過去の今日の出来事etSETOraですヨ(=^◇^=)

過去の今夜の『夜のヒットスタジオ』だヨ(=^◇^=)


 松任谷由実 松田聖子の復帰ツアー初日に花束を贈呈…不仲も噂された31年の軋轢
 2022(令和四)年06月21日(火) 06:00『女性自身』
 2022(令和四)年07月05日(火)号『女性自身』
「今回のコンサートで聖子さんやスタッフが利用したケータリングには、豚骨ラーメンや季節の和菓子が用意されていました。これらは聖子さん自身のリクエストで、沙也加さんが大好きだったものを選んだそうです」(制作関係者)愛娘・神田沙也加さん(享年35)の急逝から半年、全国ツアーに臨んでいる松田聖子(60)。
‡2022(令和四)年06月11日(土)にさいたまスーパーアリーナで開催されたツアー初日に聖子は、沙也加さんと“共演”を果たした。公演の中盤、聖子は沙也加さんのデビュー曲『ever since』を歌唱し、このように語った。
「娘は天国に旅立ちましたが、私の心にずっと生き続けています。きっと今日も一緒に『ever since』を歌ってくれたと思います」再出発した聖子の様子について、公演に訪れたファンは明かす。
「沙也加さんについて口にする際は、涙がこらえきれない場面もありましたが、聖子ちゃんは全25曲を完璧に歌い切りました」1万8千人の観客の前で、アイドルの矜持をみせた聖子。そんな彼女を支える人々がいた。聖子のデビュー当時からの付き合いだという歌手の小柳ルミ子(69)は、12日に自身のInstagramを更新し、《昨日、可愛い可愛い愛する妹、聖子ちゃんに会いに行って来ました》と、松田聖子のコンサートに駆けつけたことを明かして、さらにこうつづった。
《ステージ終了後、痩せた聖子ちゃんをぎゅーっと抱きしめて来ました》聖子のもとには“戦友”からのエールも届いていたという。
「会場には日本テレビや、ユニバーサルミュージックなどからスタンド花が贈られていました。その並びに個人として唯一、松任谷由実さんから贈られた花が飾られていたのです。この花を目にしたファンは、『ユーミンありがとう』と感謝を述べていました」(イベント関係者)聖子と松任谷由実(68)の交流は長い。ユーミンが初めて聖子に曲を提供したのは、’82年の大ヒット曲『赤いスイートピー』だった。
「聖子さんの女性ファンが増えるきっかけとなった『赤いスイートピー』は、作詞家の松本隆さんが、ユーミンさんに『ライバルに曲を書いてみない?』と声を掛けたことがきっかけで生まれました。松任谷さんは作曲者名を、ペンネームである“呉田軽穂”にすることを条件に了承したそうです」(音楽関係者)
 写真◆83年、『アン・ドゥ・トロワ』コンサートツアーより。『赤いスイートピー』のイントロが流れると、どの会場も大歓声が
■ユーミンの作曲で大ヒットを連発
 2020(令和二)年12月23日(水)に放送された『松田聖子スペシャル ロング・バージョン 風に向かって歌い続けた40年』(NHK)で『赤いスイートピー』を手掛けた理由をユーミンはこう明かしている。
「アイドルが嫌いだったんですよ、私。アイドルの世界は強大で『仮想敵国』みたいに思わないとやっていけなかった。変な気概があったところに(作曲依頼が)舞い込んだ。挑戦的なところがありました」その後も『渚のバルコニー』『秘密の花園』『瞳はダイアモンド』などでユーミンと聖子はタッグを組み、ヒットを連発してきた。しかし’84年の『時間の国のアリス』を最後にユーミンは30年以上もの間、聖子の曲を作ることはなかったーー。
「あれほどの名曲を生み出してきた2人だけに、長い空白期間があったことで聖子さんと松任谷さんの間には、確執があるのではないかと報じられたことがあります」(前出・音楽関係者)この軋轢について、長年聖子を撮影してきたカメラマンのYAHIMONときはる氏は語る。
「’80年代のユーミンは多忙もあってか、ラジオなどでキツい発言が目立っていた時期がありました。そんななか聖子さんが、雑誌でユーミンのライブを初めて見たときの衝撃を『私はいったい何なんだろうと思い、アイドルをやめようかと思った』と語った記事を、ユーミンが目にし、『やめたらよかったのに』とキッパリ。以来、不仲が噂されるようになりました」聖子のデビュー35周年にあたる’15年にユーミンは、新曲『永遠のもっと果てまで』を聖子に提供。31年ぶりに2人が組んだことで話題となった。音楽評論家で尚美学園大学副学長の富澤一誠さんは、この背景を推察する。
「単に、ユーミンのもとに楽曲提供のオファーがなかっただけではないでしょうか。プロデューサーの意向で別の人に依頼する時期が続いたということで、けんか別れなどではないと私は思います。盛り上がるタイミングでタッグを再開する運びになったということでは」前出の『松田聖子スペシャル~』で、31年の空白を経て“和解”したユーミンは聖子について、「一緒の時間を共有できて本当に光栄だと思っています」と、語っていた。そんな彼女が今回の公演で聖子に贈った友情の花には、ある思いが込められていたという。
「大きな花束の中には白い八重咲きのユリがありました。これは沙也加さんが大好きだった花なんです。沙也加さんは’05年ごろ、芸名をユリの英語名“Lily”としてモデル活動していたことも。いかなるときでもステージに立ち続ける重圧は、ユーミンも痛いほど理解しています。それだけにユーミンは、気丈にふるまう聖子さんに“沙也加さんもそばにいる”とさりげなく伝えたかったのではないでしょうか」(前出・YAHIMONときはる氏)
‡2022(令和四)年06月11日(土)のコンサートでは、ユーミン作曲の『赤いスイートピー』や『渚のバルコニー』を熱唱していた聖子。ユリの花言葉と同様に純粋な沙也加さんと“戦友”に見守られ、ステージに立つ彼女は決して独りではなかったーー。
 https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2109823/

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 ┃過去の今日の松田聖子様┃
