ポップ・シンガーとしての萌芽も捉えた、天野なつの原点作。
アルバム・タイトルの由来は1976年の米映画『ロッキーを越えて』なのか、ザ・バンドの曲名なのか、はたまた他の意味があるのかは分からないが、『Across The Great Divide』とは大きく出たものだ。“Great Divide”には北米大陸分水界(=ロッキー山脈)のほか、大きな分岐点、越えられない溝、そして生死の境というような意味も持つが、確かにアイドルを卒業してソロ活動へと移行した経緯やその後の活動は、決して順風満帆とはいえないのだろう。そのなかでようやく掴み取った初のソロ・フル・アルバムとすれば、これからのソロ活動においても大きな分岐点となる一作になるのは間違いない。
九州のローカル・アイドル・グループ、LinQ(リンク)のオープニングメンバー&2代目リーダーとして活躍後、2018年の卒業をもってソロ活動へ移行したポップ・シンガーの天野なつの初アルバムは、トレードマークの明るい笑顔の裏にソロ歌手としての気概を秘めた、“名刺代わりの”という言葉ではもはや軽い気すら感じる渾身作といえる。
大きな力を寄与しているのは、音楽ユニット“instant cytron”(インスタント シトロン)を経て、福岡のレコード店「PARKS」やラジオパーソナリティなど多岐にわたって活動し、クリエイティヴクルー“NEW TOWN REVUE”などでも制作活動を展開する松尾宗能。そこへ、同じくinstant cytronに参加した長瀬五郎、シンガー・ソングライター/DJの関美彦、福岡のポップ・ユニット“CANVAS”(カンバス)の小川タカシら、オール福岡ならぬ“ほぼほぼ福岡”のチームでサウンド面を担当。リリックは、松尾、長瀬とともにNEW TOWN REVUEに属するスセンジーナが4曲、天野自身が5曲の詞を手掛けている。
タイトルの印象とは対照的なキラキラしたシャッフル感が弾ける、ピチカート・ファイヴ・マナーのモダンなポップ・ロック「midnight」から、冒頭のザ・スリー・ディグリーズ「天使のささやき」のファルセット・コーラス風フレーズが耳に残るスウィート・ポップ「恋してbaby!」、天野自身が大好物というカレーライスについてを、屈託のない陽気さとともに60年代ロック調で描いた「カレーライス」とポジティヴなテンションで序盤は展開。
ホーンのアクセントに一日が動き出す朝の喧騒間近の雰囲気も漂う、サイケデリックな60年代UKロック調「うたかたの日々」からはやや景色も変わり、天野の心の内を代弁したかのような“諦めないことはわたしが今ここにいる奇跡”というフレーズとともに切なくも前を向く、ニューミュージック的な甘酸っぱいメロディラインで綴る「Positive life」でセンチメンタルな薫りも醸し出す。温かい音色による鍵盤やギターとリズミカルなビートがハッピーなテイストを生み出す(個人的には“2度目のタンポポ”の箇所でワム!「フリーダム」を思い出してしまう)「気まぐれなcall」、夏の終わりのロスト・ラヴストーリーをノスタルジーが満ちる“マーヴィン・ゲイ歌謡”で歌った佳曲「Secret703」と既に評価を得ている楽曲で固めた中盤は、天野なつの成長と可能性を感じさせる豊かな表現力が顕在化したパートといえそうだ。
アメリカンポップスでいうオールディーズ路線の「ロコ・モーション」風の朗らかなヴァイブスを帯びたデビュー曲「Open My Eyes」を経て、自分自身の状況と重ね合わせたような文字通り“新たな出発”へ向けての心情を吐露したミディアム・バラード「Restart」と、天野なつのルーツや原点となる楽曲でエンディングを迎える構成からは、初フル・アルバムへの意欲とメッセージ性が伝わってくる。
だが、それ以上に本作『Across The Great Divide』の鍵となっているのは、この2曲へ橋渡しする「true love」ではないか。(これも一瞬KATSUMI「危険な女神」を想起させる)胸の高鳴りが響くようなフックのリフレインが印象的なアッパー・ラテン歌謡マナーという、これまでの天野のイメージにはなかった楽曲を汲み込んでくることで、天野の表現力を引き上げつつ、その可動域を拡げるという効果を発揮。この手のラテン歌謡ポップスは一つ間違えると非常にダサい(昭和的なダサさを狙ってのアレンジは別として、結果的にそう聴こえてしまうのが一番ダサい)楽曲へと成り下がってしまうこともそれなりに見受けられたりするが、天野と同様LinQ出身の深瀬智聖と一ノ瀬みくによるダンス&ヴォーカル・ユニット“CHiSEMiKU”のコーラスや天野のバンド・サウンドを支えるSpencerのアレンジの助けを借りながら、90年代前後の派手やかな装飾とともに“ベタ”な濃さと“キャッチー”なポップネスを絶妙に行き来するサウンドに料理。情熱的なギターに煽られながら、ほのかに色香を匂わせるセクシーなハイトーンやファルセットは、天野の新たな魅力として捉えた人も少なくないはずだ。ヴォーカルのみで終わるアウトロも痛快。
全てが天真爛漫とまでは言わないが、チアフルでハッピーなヴァイブスが乱れない歌唱は天野なつの真骨頂の一つ。ただ、それだけでにとどまらない、豊かな表現力を帯びつつある声色や歌唱も確かに芽吹いている。ジョイフルな曲調で明るさを徹底したかと思えば、メランコリックな曲調では清爽な色香も垣間見せたりするなど、さまざまな作風の楽曲への対応力も窺える。
そして、何よりも、ポップス然としたオーセンティックなスタイルが心地よい。ジャンルという概念を超えたサウンドで勝負するスタイルや、凝ったサウンドやアプローチで演出することが珍しくなくなっているなかで、幅広い層への訴求力を最も有している、いわば王道のキャッチーなポップス路線で勝負する姿に好感が持てる。熱しやすく冷めやすい、すぐに飽和となって呑み込まれる音楽シーンとなった今では、なかなか成功が難しい時代ではあるが、だからこそシンプルなポップマナーで歌い続けてもらいたい歌手の一人だ。
福岡を中心としたポップマスターたちによって描かれた良質な楽曲群は、懐古と今が程よく混ぜ合わさったレトロ・モダンな雰囲気も美味。それらの楽曲に真摯に向き合いながら、シンガーとしての伸びしろを発露させた、天野なつの原点作といえそうだ。
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■ 天野なつ / Across The Great Divide(2020/6/17)
IQP-302(通常盤) IQP-303(初回限定盤)
01 midnight
02 恋してbaby!
03 カレーライス
04 うたかたの日々
05 Positive life
06 気まぐれなcall
07 Secret703
08 true love
09 Open My Eyes
10 Restart
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