*** june typhoon tokyo ***

ACE HASHIMOTO『Play.Make.Believe』

 

 2020年代オルタナティヴR&Bと日本への敬愛を示した、シカゴ出身の俊英によるデビュー作。

 初代プレイステーションの起動音を冒頭曲「Zombie: The Entrail-Duction」のイントロに使用したり、“オトノカガクシャ”のネーム・シグネチャーで知られるクワメよろしく、女性の声による“エースハシモトデス”のサウンドロゴをふんだんに楽曲に用いるのをはじめ、文字通りのエンディングとなった「Ending Theme」では、外国人女性との片言の日本語での会話や“まもなく4番線に上野・池袋方面行きがまいります~”というJRの電車接近アナウンス&メロディを組み込むなど、エース橋本によるデビュー・アルバム『プレイ.メイク.ビリーブ.』からは、多分に日本への愛が伝わってきた。

 さて、エース橋本という日本人風の名を名乗っているが、その実は1990年生まれ、米・シカゴ出身のシンガー・ソングライター/プロデューサーのブランダン・デシャイ(brandUn DeShay)のこと。デシャイは、ビートメイカーやラッパーとして始動し、2008年よりタイラー・ザ・クリエイター率いるヒップホップ・コレクティヴのオッド・フューチャー(Odd Future Wolf Gang Kill Them All=OFWGKTA)の初期メンバーとして2010年まで参加。SZA、マック・ミラー、チャンス・ザ・ラッパーらのプロデュースや楽曲提供を行ない、知名度を高めている逸材だ。2008年の『Volume: One! for the Money』からミックステープ6作品をリリースした後、2015年とその翌年に『goldUn child』シリーズ2作を発表し、『goldUn child』では水墨画を背景に“黄金の子”“金子”(GOLDUN CHILDの直訳)の漢字をあしらい、『goldUn child 2』では富士山が描かれた浮世絵をバックに、鉢巻き法被姿で新潟の銘酒「久保田」をラッパ呑みするデシャイをジャケット・ヴィジュアルに採用。「Tokyo」「Gomen Nasai」「WAKARU」 といった日本語をタイトルにした楽曲や東京を舞台に撮影を行なったミュージック・ヴィデオを発表するほか、2017年より1年ほどながら日本に移住。ELLY(三代目 J SOUL BROTHERS from EXILE TRIBE)のラッパー名義Crazyboy「Bad Habits」のリリックや、kZm(YENTOWN)の「WANGAN」をプロデュースするなど、これまでも作品を通じて大いに日本に対する愛を表明してきた。

 その後、デシャイは、日本移住にも帯同したフロリダ州オーランドのシンガーで、90年代R&B風の「AYAKO」という楽曲を発表し、矢野顕子やバスケ漫画『SLAM DUNK』をフェイヴァリットとする、こちらも親日家の盟友デヴィン・モリソン(Devin Morrison)と共にカリフォルニアへ戻ると、モリソンが契約するヴェトナム系パリジャンのビートメイカーのオンラー(Onra)のレーベル〈ナッシング・バット・ネット〉と契約。2021年にエース橋本名義としての初アルバム・リリースに漕ぎつけた、というのが本作の経緯となる。


 元来ヒップホップやラップ・シーンを軸としていたが、本作はその流れに沿わずに、R&Bやネオソウル、ジャジィ・ヒップホップあたりのサウンドメイクをなしているのが特色。全体的にメロウやチルアウトなスタンスを貫きながらも、そこかしこにファンクやジャジィなグルーヴをもたらして、アーバンなR&B/ソウルを通底させている。

 日本や韓国など東アジア系のアーティストの参加が目立つのも特徴。H.E.R.やガラント、ゴールドリンク、さらにはBTSも手掛けたことで知られる、米・シアトル出身のプロデューサー/マルチインストゥルメンタリストのロファイル(Lophiile)がプロデュースした、メロウなジャジィ・ヒップホップとスウィートなR&Bを行き交う「Girls」では、韓国のラッパーのpH-1(ピーエイチ・ワン/Harry Park/パク・ジュンウォン)をフィーチャー。続く、温もりあるアコースティック・ギターの爪弾きとともに男女の問いかけのような歌い口で展開する「O.M.W.(One Man Woman)」では、ジェイ・パーク(Jay Park/パク・ジェボム)やザイオン・T(Zion.T/キム・ヘソル)を手掛け、SIRUPの2ndアルバム『cure』へ「Trigger」を提供したことで知られる韓国のプロデューサーのスロム(SLOM)が制作に加わっている。同じくスロムとデシャイによるミッドナイトのラヴアフェアを描いたセクシーでグルーヴィなネオソウル「2NITE」では、日本語詞ヴォーカルで向井太一が参加し、中盤に配された早回しサンプリングのループによるトラックが印象的な“らしい”ジャジィ・ヒップホップ「4EVERYTHING」では、サンフランシスコ在住でコリアンアメリカンのDJ、ケロ・ワン(Kero One)が名を連ねている。