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‡1984(昭和59)年06月11日(月) 映画試写会見『夏服のイヴ』
****************** http://www.seikomatsuda.co.jp/index.html
 http://www.universal-music.co.jp/matsuda-seiko
 http://www2a.biglobe.ne.jp/~seikofan/html/text/his1b.html
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E7%94%B0%E8%81%96%E5%AD%90
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 ┃ 『夜のヒットスタジオ』司会一代目:前田武彦・芳村真理  ┃
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①|歴代出演歌手-前田武彦・芳村真理司会時代Ⅲ(1972~1973)|
 └─――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0241回 1973(昭和48)年 6月11日(月) 森進一、山本リンダ、欧陽菲菲、宮史郎とぴんからトリオ、
                   にしきのあきら、森昌子、牧村三枝子、方恰珍
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②|夜のヒットスタジオ・初出演データ(11) 前田・芳村時代後期(1972,1-1973,9)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0241回 1973(昭和48)年 6月11日(月) ♪我愛<?> (ウォー・アイ・ニー)♪ 方怡珍(ファン・イーツン)
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 ①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/23df0c2423d10301d0e9c522196d8746
 ②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/79ab8f979ea471985f0cca0f9ba22e8f
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 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 『夜のヒットスタジオ』司会三代目:芳村真理・井上順  ┃
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①|歴代出演歌手―芳村真理・井上順司会時代Ⅱ(1978~1979)|
 └─―――――――――――――――――――――――――┘
‡第0553回 1979(昭和54)年 6月11日(月) 沢田研二、八代亜紀、郷ひろみ、森昌子、
                   ピンクレディー、庄野真代、新沼謙治、ほか
 ┌─――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
②|夜のヒットスタジオ・初出演データ(8) 芳村・井上時代前期①(1978,4-1980,3)|
 └─――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 ※本日は初出演歌手はありま千と千尋だヨ(=^◇^=)
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③|歌でふりかえる夜のヒットスタジオ②②年史(25) 1979年4月-6月(第543-555回)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0553回 1979(昭和54)年 6月11日(月) 沢田研二 ♪OH!ギャル♪
                   八代亜紀 ♪舟唄♪
                   郷ひろみ ♪いつも心に太陽を♪
                    森昌子 ♪銀のライター♪
                ピンクレディー ♪ピンク・タイフーン♪
                   新沼謙治 ♪青春想譜♪
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 ①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/f153d204c2a1e41dcf6d81497fb26ae8
 ②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/5706dc23ea0dc61221c1e77858cd4f80
 ③http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/de085c550e2bbefe825e698d777ae04f
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 ┃ 『夜のヒットスタジオ』司会三代目:芳村真理・井上順  ┃
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 ┌─――――――――――――――――――――――――┐
①|歴代出演歌手―芳村真理・井上順司会時代(1984~1985)|
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‡第0811回 1984(昭和59)年 6月11日(月) 村田英雄、西城秀樹、谷村新司、松本伊代
                   田原俊彦、松田聖子(58)、THE ALFEE、MIE、
