「神の愛の宣教者でなくなったら、あなたは何をしますか?」
わたしは答えました。
「わたしは、トイレと水道管の一流の掃除屋さんです。
わたしたちが何をするかではなく、
その行いの中にどれだけ愛を注ぐかが大切なのです。
もし、わたしがキリストのもので、
彼がその時わたしにお望みのことなら、
トイレを洗おうと、
ハンセン病の人たちのお世話をしようと、
アメリカの大統領と話そうと、同じことです。
わたしは神がわたしに望んでおられるように存在するのですから、
神が、望んでおられるように行います。
わたしはただ、神のものです。」
(マザー・テレサ)
10月13日
愛するチャラが天に還った日。
洗礼ネコとして初めてのお仕事をした日から、
チャラの存在は、
天の働き人と同じになりました。
時として、
神様は人が想像もできないことをなさいます。
神様がいるなら、早く戦争をやめさせてよ、コロナを収束させてよ。
そういう人たちがいます。
神様が介入されたらすべてが即、終わるでしょう。
けれど、主の祈りを祈る時、
わたしたちが考え、悔い改めて、この方の愛に帰る時でもあることを知らされます。
2004年の今日、
泣いて泣いて・・・涙が枯れるほど泣いたあの日。
その先には入れない領域がありました。
チャラを通して救われた魂は数え切れないほどに、
天の星のように多く、
地上の働きに遣わされています。
人の計画ではありません。
それぞれに、神様は計画を持って遣われます。
わたしも娘もその一部を猫たちを通して見せられ、
共に働いてきました。
すべての命を愛し、いつくしまれる神のまなざし、
限りない愛を心から感謝しています。
主よ、あなたはすべてを見ておられ、
すべてを支配されている神。
愛の愛であるあなたに委ね
今日一日を感謝で歩みます。
インマヌエルの主にすべての栄光がありますように。
Amen.
主は言われる、
「わが手はすべてこれらの物を造った。
これらの物はことごとくわたしのものである。
しかし、わたしが顧みる人はこれである。
すなわち、へりくだって心悔い、
わが言葉に恐れおののく者である。
(イザヤ66:2)
10月13日の花言葉
アカンサス
巧妙・美術・離れない結びめ
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