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往馬大社火祭りの由来

往馬大社の火祭り宣伝です!10月7日(土)8日(日)に行われます。往馬大社の総代をさせて頂いてますので宣伝\(^o^)/秋の生駒地方に脈々と続いている火祭りが行われます!火祭りの由来を書いてみました!
長~いけど読んでね(笑)
往馬大社(生駒神社)の火祭りについて!!詳しく書いてみようと思います。
毎年、スポーツの日の前日、今年は10月7日8日に行なわれます。往馬大社の火祭り。奈良県の無形文化財に指定されています。年々、多くの人で賑わいを見せています。往馬大社は生駒市の壱分にあります。生駒山の麓にうっそうとした杜があり、そこに鎮座する往馬大社。正式には往馬坐伊古麻都比古神社と言います。往馬大社の鳥居をくぐると、まずは座が目に入る。正面には高座(御旅所)と呼ばれる高い場所にある座に迫力を感じます。これらの座は火祭りに使用されます。往馬大社の歴史は古く生駒谷十七郷の氏神として信仰を集め、奈良時代の正倉院の文書に往馬大社が登場しているとの事です。大変に歴史のある神社であります。数年前には創建1550年を記念して本殿七棟の建替え工事が行われました。以前に行われた平城遷都1300年よりも古い事になるのでしょうか?往馬大社の火祭りは秋に行われる秋祭り。神前から火を取り出して運び競う勇壮な神事です。通称は火祭りと呼ばれて生駒市民に親しまれている。呼び名は時代ごとに形を少し変えてきて変ってきているようです。調べてみてびっくり(笑)知らないことが一杯です。呼び名一つでも!例えば、宮座が主体であった為に「座祭り」と呼ばれていたり、魚市が立って盛んにナマブシが料理され「フシ祭り」だったり、全てが競争なので「勝負祭り」であったり、その昔は喧嘩が絶えなかったから「喧嘩祭り」と呼ばれたり、いろんな形を見せる祭りに人々の呼び名も変化を見せたようです。
火祭りは、生駒谷を上下に分けて行なわれます。現在は北と南と呼び名を変えていますが、それぞれ4名の「ベンズリ」(弁随)と言う役を出して権限を持ち、かつては神職よりも強い権限を持って祭りを取り仕切っていたとか?その他に燃え盛る麻殻の松明を担いで石段を駆け下りる火取りの役は、火祭りの花形であり、介添え役(脇火)と2人が北南で競う神事。
本宮は、だいたい三時ぐらいから神輿のお渡りが行なわれ、青竹を手に裃姿の警固役を先頭して、楽人、神旗、提灯、猿田彦、稚児、鉾、獅子、大幣、火松明、火取り、弁随、神輿の順に境内の鳥居から入り、その真ん中には高い大きな大幣が8本並ぶ。神輿はベンズリに先導されて勢いよく担ぎ込まれて高座の中へと納められる。そして、今度はお供え上げと呼ばれる、上下のお供所から色んな神饌(しんせん)が手送りで運ばれて、速さを競う。そして、並んでいる大幣を宮司が順に振る。神職が3本目の御幣に触れたとたんに、大太鼓が勇壮に打たれて、これを合図に大松明を広場に運び、地面に立て、その上に若者がよじ上りゴゴウシ(御串)を突き立てる。早く4本を立てた方が勝ちとなります。
この後には巫女さんの神楽があります。
そいて、弁隋(ベンズリ)の舞が行なわれる。その仕草から別名「えびすくいの舞」とも言われる。弁隋の悠々とした舞とユーモアあふれる仕草で一際、賑わいを見せます。
そしていよいよ火取り行事へと向かいます。
ベンズリ舞が終わると、この祭り最大の呼び物である火取りが始まります。まさにクライマックス。先程のコゴウシが再び運ばれます。高座の奥で炎が見え始めてます。火出役は二つの松明に十分に火を移して「よしか、よしか」と声を掛ける。火取りは3度目の掛け声を合図に松明を手渡されて、松明を肩に担いで全力で石段を駆け下りる。早く石段を駆け下りた方が勝ちとなる。筆頭ベンズリが勝った方に弓を倒して判定する。一瞬の出来事で火祭りが終わる。
生駒に古くから脈々と続く往馬大社の火祭りです。























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