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
②|夜のヒットスタジオ・初出演データ(5) 芳村・井上時代後期①(1984,4-1985,9)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 ※本日は初出演歌手はありま千と千尋ですヨ(=^◇^=)
 ┌─―――――――――――――┐
 |『夜ヒット』今夜のエピソード|
 └─―――――――――――――┘
  松田聖子 ♪夏服のイヴ♪(1) 白夏服 白ワンピース http://v.youku.com/v_show/id_XNDQ1NTgyMzUy.html
  映像◆夏服のイブ04:32 夜ヒット 1984.06.11 http://v.youku.com/v_show/id_XNDEyMDg2MDAw.html?f=17711066
 ┌─――――――――┐通算出演 第061回
③| 今夜の田原俊彦 |♪騎士道♪ (2回)
 └─――――――――┘MC ⇒ 田中MGR、トシのお面とスエットで登場。ピクチャーレコードの話
            衣装 ⇒ レコードジャケットの衣装
         エピソード ⇒ オープニングメドレーのトップバッター
*********************************************************
 ①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/a3b354639cc3ecae61d3a487ea8e5852
 ②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/c3cae56a9ef44ee13fb303e34a68c0ca
 ③http://www.104ttdp.com/tt/musicpro/yoruhit/yh-84.html
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 ┃ 『夜のヒットスタジオDELUXE』司会四代目:芳村真理・古舘伊知郎 ┃
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①|歴代出演歌手―芳村真理・古舘伊知郎司会時代Ⅰ(1985~1986)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0913回 1986(昭和61)年 6月11日(水) シンディ・ローパー、沢田研二(マンスリー2)、山口小夜子(特別ゲスト)、五木ひろし、中村雅俊、
                   河合奈保子、大沢誉志幸、杏里、チェッカーズ、内藤やす子、吉川晃司、シブがき隊、菊池桃子
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
②|夜のヒットスタジオ・初出演データ(4) 芳村・古舘時代前期(1985,10-1986,12)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0913回 1986(昭和61)年 6月11日(水) ♪The Goonies'R Good Enough♪ シンディ・ローパー
 ┌─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
③|歌でふりかえる夜のヒットスタジオ②②年史(39) 1986年4-6月(第903-915回)|
 └─―――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
‡第0913回 1986(昭和61)年 6月11日(水) シンディ・ローパー ♪The Goonies'R Good Enough♪
               沢田研二(with 山口小夜子) ♪ヴィラーデ♪
                       五木ひろし ♪浪花盃♪
                        中村雅俊 ♪想い出のクリフサイドホテル♪
                       内藤やす子 ♪わたしを棄てたらこわいわよ♪
                          杏里 ♪Morning Sqall(モーニング・スコール)♪
                      チェッカーズ ♪Song for U.S.A♪
                       シブがき隊 ♪飛んで火に入る夏の令嬢♪
                       河合奈保子 ♪涙のハリウッド♪
                        吉川晃司 ♪ナーバス・ビーナス♪
                       大沢誉志幸 ♪クロール♪
 ┌─――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
④|【総括】夜のヒットスタジオ・年表Ⅸ(1986,4~1988,2<第1000回・芳村勇退まで>)|
 └─――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘・マンスリーゲスト・沢田研二、この回に披露した♪ヴィラーデ♪の最後で、トップモデル・山口小夜子と接吻。夜ヒット史上に残る衝撃的なシーンの一つに数えられる。・マドンナらと並ぶ80~90年代のポップス・クイーン、シンディ・ローパーが初出演
 ┌─――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┐
⑤|夜ヒット名シーン/沢田研二♪サムライ♪-「最高のエンターティナー」故の名シーン|
 └─――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘
 ♪ヴィラーレ♪でのモデル・山口小夜子さんとの扇越しの「接吻」シーン
 詳細■http://plaza.rakuten.co.jp/juliecat/diary/200606040000/
 ┌─―――――――――――――┐
