イベント
 最初のクリスマス・ショー
 パリ侵攻と、アメリカからもたらされた吉報
 いざアメリカへ!
 バック・イン・ザ・ USA、アメリカ再訪ツアー
 ファンクラブ
 LETTERS 1963-1964
 A HARD DAY'S NIGHT/初主演映画
 ヨーロッパからオーストラリアまでツアーは続く
 テレビ番組シンディグの撮影
 1964 NEWS
 BEATLES FOR SALE/音楽面での最初の画期
 1964UKツアー
 2度目のクリスマス・ショー
 ノーマン・スミス
 メイキング・オブHELP(4人はアイドル)
 HELP!(4人はアイドル)プレミア試写会
 YESTERDAY/名曲誕生の影で
 1965 USツアー同行見聞録
 伝説のシェア・スタジアム公演
 ビートルズがエルヴィスと会った夜
 1965 NEWS
 ガール・フレンドと妻たち
 NORWEGIAN WOOD/歌詞に込められた意味
 ビートルズ最後のUKツアー
 ビートルズと対面できた喜び
 LETTERS 1965-1966
 ブッチャー・セッション始末記
 PAPERBACK WRITER/失敗作と呼ばれて
 1966ドイツ・ツアー、よみがえるハンブルクの日々
 厳戒態勢下の極東ツアー
 最後のコンサート、キャンドルスティック・パーク
 1966 NEWS
 おじゃまします、自宅探訪レポート
 WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS/制作現場より
 SGT. PEPPER/
 アルバムについて
 制作過程について
 プレス・パーティー
 ファンの反応
 1967 NEWS
 ナイトクラブでの息抜き
 ALL YOU NEED IS LOVE/制作レポート
 MAGICAL MYSTERY TOUR/こぼれ話
 ヴィクター・スピネッティ
 インドでのこと
 夢の帝国アップル、その興隆と衰退
 HEY JUDE & REVOLUTION/大ヒットした、アップル最初のシングル
 1968 NEWS
 THE BEATLES(THE WHITE ALBUM)/バンドの劣化が始まるとき
 YELLOW SUBMARINEプレミア試写会
 LETTERS 1967-1969
 ABBEY ROAD/すれ違う心 、交わらない視線
 1969 NEWS
 ジョン・レノン最後のUKコンサート
 ウイングス飛翔
 ジョン・レノンに捧ぐ
 リンダ・マッカートニーに捧ぐ
 ジョージ・ハリスンに捧ぐ
 BRAINWASHED/ジョージ・ハリスンの遺作
 ポールとへザー、還暦目前の再婚
 バック・イン・ザ・USAツアーでのポール
 ビートルズ関連グッズあれこれ
 ビートルズ公演ポスターあれこれ
 ビートルズ名所めぐり(ロンドン編)
 イラストあれこれ
 ビートルズ名所めぐり(リバプール編)
 追憶の中のビートルズ
 ジョージ・ハリスン
 ジョン・レノン
 ポール・マッカートニー
 リンゴ・スター 
 ACKNOWLEDGEMENTS(寄稿者/写真協力) 寄稿者紹介 写真協力 ファンクラブ
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 http://www.amazon.co.jp/dp/0954995708
 http://www.amazon.co.jp/dp/4845612534
 http://www.rittor-music.co.jp/books/04317321.html
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 Elton John concert after party
 Here is what Davey Johnstone wrote on December 9, 2020 about playing with the Elton John Band and that famous Thanksgiving night in 1974 with John.  
 The Elton John Band were fortunate to spend time with John in the mid-‘70’s culminating in him joining them on stage at Madison Square Garden, NYC on the 
‡28th of November 1974. It would be his final concert performance. 
 Even after all these years, the memories of that unforgettable Thanksgiving night continue to reverberate and inspire awe among Elton’s team. At 7pm GMT today we will be posting a video about that special night which features contributions from Elton’s team (including Davey.) 
