俊英バンドと奏でる、歌への渇望が生んだ卓越の100分。
「本当に音楽の力を凄い信じている」「私が本当に伝えたいことって、ライヴで一番伝わるんじゃないかと思っている」……序盤の「Boundaries」を歌い終えた後に語られた言葉には、ファンを前にして歌えることの喜びと感謝に満ち溢れていた。福岡、札幌を経てのNao Yoshiokaのツアー〈Nao Yoshioka Japan Tour 2021 -Rising After the Fall-〉東京公演は、感激を胸に抱きながら、音のシャワーを浴び、自らの感情を存分に発露したステージとなった。
〈Rising After the Fall〉と冠したツアータイトルは、“失敗しても何度でもリスタートして太陽が昇るようにもう一度昇っていく”というメッセージを込めたという。アメリカに拠点を移し、さあこれからという時の新型コロナウイルスのパンデミックに遭い、目の前に描かれようとしていた“未来”がなし崩しにされていく。傷心しての帰国だったが、その帰国が縁でバンド・メンバーと出会うきっかけが生まれるから不思議だ。失敗はめちゃくちゃ痛いし、絶望も過ぎった。諦めかけたけれど、もう一度伝えたい音楽を伝えたいという思いで自分を信じて奮起して、このツアーを企画したという。“Rising After the Fall”を古典的な日本語に置き換えれば、“七転び八起き”といったところか。転んでもただでは起きない……一見欲深そうな言葉にも思えるが、その貪欲さこそが彼女のエネルギー。Nao Yoshiokaの歌や音楽に触れたいというファンがライヴに足を運び、その前で歌うことが出来る。その喜びと感謝を実感しながら歌い始めたデビュー曲「Make the Change」は、これまで辿ってきた悲喜こもごもとNao Yoshiokaというシンガーがあるべき姿を自問自答しながら思いの丈を発した、そんな風にも感じられた。
彼女の言葉に感化されたフロアから沸き起こる拍手のなか、「まだまだ行きますよー」と発声してほんのりゴスペル・テイストも見え隠れするジョイフルなミディアム「Loyalty」へと移ったのだが、そこでふと彼女を最初に観た時のことがフラッシュバックした。
おそらく最初に彼女を目にしたのは、2013年の今は無き代官山LOOP。当時も小柄でショートヘア、愛嬌あるルックスで、一たび歌い出せば、身を削るようなソウル・ミュージックがフロアに降り注いでいた。もちろん感嘆と驚きが一瞬にして身体を巡ったのだが、その一方で、当時を振り返ってみると、やや強情な感覚を抱いたのも正直なところ。決して嫌味には感じなかったが、どこか迷いや不安を打ち消すために自らを鼓舞し過ぎるというか、意地でも良いパフォーマンスをするというような気負いが出ていたゆえ、そう感じたのかもしれない。
だが、この日はどうだろう。イントロダクションを経て、「Got Me」のイントロで、ワンショルダーのセパレートのトップスとパンツという白の上下でまとめた衣装に身を包んでステージインした彼女は、以前と変わらず小柄であるはずなのに、歌い出すと存在感の大きさにハッとしてしまった。その感覚に浸る間もなく「スタンドアップ!」と煽られてから突入した「Borderless」は、跳ねるようなドラミングと派手やかな宮川純の鍵盤のコードワークでギアが一段上がり、Nao Yoshiokaがフェイクやハイトーンを繰り出しながらも最後はカットアウトで締めるような、ファンキーなアウトロにまとめた秀抜なアレンジに。大袈裟に言えば、この冒頭の2曲でこの日のライヴの成功を確信したといっても言い過ぎではない、そんな気さえしたパフォーマンスだった。
圧巻なシーンは中盤にも訪れる。悲哀と決意が絡み合ったようなドラマティックな展開のなか、葛藤を吐き出し、希望の光を渇望する剥き出しの欲を歌い上げた「Rise」や、井上銘の煌めく水面と涼風を描いたようなギターソロから、観客のクラップの波に寄り添いながらマイクレスで“生の声”を届けるというサプライズでもてなした「Freedom & Sound」、熱量の投下がさらに高まっての「Nobody」「The Truth」を経て、迎えたのが「Love Is The Answer」だ。ザック・クロクサルのベースと菅野知明のドラムのセッションで、一度クールなグルーヴに落とし込んだと思いきや、井上の小粋なギターリフや宮川のエレピが加わってファンクネスで満たされた「Love Is The Answer」では、グルーヴという名の波間を自由に泳ぐがごとく、時に叫び、首を大きく振って踊り倒す。ジャムセッションのような形で奏でる音に身を委ねながら純粋に音楽を愉しむメンバーたちの姿に、フロアも喝采を重ねていく。その間10分強。宮川のエレピをメインに、チャカポコしたギターとブリブリと鳴らすファットなベース、ハイハットを畳み掛けるドラムが絡み合いながら、Nao Yoshiokaの活力みなぎるスキャットが飛び出すアウトロへと連なるセッションは、フランク・マッコムがライヴでの「キューピッズ・アロウ」で良くやる、ヴォーカルパートをそこそこに平気で15~20分強のバンド・セッションを展開する演奏を思い出した。それが体感だと決して長くは感じないのだから、いかにのめり込んで音を浴びていたかということ。「このツアーで(曲の尺が)最長ね。でも、それは最高ってこと」とバンドメンバーに言えば、「みんなこれが聴きたかったんでしょ」「音楽っていいよね」と矢継ぎ早に繰り出されるNao Yoshiokaの言葉に頷くオーディエンスという構図が、何よりもこのパフォーマンスの充実ぶりを示した証左といえるのではないだろうか。