 さらに、日本盤ボーナストラックとなった、カリフォルニアと日本とを橋渡しするようなリリックを聴かせる「CALI 2 JPN」では、PUNPEEを兄にもつラッパー/トラックメイカーの5lackとともにフロウの掛け合いも披露している。ちなみに、アルバムのブックレット(インナースリーヴ)には、ころりよ(KORORIYO)によるエース橋本のイラストが掲載されている。


 個人的に特に耳が傾いたのは、まずは、拠点のロサンゼルスやヨーロッパでも活動する、ジンバブエ生まれ、オーストラリア育ちの女性シンガー・ソングライター/ラッパーのティーケイ・マイザ(Tkay Maidza)を迎えた「Trak Star」。デシャイがヒップホップに傾倒し始めた2000年代半ば頃に影響を受けたN.E.R.Dやファレル・ウィリアムス、カニエ・ウェスト、ルーペ・フィアスコらの影響が窺えるネプチューンズやファレル路線のメロウ・グルーヴなファンクで、冒頭のファルセットによるヴォーカルやスタイリッシュなカッティングギター、カニエ・ウェストよろしくスクリュード風のエフェクトヴォーカルを施すなど、デシャイのルーツをたっぷりと盛り込んだアティテュードが楽しめる。

 続く、盟友デヴィン・モリソンとシカゴ郊外マッテソン出身のラッパーのサー・マイケル・ロックス(Sir Michael Rocks)の客演による「The Great Indoors」もファレルやルーペ・フィアスコあたりの作風を想起させるが、中盤から一気にややテンポを落としてチルなムードに持ち込むところが面白い。フランスを拠点とするアルジェリア出身の女性シンガーのターラ(Ta-Ra)との男女掛け合いで展開する浮気ソング「Bad Habits」も、冒頭でブレイクするギターによるビートなどにファレルらしさが垣間見える。

 そのほか、ケロ・ワンやNujabesあたりのジャジィ・ヒップホップ作に見られるような、夕暮れの海辺を想起させる穏やかなホーンの音色がリラクシンなムード漂う「Affection」や、新しい恋愛を始めたはずが再び君のところへ戻ってきてしまったという未練や葛藤を和やかなタッチで綴る「Nice to Know You」、さらには、本編ラストの「Ending Theme」へと繋がる、行く当てもない徒労感をハミングを含みながら物憂げなトラックに乗せて綴る「Etika's Interlude」や、シカゴ拠点のラッパーのマット・ミューズ(Matt Muse)の作品にも参加している女性シンガー・ソングライターのモン・エアリー(Mon'aerie)をフィーチャーした「I Feel Fly」といった小品も揃えている。


 ヒップホップを出自とするエース橋本だが、サウンド的にはハードなヒットによる鋭角的な刺激とは距離を置き、ファンキーなグルーヴをメロウかつリラクシンなムードで彩った作風に。ネオソウルやオルタナティヴR&Bに寄せたスタンスとして描出する傍ら、ソフィスティケートやアーバンなモードも散りばめて、聴き手の間口も広げているのも好感だ。また、終盤の“あなたはエース橋本ですか”と片言で語り掛ける外国人女性に“チガウ”“ウン、ダイジョウブ”と答えた後に溜息をつく「Ending Theme」でのポエトリーリーディング的なアプローチなど、単にポップネスにアプローチすることだけを重視してポピュラリティを得ようとするのではなく、ストーリー性を敷いた構成も、本作の質を高めている一つの要因といえるだろう。

 久しくR&B/ソウルが根付かない日本において、シーンがシティポップなどポップスに舵を寄せ始めているなか、エース橋本が2020年代のR&Bとしての取っ掛かりとなる資質を帯びていることは間違いない。なかなかコロナ禍から逃れられないのが痛手ではあるが、その芽が摘まれることがないように動向を注視しながら、聴くほどに趣が深まる浸透性の高い本作を存分に堪能したいと思う。

◇◇◇

■エース橋本『プレイ.メイク.ビリーブ.』
ACE HASHIMOTO / Play.Make.Believe(2021/04/28)
P-VINE PCD-22422

01 Zombie: The Entrail-Duction
02 Girls (feat. pH-1)
03 O.M.W.
04 2NITE (feat. Taichi Mukai)
05 Trak Star (feat. Tkay Maidza)
06 The Great Indoors (feat. Devin Morrison & Sir Michael Rocks)
07 Bad Habits (feat. Ta-Ra)
08 Affection
09 4EVERYTHING (feat. Kero One)
10 Nice to Know You
11 Etika's Interlude
12 I Feel Fly (feat. Mon'aerie)
13 Ending Theme
14 CALI 2 JPN (feat. 5lack) ※日本盤ボーナストラック


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