 We also wanted to share this very special photograph of Davey with John which was taken at the party after the concert. We love you, John (ハートマーク)
 [Photograph property of and courtesy of Davey Johnstone.] 
 http://www.meetthebeatlesforreal.com/2021/01/elton-john-concert-after-party.html


 ザ ビートルズ  THE BEATLES  クリスマス コレクション 新品プレスCD Christmas 
 2019(令和元)年07月06日(土) 22時44分 1,580円落札OK♂♀
 The Beatles Christmes Collection
 THE BEATLES CHRISTMAS ALBUM 
 01. 1963: The Beatles Christmas Record 02. 1964: Another Beatles Christmas Record 03. 1965: The Beatles Third Christmas Record 04. 1966: Pantomime-Everywhere it's Christmas 05. 1967: Christmas Time (Is Here Again) 06. 1968: Christmas 1968 07. 1969: Happy Christmas 1969 THE SONGS 08. Christmas Time (Is Here Again) (Longest version) 09. Happy Xmas (War Is Over) 10. George's Christmas Message/Ding Dong Ding Dong 11. Stop and Listen to This Ringo Greeting/Christmas Eve 12. Rudolf The Red Nosed Reggae 13. Paul's Christmas Greeting/Paul's Jingle Bells 14. Wonderful Christmas Time 15. Rockestra Theme 16. A Nelson Wilbury Christmas Greeting 17. Happy New Year from John/The Great Wok 18. Christmas Time (Is Here Again) 
 <商品詳細>これまでにも多くのタイトルを生み出してきた大定番音源であるビートルズのクリスマス・ソノシートを中心にした、クリスマス音源のコレクションがStrange Appleからリリース!! 毎年クリスマス近くになるとジョンの「Happy Xmas (War Is Over)」やポールの「Wonderful Christmas Time」を耳にすることも多くなりましたが、ビートルズのクリスマスと言えば、1963年から1969年までの7年間、UKのビートルズ・ファンクラブの会員のために制作/配付していたソノシートを思い浮かべるファンも多いことと思います。 メッセージと寸劇が中心の6~7分程度の内容で、アカペラで歌を歌ったり、ふざけたり、ちょっとした演奏も飛び出したりと大いに楽しめるもので、1968年以降はメンバーが揃って録音しておらず、個別に録音した音源を編集したものになっていますが、律儀に制作していることに変わりはなく、ファンへの感謝の気持ちを形にしていたことがわかります。 1970年のクリスマス時期にはこれらを全て収めたアルバムがUK/USのファンクラブの会員に配布されました。日本でも70年代から内容を紹介した書籍があったため、聴いたことはなくてもソノシートの存在や、その楽しそうな内容を知っているファンは多かったのではないかと思われます。 ソノシートの音源は古くからブートレッグのネタにされ続け、CDの時代になってからはアウトテイクも手に入るようになりマニアを楽しませてくれています。オフィシャルでは1995年リリースの「Free As A Bird」のB面で部分的にCD化されましたが、全ての音源がリリースされる可能性は非常に低く、今後もブートレッグでしか聴けない大定番音源であり続けるでしょう。 Strange Appleがお届けするクリスマス・コレクションは、前半が(絶対に外すことの出来ない)1963年から1969年までソノシートを年代順に収録したもの、後半が4人が録音したクリスマス・ソング集となっています。後半は、ビートルズ唯一のクリスマス・ソングの「Christmas Time (Is Here Again)」の最長ヴァージョンに始まり、ソロ時代にリリースしたクリスマスにちなんだ楽曲の数々をそれぞれのメンバーのクリスマス・メッセージとともに収録した内容。実際に聴いていただければわかりますが、リスニングに適した内容になっており、現役時代、ソロ期を通してツボを押さえた音源と楽曲を1枚のディスクで一気に聴くことが出来るのが非常に便利で、初めてクリスマス・ソノシートの音源をCDで手に入れてみようと思っているファンには最適な内容であると断言出来るアイテムに仕上がっております!! 今年だけでなく、来年以降もクリスマス時期には欠かせないCDになることは間違いありません。アートワークも、1963年から1969年までのソノシートを、ジャケット表面だけでなく、裏面やレーベル面の画像を掲載し、視覚的にも楽しめる充実したデザインになっています。


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 ┃ Exclusive:WITH A LITTLE HELP FROM THEIR FRIEND ┃By Mark Edmonds
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 2005(平成17)年03月20日(sun)『The Sunday Times Magazine』に最初に掲載されましたヨ(=^◇^=)
 First published in『The Sunday Times Magazine』20 March 2005
‡1968(昭和43)年11月28日(thu) November 28, 1968: "Up at 10.30 to Woodstock... To Bob [Dylan] for Thanksgiving. Meet Levon [Helm] of the band, he is drummer, plays great guitar. Around the table after turkey, cranberry sauce, etc... & also Pecan pie. Bob, George, Rich, Happy, Levon... around the guitars while many children play; Sarah [Dylan] great - turkey sandwich and beer. To Richard [Manuel] & Garth's [Hudson] home for farm sessions - home to bed."
