
1995年1月17日午前5:46分。阪神地方に大きな地震が起こりました。13年前の事です。今日13回目にの震災の慰霊の日を迎えた神戸。凍りつくような寒さ、雪がチラつく中で行われました。いまだに記憶に深く残る神戸の町の状況。まるで怪獣映画のように破壊された街。ひっくり返った阪神高速。目に焼きついています。ここ生駒市でも大きな揺れを感じました。幸いにも被害はありませんでしたが、経験した事のないような揺れでありました。神戸に住む親類にすぐに電話をしても通じない、不安な状況が数日続きテレビの報道は日増しに増える被害を映していました。6000人以上の死者を出したこの震災。生駒の火葬場にまで一杯になるほどでした。これだけ多くの方が亡くなる事があるでしょうか?予想もしていない阪神地区での大地震。自然の前に人間の力の無さを感じました。震災後、交通機関が麻痺したりライフラインが確保出来ない。救援物資は全国から寄せられました。そこには、本来のコミニティ。人と人のつながりや助け合いが生きました。薄れて行く阪神大震災の記憶。
南海地震がかなり高い確率で起こるとされている中。私たちは多くの事を阪神大震災から学びました。それを生かして欲しい。
我が町の生駒。危機管理はどうなっているのか?ずっと疑問であります。災害時に奈良市に住んでいる市長がどう指揮を取れるのか?いまだに副議長も決まらない。議会は市長が出した副議長を否決したまま。いつ起こるか分からない震災。第二工区や病院問題も大切ではあるが、今一度、危機管理について考えるべきではないだろうか?