台湾治郎

自分の生涯・現在の生活

876 ブログ876 どんな人間にも良いところがある 3

2013-12-15 00:34:14 | 台湾
 普段、二人の生徒がどんな言動を取っているか、
先生「記録してください。」まず、給食中、休み時間、授業中、掃除中。

それが出来たら、私に見せてください。

やはり。彼らは、無意識に、自分がかつて、普通学級の生徒に言われた言動を繰り返しています。
 つまり、「いじめ」は、繰り返すのです。輪廻。
過去にいじめられた経験を持つ生徒は、その痛みゆえ、どこかで、他子に、自分の受けた経験を他人にするものなのです。

 「せんせい。これをどのようにこの生徒達にわからせますか?」
この一週間の記録を再現してはどうですか。
しかも。一人だけにして。二人いると心強く良くなりますから。

 生徒と教師で。演じるのです。生徒には、それぞれAさんに成って貰います。
私たちがそれぞれの生徒を演じるのです。

 そして、Aがどんな思いで、君たちの声を聞いているか、考えて貰うのです。

そして、実験の開始。ひとりの生徒は、Aさんがどんなにつらいかわかったようです。

所がもう一人は、理解出来ないようでした。どうして?

どうして、この子の知的レベルが・・。そう言う問題もありますが、この子は、きっと、
いじめに耐えて耐えて、普通学級で生活してきました。だから、Aさんにも耐えろと言いたいのでしょう。そこで、わたしは、今度は、その生徒に意地悪を毎日、言うことにしました。
Aさんが言われた痛みをわからせるために・・・・。
 そして、再び。放課後その生徒を担任の先生と共に呼び出しました。
そして、最初に謝りました。少し意地悪な言動を取ったことを・・・。
 そして、本論へ。お前は、毎日、おれから馬鹿にされる言動取られてどういう気持ちしましたか。「とても嫌でした。」「ごめんなさい。許してください。」私の真意は、あなたたちが
Aさんにどんな言動を取っているかわからせるため・・・。
 このやり方は、失敗でした。その生徒は、私の気持ちがわからないようでした。
その後もこの生徒は、変われませんでした。私たちのした真意は、この生徒には、理解出来ないようでした。
 また、参戦練り直しだ。
どんな「人間にも良いところがある。」必ずしも、善意が善意として、理解されるとは、かぎらない。



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