  At this point, Mal's 1968 diary comes to an end; it has been an action packed year with two hit singles and a sprawling double album - but the Beatles are no longer a cohesive unit. 
  In the midst of a miserably cold winter, the band and Mal set off for Twickenham studios, where they are to start work on the project that is to become Let It Be, a filmed record of the Beatles at work. Already there is discord, and in front of the cameras they begin to disintegrate; from Mal we also get the first murmurings of real discontent. 
************* https://www.uta-net.com/song/44469
 http://www.angelfire.com/band2/bffh/news/malsdiaries.html
 https://ja.wikipedia.org/wiki/マル・エヴァンズ
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 ┃ ビートルズ詳解 The Beatles’Corpus ┃
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①1960(昭和35)年11月28日(月) ライヴ演奏:カイザーケラー/ハンブルグ (最終56日目) ※10月04日(火)からのカイザーケラー演奏良好 The End.美だヨ(=^◇^=)
②1961(昭和36)年11月28日(火) ライヴ演奏:マージーサイド・市民サービス・クラブ/リヴァプール
③1962(昭和37)年11月28日(水) ライヴ演奏1:キャバーン・クラブ (夜)/リヴァプール
③1962(昭和37)年11月28日(水) ライヴ演奏2:ルイス527クラブ/リヴァプール
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①1960(昭和35)年11月28日(月) ライヴ演奏:カイザーケラー/ハンブルグ (最終56日目) ※10月04日(火)からのカイザーケラー演奏良好 The End.美だヨ(=^◇^=)
 インドラ・クラブ (Indra Club) での48夜に引き続き、ビートルズはブルーノ・コシュミダー (Bruno Koschmider) の所有するもう一つのクラブ、カイザーケラー (Kaiserkeller) に移る。この日
 1960(昭和35)年10月04日(火)、彼らはカイザーケラーへの56夜連続の出演をスタートした。そしてそれは
†1960(昭和35)年11月28日(月)に終了する。ビートルズはもう一つ別のリヴァプールのバンド、ロリー・ストーム&ザ・ハリケーンズ (Rory Storm and the Hurricanes) と時間交替制で夜明けまでのステージを分かち合う。そのもう一つのバンドにはリンゴ・スター (Ringo Starr) がドラマーで参加していた。ハンブルグの夜の長時間に及ぶ演奏を乗りきるため、ピート・ベスト (Pete Best) を除く4人はプレルディン (Preludin) を精力剤として飲み始めた。これはドイツ製の食欲抑制剤で覚醒効果もあり、一般にプレリーズ (Prellies) の名で知られていた。この錠剤は彼らを夜明けまで突っ走らせた。そして演奏を終えるとバンビ・キーノ (Bambi Kino) の彼らの寝床に戻った。バンビ・キーノはコシュミダーが所有する映画館の名である。カイザーケラーはグロッセ・フライハイト (Grosse Freiheit) の36番、シュムック通り (Schmuckstrasse) の角にある。常連客は主に黒服の暴力団員、海軍兵、風俗営業者であった。そのクラブの用心棒がホルスト・ファッシャー (Horst Fascher) だった。カイザーケラーに出演中のある晩、ジョンがステージに現れないので、ファッシャーが探しに行くとジョンはトイレで女といちゃついていた。ホルストはバケツの水をぶっかけてステージに上がれと指示する。ジョンは怒って「濡れたままでどうやってステージに上るんだ」とぼやくが、ファッシャーは「ステージに上るんだ!濡れていようが裸であろうが俺の知ったことじゃない!」と突っぱねる。しばらくして観客の笑いのどよめきが聞こえるので走って行って見ると、ジョンはパンツ一丁で頭から便座をかぶってギターを弾いていた。