 |『夜ヒット』今夜のエピソード|http://v.youku.com/v_show/id_XMTQ4MzY2OTk2.html
 └─―――――――――――――┘1989(平成元)年 4月 5日(水)㊤↑放送 夜ヒットコネクション~あんな人とこんな人~
‡1986.06.11 沢田研二♪ヴォラーレ♪ マンスリーでトップモデル山口小夜子と共演。扇子の裏で本当にキスしたのか?週刊誌で話題になったヨ(=^◇^=)
 ┌─―――――――――――――――┐
⑥| 夜ヒットを彩った売野雅勇作品 |♪ジャスミンの夢飾り♪
 └─―――――――――――――――┘河合奈保子/曲:林哲司 ※♪涙のハリウッド♪B面
 1986(昭和61)年 4月 1日(火) リリース
‡1986(昭和61)年 6月11日(水) 第0913回『夜のヒットスタジオ』出演
 ┌─―――――――――――――――┐
⑦| 夜ヒットを彩った売野雅勇作品 |♪想い出のクリフサイド・ホテル♪
 └─―――――――――――――――┘中村雅俊/曲:鈴木キサブロー HC:29位 AP:86/06/11(第913回)
 1986(昭和61)年 5月21日(水) リリース
‡1986(昭和61)年 6月11日(水) 第0913回『夜のヒットスタジオ』出演、ほか
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 ①http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/a6be6bb3f1006e42d66239ca790b5340
 ②http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/6b6a1988ec68c28a2c0acb6b2118241d
 ③http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/0dbe5a4e17f40aca0ee51156d72032d9
 ④http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/709775bd2cf570fb74385eafdd89fc36
 ⑤http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/610047be51784c6b2adf49f3f82e70f5
 ⑥http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B6%99%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%AA%E3%82%A6%E3%83%83%E3%83%89
 ⑦http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=1090 
  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%83%B3%E3%81%84%E5%87%BA%E3%81%AE%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%95%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%86%E3%83%AB http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/1d0956ff961df20a972b2e1604f32b04 曲目
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 ┏━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 『夜のヒットスタジオ』 ┃1968(昭和43)年11月 4日(月) 22:00~22:54 Startin'
 ┗━━━━━━━━━━━━━┛1985(昭和60)年 3月25日(月) 22:00~22:54 The End.
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 『夜のヒットスタジオDELUXE』 ┃1985(昭和60)年 4月 3日(水) 21:02~22:52 Startin'
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛1989(平成元)年 9月27日(水) 21:02~22:52 The End.
 ┏━━━━━━━━━━━━━━━━┓
 ┃ 『夜のヒットスタジオ SUPER』 ┃1989(平成元)年10月18日(水) 22:00~22:54 Startin'
 ┗━━━━━━━━━━━━━━━━┛1990(平成二)年10月 3日(水) 22:00~22:54 The End.
************************* http://blog.goo.ne.jp/resistance-k
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%9C%E3%81%AE%E3%83%92%E3%83%83%E3%83%88%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%B8%E3%82%AA%E5%87%BA%E6%BC%94%E6%AD%8C%E6%89%8B%E4%B8%80%E8%A6%A7
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 |夜ヒット名シーン/沢田研二♪サムライ♪-「最高のエンターティナー」故の名シーン|
 └─――――――――――――――――――――――――――――――――――――――┘ 
 1980(昭和55)年 1月 7日(月)放送 ♪TOKIO♪でのスタジオ全体が隠れてしまうほどの巨大アドバルーンを装着しての歌唱
