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HappyChristmas

父の涙

心にせまる 父の悲しみ
愛するひとり子を 
十字架につけた
人の罪は 
燃える火のよう
愛を知らずに 
今日も過ぎてゆく

十字架から 
あふれ流れる泉
それは父の涙

十字架から 
あふれ流れる泉
それはイエスの愛

父が静かに 
見つめていたのは
愛するひとり子の 
傷ついた姿
人の罪を 
その身に背負い
父よ彼らを 
ゆるしてほしいと

十字架から 
あふれ流れる泉
それは父の涙

十字架から 
あふれ流れる泉
それはイエスの愛


岩渕まことさんの曲です。

https://youtu.be/UaBdmAZvEUU

この曲に出会った時、
放蕩息子のシーンを思いました。
そして、
それ以上に、
十字架にわが子を架けてまで
一人も漏れることのない愛を現された
父の痛み、ゆるし、愛が迫ってきました。

これほど大きな愛は他にありません。

わたしの父は天国にいます。
1997年1月に仏教徒からクリスチャンに変えられました。
神さまの一方的な救いでした。

父は窓の外に積もった雪を見て泣いていました。
聖書を読んだこともない父が
イザヤ書のことばを言いました。
”たといあなたの罪は緋のようであっても、
雪のように白くなる
(イザヤ1:18)”

父は毎朝、外に出て、
祖父が太陽に向かって祈っていたのと同じように、
わたしがあげたカードで
「主の祈り」を祈っていました。

父は洗礼を受けた年の6月、
父の日の贈り物をしたお礼の電話口で、
肺がん末期宣告を受けたことを話してくれました。

「お前には祈って欲しいから」と言ってくれました。
兄と妹には話さないでほしいという父の言葉でしたが、
わたしはすぐに京都にいる妹に連絡をして、
父のいやしを同じ神さまに祈ってほしい
と願いました。

妹家族4人はその次の日曜日に芦屋に来てくれました。
礼拝後、義弟が最初に洗礼を受けてくれました。
妹も姪二人も喜びのなかで洗礼を受けました。

最初に祈った祈りは特に聞かれるから、
一緒に父さんのことを祈ろうね!
5人で心を一つにして神さまに父のいやしを祈りました。

父は、がん専門の病院に入院していました。
手術のために病室から出て行った人が一人も帰ってこない中で、
ただ一人生還して帰ってきたという電話の報告を受けたのはその直後でした。

その年のクリスマスに、
わたしは両親から
「お前を産んでてよかった。ありがとう」
と言われました。
両親からの最高のクリスマスの贈り物をもらえて、
わたしは神さまに感謝しながら泣きました。

父は、
「どんなに仏教を伝えても、誰一人信者にならなかったのに、
キリストはすべての人を救われた。」
多くの身内や友人たちが次々にイエス・キリストを救い主として受け入れて、
救われていくのを見て、こんなことを言ったことがありました。

それは、
すべての人を造られた神さまだから。
本当はあたりまえのことでした。

何かをしないと救わない神、
大金を積まなければ願い事を聞いてくれない神、
人を勧誘すればそなたの地位を上げてあげよう・・・
先祖供養をしなければそなたの罪はゆるされない。
そなたは先祖の業を背負っているのだ・・・供養しなさい・・・
などという神ではないことを、
父は少しずつ知っていきました。

父が天に還る日が近づいたある日、
わたしは熊本の田舎の隣町にある、我が家のいきつけの病院にいました。

病院の窓から、鉄塔が立っている山が見える病室でした。
あの下に我が家があります。
父が多分、
わたしたち3人の子どものために
命と引換えに売った土地の上に建っていた九電の鉄塔。
毎日眺めているんだね・・・
家に帰りたいだろうな・・・
と思いました。

わたしは父に、
「お父さんはキリストさまだったんだね」
と、言いました。
自分でも不思議な言葉だなあと思いました。

父は微笑んでいました。
そして静かに目を閉じて、
わたしに、
これまでの人生を、
わたしが知らなかったことを懺悔しました。
とても平安に包まれた顔でした。
そして、
「しあわせだ、しあわせだ」
と嬉しそうに何度も言いました。

父はその直後、4/23に再び熊本に帰った2日目の朝、
わたしと妹が見守るなかで静かに天に還りました。
安らかな眠りでした。

肺がん末期宣告から17年間。
最期はがんではなく、肺炎でした。

父の手を一晩中持っていたわたしは、
神さまに父の霊を御返しする感謝の祈りをお捧げしました。

不思議でした。

祈った瞬間から、父の声が聞こえてきました。
そら耳?かと思いましたが、肉体と霊が切り離されたことを知りました。

父との会話は、わたしにとって、地上での別れの悲しみ以上に、
永遠の命が与えられている天の世界での希望を教えてくれました。

父はいつも礼拝に来てくれました。
芦屋の教会にも、大阪の集会にも。

今は、母と一緒に、また天に還った人たちも
みんな一緒に礼拝に来ています。

教会は天と地をつなぐ唯一の場所なのだと思います。
(聖書にも書かれています。)

亡くなった人たちの世界は、
神さまの領域ですので、わたしたちが入れる世界ではありません。
入ってはいけない領域です。
ただただ、感謝で受け止めて一緒に礼拝をしています。

永遠のいのちを与えて下さった天の父なる神さまに、
わたしに愛する父を与え、
その娘として生まれさせてくださった神さまに
心から感謝をお捧げします。

父の日の起源は以下で。
https://www.christiantoday.co.jp/articles/28168/20200619/father-s-day-2020.htm

”あなたの父と母を敬いなさい。
これは、あなたの神、主が賜わる地で、
あなたが長く生きるためである。
(出エジプト20:12)”

NameJesus,Amen.

6/21の花言葉
ツキミソウ
自由な心

父の日の黄色いバラ 
愛する父へ




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