 ポール・マッカートニー『Many Years From Now』バリー・マイルズ ⇒ そうしたクラブはけっこう荒っぽかった。軍人の客から乱暴されることが多かったね。吸っているタバコの匂いで国籍がわかるんだ。イギリスのタバコの匂いのする海軍兵がクラブにいると、トラブルの予感がしたもんさ。イギリスの奴らはなれなれしかった。「おお、英語じゃないか! よーし! お前らこの曲やれ! これやれよ!!」酒が進むにつれて、彼らはこのクラブが自分の所有であるように思い始める。それはドイツ人はもちろん、誰もが嫌うことだ。やがてある段階でウェイターと口論が始まる。ウェイターにはあるシステムがあって、ホィッスルを吹くと10人ほどの仲間が出てくるようになっている。彼らはみんな巨体のマッチョマンだ。彼らはウェイターとしての能力で選ばれているわけじゃないんだ。ホルスト・ファッシャーは僕らのとてもいい友人だった、今でもその関係を保ってる。そうした人々のことを理解できるようになって、おそらく一番に驚いたことは、彼らは心から僕らに親愛を感じていたということだった。彼らは兄弟のように僕らを愛した。ハンブルグを離れる時はいつも悲しかった。特に僕らが少し名声を得はじめた最後の頃は、僕らと会うのはこれが最後になると彼らは感じていたかもしれない。みんな酔って泣いていた。「とても愛しているよ。君らは本当の兄弟みたいだ。飲んでくれ!」ヤクザっぽい兄ちゃんたちは、実はとてもとてもセンチメンタルな奴らなんだ。僕らは何人かと本当にいい友だちになった。
②1961(昭和36)年11月28日(火) ライヴ演奏:マージーサイド・市民サービス・クラブ/リヴァプール
 ビートルズはマージーサイド・市民サービス・クラブに、5回出演しているヨ(=^◇^=)
 1961(昭和36)年02月07日
‡1961(昭和36)年11月07日 14日 21日 28日
⑪1962(昭和37)年11月のハンブルグ写真集 (1)
⑫1962(昭和37)年11月のハンブルグ写真集 (2)
  場所:不明 ⇒ ハンブルグにあるアストリッドのスタジオか?
 撮影者:アストリッド・キルヒャー (Astrid Kirchherr)
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 ①https://gejirin.com/beatles/history/1960/19601004_live_kaiserkeller1.html
  https://gejirin.com/beatles/history/1960/0history_index-1960.html
 ②https://gejirin.com/beatles/history/1961/19610207_live_merseyside_civilservice.html
 ③https://gejirin.com/beatles/history/1962/0history_index-1962.html
 ⑪https://gejirin.com/beatles/history/1962/19621101-14_Hamburg_photos_1.html
 ⑫https://gejirin.com/beatles/history/1962/19621101-14_Hamburg_photos_2.html
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 ┃ THE BEATLES HISTORY ┃|November 28|332
 ┃    ザ・ビートルズの今日の出来事   ┃|11月28日|
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛└─―――――┘
********** http://www.thebeatles.co.jp/contents/index2.htm
 http://www.beatlelinks.net/forums/showthread.php?t=17200
 http://beatlesdiary.web.fc2.com/day/011/1128.html
 http://www.beatlesagain.com/bhistory.html
 楽曲資料https://beatlesdata.info/
 歌詞充実http://tsugu.cside.com/index.html
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 ┃ 『この日のビートルズ』 ┃上林 格 P.288 714円(税込) 朝日新聞出版
 ┗━━━━━━━━━━━━━┛2013(平成25)年11月7日(木) 朝日文庫発行