 1978(昭和53)年 9月 4日(月)放送 ♪LOVE(抱きしめたい)♪の雨に打たれながらの熱唱
‡1986(昭和61)年 6月11日(水)放送 ♪ヴィラーレ♪でのモデル・山口小夜子さんとの扇越しの「接吻」シーン
 1978(昭和53)年 1月30日(月)放送 ♪サムライ♪の一場面は一度見れば、完全に脳裏に焼きついてしまう、
                 それぐらいに衝撃的な場面だったといえると思います 
  ※この㊦↓の㊦↓に詳細コピーがあります④(>▽<)
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 http://blog.goo.ne.jp/resistance-k/e/610047be51784c6b2adf49f3f82e70f5
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 夜ヒット名シーン/沢田研二「サムライ」-「最高のエンターティナー」故の名シーン
 2007-01-06 | 夜のヒットスタジオ/名シーン遅れましたが、新年明けましておめでとうございます。
 なかなか更新ができない状態でございますが、何卒今年もご贔屓いただきますよう宜しくお願い致します。
 久々の夜ヒット名シーンシリーズ、今回は恐らく夜ヒット22年の歴史の中でも1,2を争う名場面ともいえる沢田研二さんの「サムライ」畳バージョンのシーンについて取り上げます。
 この場面は1978年1月30日放送、この回のラストでの一コマです。この場面は終盤の夜ヒットにおいてよく編成されていた総集編でも必ず定番中の定番として紹介されていたシーンなので、リアルタイムで観たことがない人でも多分御存知の方は多いかもしれません。
 沢田研二さんは、夜ヒットに初期から最終盤まで定期的に出演を続け、印象深いシーンを数々提供してきた、夜ヒットを語る上で欠かせないアーティストの一人です。「TOKIO」でのスタジオ全体が隠れてしまうほどの巨大アドバルーンを装着しての歌唱(1980年1月7日放送)であるとか、「LOVE(抱きしめたい)」の雨に打たれながらの熱唱(1978年9月4日放送)、「ヴィラーレ」でのモデル・山口小夜子さんとの扇越しの「接吻」シーン(1986年6月11日放送)などかなり印象深い場面も多いですが、その中でもこの「サムライ」の一場面は一度見れば、完全に脳裏に焼きついてしまう、それぐらいに衝撃的な場面だったといえると思います。
 以前から申し上げている通り、夜ヒットの魅力はなんといっても「歌手の素顔を引き出す」という部分。もちろん司会者とのカジュアルなトークの中でその「素顔」が引き出されることも多いわけですが、とりわけ、「総合歌謡番組」へと番組カラーを転換して以降は、それまではどちらかといえば軽視されていた歌の中での演出にも趣向が凝らされ、さっきまでは何もスタジオの中には置かれていなかったのに一瞬にしてススキ野に早変わりしたり、カメラワークをより固定化せずに歌手の顔をギリギリまでアップしたりするなどして、より一層臨場感ある形にしたり、とスピード感がある演出がなされるようになり、歌の中でも「歌手の素顔を引き出す」ことが重視されるようになりました。
 この「サムライ」の一場面は夜ヒットの演出面での転換期を象徴する場面であったと思います。一度、フルサイズの映像を見たところでは、2番サビまでは、沢田さんの上半身までしかあえて映さず、2番目サビに入るところで、いきなりカメラレンズを引き、畳がスタジオ一面に引きつめられている様子や、沢田さんの全体像がようやく映し出されるという、これもまたスピード感がある演出だったように記憶しています。
 ほんの数十秒間の間に畳何十畳分をスタジオ一面に敷き、後ろでチラチラと紙吹雪が舞う中、短刀を光らせながら、上半身裸に近い(厳密にはラメ付の透明なシャツを着用していました)格好で熱唱。まさに「歌は三分間のドラマ」という古くからの格言をそのまま形にしたようなステージング。その中には、エンターティナー・沢田研二の「男臭さ」が凝縮されていました。
 思えば、沢田さんほどそれぞれの歌において違う自分をうまく演じ分けたアーティストもなかなかいないように思います。「時の過ぎ行くままに」などはどちらかといえば「若者らしいニヒルさ」が色濃かったと思いますが、「勝手にしやがれ」などは「コミカルながらおしゃれな雰囲気」が漂っていますし、「6番目のユウウツ」あたりなどは「狂気」というイメージがあります。「背中から45分」などは「スマートな大人の男」の雰囲気がありました。今回の話題の中心となる「サムライ」はまさに「日本男児」といった感じでしょうか。それぐらいに彼の歌の世界は、視覚的にも聴覚的にも際限のない広がりがあります。
 日本の芸能界にも芸能史に名を残すエンターティナーは数多くいます。それこそ、夜ヒット司会者の一人である井上順さんもそうでしょうし、司会・歌手・俳優、なんでも器用にこなしてしまう堺正章さんなどもこの類に入る存在だと思います。
ただ、「歌」を聞くだけ、歌うだけという次元だけでなく、「魅せる」ものとして理解し、それを自ら楽しんでいた沢田研二さんには明らかに他の「エンターティナー」とは違う何かがあったように思います。「歌手」としての軸足はぶれることなく、その上で、歌の中の主人公像を自らの解釈によって「演ずる」。「歌というものが持っている限りない可能性」、この部分を深く探求してきた沢田研二さんは「歌手」という部分に焦点に当てる限りにおいて「最高のエンターティナー」と呼ぶにふさわしい存在、換言すれば「歌を見事にエンターテイメント化できる存在」は沢田さんを置いて他になし、ともいえる存在ではないかと感じます。
まさにこのこの夜ヒットでの「サムライ」の一場面は「沢田研二だからこそ実現できた世界」そのものであったのではないでしょうか。
 近年、沢田さんはテレビ出演を抑え、映画や舞台・コンサート活動を精力的にこなしていらっしゃいますが、今一度、テレビの世界で、50代を過ぎても尚盛んな、パワフルな「ジュリーの世界」を是非見せてほしいものです。

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