4月13日の花言葉
ゼラニウム
快心・決意・堅実・真の友情
神の優しさの、生きている表現でありなさい。
あなたのまなざしに神の優しさが、
あなたの表情に神の優しさが、
あなたのほほえみに神の優しさが、
あなたの暖かいあいさつに、
神の優しさが表れますように。
わたしたちは皆、ほんの少しお役に立ち、
そして、過ぎていく神の道具なのです。
思いやりの行為の表れ方は、
その行為そのものと同じように大切なことだと、
わたしは信じています。
(マザー・テレサ)
ユダヤ人モルデカイはアハシュエロス王に次ぐ者となり、
ユダヤ人の中にあって大いなる者となり、
その多くの兄弟に喜ばれた。
彼はその民の幸福を求め、
すべての国民に平和を述べたからである。
(エステル10:3)
エステル記には、
神さまのことは書かれていませんが、
ユダヤ人の歴史に欠かせない記事が書かれています。
この記事も聖霊によって書かれたものです。
わたしたちの生活に関わっていることが
いくつも書かれていることに気づくと、
聖書の楽しみ、
神さまからのメッセージが嬉しい喜びの日々に変えられます。
「誰もキリストの事を教えてくれなかった・・・」
ヒトラーの悲劇を大川牧師がそうおっしゃっていた礼拝があります。
ヒトラーは生まれて2日目にカトリックで幼児洗礼を受けていた
と歴史にあります。
子どもの頃、何度か教会にも通っていた人だそうです。
関わる人々の間で成長していく時、
何が彼を試みに合わせたのか・・・
何もかも思い通りに行かない人生に何度も直面し、
あの恐ろしい虐殺への思いに変えられて行ったのです。
孤独だったヒトラーは自殺への道を選びました。
多くの人々がヒトラーを神さまの上においてしまい、
従ってしまった。
元大統領だったワイツゼッカー(Richard Karl Freiherr von Weizsäcker )
は忘れてはいけない過去について
就任演説の中で語りました。
過去に目を閉ざすものは現在にも盲目である。
知らなければ偶像を神としてしまう。
ものであれ、人であれ、
人間は皆弱い存在です。
ユダヤ人たちがモーセの十戒を大切にして生きていることに、
神の祝福は限りなく与えられていると思います。
イエスさまを救い主として認めないところにあるもの、
それがなにかは、
メシアニック・ジューの方々の祈りと一つになっている
世界の祈りだと思います。
誰も滅びることがないように、
主はすべての人の罪の贖いのために十字架で血を流し、
体を傷つけられ、
惨めな姿になって死なれたのです。
すべての人が生きるためでした。
自分をつくった方、
自分を生かしておられる方を知ることは
救いであり、
平和への道です。
悪しきものの道に歩まず、
罪人の道に立たず、
嘲るものの道を歩まないために。
為政者たちのために祈り続けましょう。
偶像崇拝の日本の救いのために
また、世界にも広がっている偶像崇拝の人々の救いのために祈ります。
キリエ・エレイソン
Amen.