  人類がまだ月面着陸を夢見ていた1960年代、英国出身の4人の若者が世界を席巻した。
  ポピュラー音楽史の記録を次々と塗り替えただけではなく、
  文化、思想、生活スタイル、あらゆる分野に強烈な影響を与えた。
  語り継がれる20世紀最高のファブ・フォーの「この日」にこだわってみました。
 ┌─――――――――――――┐
 |1968(昭和43)年11月28日(木)|「気まぐれコンビ」で共作」
 |2011(平成23)年11月28日(月)|甲虫日記更新日 No.098
 └─――――――――――――┘
 写真◆ジョージ・ハリスンとボブ・ディランはロックの殿堂(Rock & Roll Hall of Fame)で共演したことも=1988年1月20日、Photo by David Mcgough/DMI/Time Life Pictures/Getty Imagesジョージの没後10周年。マーティン・スコセッシ監督によるドキュメンタリー映画「ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド」が日本で公開されている。
1942年生まれのイタリア系米国人の映画監督は、ロック最盛期の60年代に青春時代を過ごした。ボブ・ディランやローリング・ストーンズら大物ロック・ミュージシャンの映像作品も手がけている。新作は3時間30分に及ぶ長編だが、ジョージにまつわる関係者の興味深いインタビューの連続に最後まで飽きることはなかった。
例えば、演奏方法を巡ってポールと口論する映画「LET IT BE」のシーンは有名だ。撮影後、ジョージが一時バンドを抜けたのも事実。しかし、「エリック・クラプトンを入れよう」とジョンが提案した話は、それほど知られていない。そのオファーをクラプトン自身がどう思ったのかを、本人が明かす。そして、死期を悟ったジョージが病床を見舞ったリンゴと交わした最後の会話とは……。
数多くの秘蔵写真や映像も見られる。なかでも、ビートルズ時代に撮影されたディランとのツーショットは印象的だった。ひげを剃(そ)り落として若返ったジョージと、ギターを小脇に抱えるディランがソファで向かい合う。2人ともすてきな笑顔だ。
1968年11月28日、ジョージはニューヨーク郊外のウッドストックにあるディランの自宅を訪れた。映画で見た写真は、恐らくその時に撮影されたものだろう。
ビートルズは64年夏、米国ツアー中にディランと知り合う。4人の中でディランと親交が深かったのは、ジョンだった。65年にツアーで英国を訪れたディランは、ジョンの自宅で妻シンシアの手料理による歓待を受けている。ジョンは、ディランが手がけたドキュメンタリー映画(未公表)にも出演した。
しかし、強力な磁場を発生させる者同士の交流は、お互いの才能への嫉妬(しっと)や疑心が絡んで次第に冷めていったらしい。67年7月、オートバイ事故に遭ったディランが音楽シーンの表舞台から一時遠ざかると、2人の関係は疎遠になってしまう。
68年、ジョンにはオノ・ヨーコというパートナーが生まれた。強い絆(きずな)で結ばれたビートルズの4人に微妙な変化が起こり始める。約半年に及んだ2枚組アルバム「THE BEATLES」(通称・ホワイトアルバム)のセッションは、リンゴの一時グループ脱退など「終わりの始まり」を予感させるものになった。そんな時期、ジョージはそれまで以上にディランに強い関心を寄せていた。外の風をジョージに吹き込んだのは、自作曲「While My Guitar Gently Weeps」でリードギターを弾いた、親友エリック・クラプトンだった。 
 ◎ジョージとディランの「気まぐれのコンビ」とは… 次のページへ
隠遁(いんとん)生活を送っていたディランは、彼のバックバンド「ザ・バンド」のメンバーが住んでいた通称「ビッグ・ピンク」をリハーサル場にして、メンバーと断続的なセッションを繰り返していた。そこでのセッション・テープを入手したクラプトンは、その伸び伸びとして重厚に奏でるアメリカン・ロックの自由さに魅了された。68年7月発行の音楽誌に掲載されたインタビューの中で、「この音楽を聴いてからというもの、僕の価値観はガラッと変わっちまった」と答えているほどだ。
68年10月、「ホワイトアルバム」の収録が終わると、ジョージはロサンゼルスに向かった。アップル所属のアーティスト、ジャッキー・ロマックスのアルバム「IS THIS WHAT YOU WANT?」をプロデュースする仕事だった。それをすませてから、ニューヨークにあるディラン宅訪問が実現する
2人は久しぶりの再会なのだが、ディランはそっけない態度で接した。「最初の数日はほとんど口をきかなかった」。ジョージはディランのマネジャー宅に滞在し、昼間はディランの家にいた。ようやく3日目を迎える頃、2人でギターを持ち出すようになった。