「Up and Away」や「I Love When」ではアダルトなムードでしなやかな艶を描出。その色香と琴線に触れるメロディに息を呑むフロア。そして、エンディングが迫ることを告げるも「あと1曲になってしまいました……っていうけど、私はどうしてもやりたい曲があるから、2曲やるんだけど」とスタッフに目くばせしながら、ファンキーなソウル・ダンサー「All in Me」へ。歌い終わるやいなや、スタッフに“もう終わらなきゃダメ?”というジェスチャーでお伺いを立て、「いける? いけるそうです!」の言葉から新曲でエンディングへ。しっとりとしたアウトロと興奮の拍手がない交ぜになるなかで、メンバーは破顔と愉悦に満ち溢れながらのステージアウト。アンコールはなかったが、それが判るまで、フロアには再登場を求めるオーディエンスの拍手がいつまでも鳴り響いていた。
バンド・メンバーの演奏とともに圧巻という文字に偽りなしのステージだったが、惜しむらくは同期ではなく実際にバックヴォーカル/コーラスがいれば、より奥行きのあるステージになったのではないか、ということ。前回観賞したブルーノート公演では、今回のバンド・メンバーにストリングスが加わった編成で奥行きと絢爛を加えていたことを考えると、個人的にはコーラスは欲しかった。とはいえ、これは“重箱の隅”をつつけば……ということになろうか。
自らの歌手としての半生を掲げたようなタイトルを冠したツアー〈Rising After the Fall〉は、次の11月16日の大阪公演でファイナルを迎える。Nao Yoshiokaの地元ゆえ、より力が入ることだろう。そのステージを観ることは出来ないが、おそらく今ツアーの集大成として、衒いなくシンガーとしての矜持と歌えることの喜びを炸裂させるステージになるはずだ。一度沈みかけ、雲隠れした太陽は、“ソウル”という音と魂を武器に携えて、何度も上昇を繰り返す。そんなNao Yoshiokaの強い決意を、東京公演同様に体感出来るのではないだろうか。
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<SET LIST>
00 INTRODUCTION~BAND SESSION
01 Got Me (*U)
02 Borderless (*T)
03 Boundaries (*U)
04 Stars (*P)
05 Celebrate (*U)
06 Rise (*R Bonus Track)
07 Guitar Solo~Freedom & Sound (*T)
08 Nobody (*R)
09 The Truth (*T)
10 Drum & Bass Session~Love Is The Answer (*R)
11 Make the Change (*L)
12 Loyalty (*U)
13 Up and Away (*U)
14 I Love When (*T)
15 All in Me (*U)
16 Tokyo 2020(New Song)
(*P): song from EP “Philly Soul Sessions”
(*U): song from album“UNDENIABLE”
(*T): song from album“THE TRUTH”
(*R): song from album“RISING”
(*L): song from album“THE LIGHT”
<MEMBER>
Nao Yoshioka / ナオ・ヨシオカ(vo)
Jun Miyakawa / 宮川純(key / Music Director)
May Inoue / 井上銘(g)
Zak Croxall / ザック・クロクサル(b, syn b)
Tomo Kanno / 菅野知明(ds)
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【Nao Yoshiokaのライヴに関する記事】
・2013/10/11 Nao Yoshioka@LOOP
・2013/12/06 Nao Yoshioka@代官山LOOP
・2016/11/20 Nao Yoshioka@タワーレコード新宿【インストアライヴ】
・2016/11/24 Nao Yoshioka@赤坂BLITZ
・2017/11/18 Nao Yoshioka with Eric Roberson@ミューザ川崎
・2018/03/27 Nao Yoshioka@渋谷WWW
・2020/12/18 Nao Yoshioka@BLUE NOTE TOKYO
・2021/10/28 Nao Yoshioka@WWW X(本記事)
【SWEET SOUL RECORDSのCDレビュー】
・2012/01/31 『SOUL OVER THE RACE VOL.2』
・2012/04/10 『DANCE, SOUL LIGHTS』
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