「何か言葉を書いてよ」とジョージが投げかけると、意外にもディランは「コードを教えろよ。曲はどうやってつくるのさ」と返してきた。ジョージは歌詞をつくることに自信が持てないでいた。ディランはメロディーがうまくできないのが悩みだった。そんな2人は即興で「気まぐれのコンビ」を組んだ。
メジャー・セブンとかディミニッシュとかオーギュメントとか、色々なコードをギターで鳴らし始めた。そして、Gメジャー・セブンのコードを弾いて次のBフラット・メジャー・セブンに移ったとき、ジョージに曲が浮かんだ。ビートルズ解散後、ジョージのソロ・アルバム「ALL THINGS MUST PASS」に収録された「I'd Have You Anytime」だ。
ジョージによれば、最初に思いついた歌詞はこうだった。
ここに入れてくれ/ずっとここにいたいんだ/君の心の中にいれておくれ
「さあ、何か言葉をくれよ」。こんどは、ジョージがディランに促した。
ぼくの持っているものはすべて君のもの/君の目に映るのは僕の姿だけ
再び、話を映画に戻そう。
この時の2人のやり取りについて、ジョージの妻オリビアが語っている。
「『君の心の中に入れて』というのはボブへの叫びです。何度会っても心を開いているように見えなかった」「歌詞で自分の心を伝えるのが彼のやり方なのです」
71年にジョージがニューヨークでバングラデシュ難民救済コンサートを開くと、ディランも出演した。2人は88年、5人組の覆面ロック・グループ「トラベリング・ウィルベリーズ」を結成する。92年、ディランのコロンビア・レコード在籍30周年記念コンサートが開かれると、ジョージはゲスト出演した。
2001年11月29日、ジョージ死去。ディランは短いコメントを発表した。
「ジョージはとてつもなく大きな存在だった」という書き出しで始まり、「彼がいなくなった世界は、なんと寂しく、味気ないものなのだろう」という言葉で結ばれている。
 ◎お知らせ ⇒ ジョージ・ハリスン/リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド
 (C) 2011 GROVE STREET PRODUCTIONS LIMITED.「静かなビートル」ジョージの58年にわたる人生の軌跡を、未公開映像や未発表音源、彼を取り巻く仲間たちのインタビューによってたどる音楽ドキュメンタリー。「タクシードライバー」「レイジングブル」などの作品で知られるマーティン・スコセッシ監督は、「ディパーテッド」(2006年)でアカデミー賞監督賞・作品賞を受賞している。映画は12月2日まで角川シネマ有楽町ほかで公開中。同23日、DVDとブルーレイが発売される予定。詳細は公式サイトへ 
***************** https://www.amazon.co.jp/dp/4022617802
 https://dot.asahi.com/1satsu/tyosya/2013110700049.html
 http://doraku.asahi.com/entertainment/beatles/111128.html
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 ┃ 『THE BEST OF THE BEATLES BOOK』日本語翻訳版 ┃
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 2005(平成17)年 9月 1日(木)    原書版発売 ¥3,287(税込) 304ページ
 2005(平成17)年11月28日(月) 日本語翻訳版発売 ¥5,565(本体5,300円+税) 304ページ 公式HP情報
 2005(平成17)年11月30日(水) 日本語翻訳版発売 ¥5,565(本体5,300円+税) 304ページ 書籍刻印情報
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 |BEATLE NEWS 1963|(P.52) インフルエンザでジョンが(I'm)ダウン(>▽<)
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シェフィールド公演で復帰を果たしている。
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 http://www.amazon.co.jp/Best-Beatles-Book-Johnny-Dean/dp/0954995708/
 http://www.amazon.co.jp/THE-BEST-BEATLES-BOOK/dp/4845612534
 http://www.rittor-music.co.jp/books/04317321.html
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