アフリカ系アメリカンの16歳の少女、クレアリース“プレシャス”ジョーンズの過酷な運命を綴った映画、『プレシャス』を観賞して来た。原題が『PRECIOUS: BASED ON THE NOVEL PUSH BY SAPPHIRE』とあるように、サファイアが著した原作を基にしたストーリーだ。監督・製作・脚本はリー・ダニエルズ。
実父と義理の父によって妊娠を二度させられ、母親(モニーク)からは虐待を受ける少女、クレアリース(ガボレイ・シディベ)。100キロをゆうに超える体格と、読み書きもほとんど出来ず、教室では話すこともろくにしない。12歳の時に父親の子供を生んだがダウン症。母親は生活保護を受けたい一心で働くことさえしない。“プレシャス”(=貴重な宝物、大切な)の名前とは裏腹に悲惨で残酷な扱いを受けながらも、フリースクールへの転入をきっかけに、最底辺から這い上がろうとする姿を描いている。
この映画のトピックは、1つはこの残酷極まりないストーリー。そしてもう1つは、マライア・キャリー、レニー・クラヴィッツといったセレブの出演か。モノクロームの街の風景の中で赤いスカーフが際立たされていて(どこかで観た手法だな)、そのスカーフと同じ赤い色のドレスに身をまとったクレアリースが登場。主題歌を歌ったメアリー・J.ブライジ(と思しき人)が寄り添い、肩にスカーフをかけるところから始まる。そして、この赤いスカーフはもう一度出てきて、ある場面で今度はクレアリースから、同じニューヨークのハーレムの貧困層用住宅に住んでいた少女へと手渡される。それは、幸せに生きるための勇気と幸せを掴むための絆の力を示したバトンのようでもあった。
非常に悲惨極まりない情景なのだが、現実逃避がクセになっているクレアリースの脳内の妄想(アイドルとして喝采を浴びたり、イケメンの男とダンスを踊ったり)がところどころで挿入されたり、代替学校(フリースクール)のクラスメイトがこれでもかと絵に描いたようなビッチ具合の女性ばかりなので、言葉で読むと辛いかもしれないが、映像だと意外と明るく楽しめるかも。クレアリースが二度目の妊娠の時に入院した病院で出会った看護士(レニー・クラヴィッツ)や見舞いに来た(とは思えない格好だが)クラスメイトとの病室の会話などは、ビッチ度全開でかえって面白い(クレアリースも笑っている)。それでも、日本に住む一般人にはなかなか理解しづらい情景が展開していくのだが。
母親がなぜ娘を虐待するほど辛く当たるのかという核心に迫るクライマックスが、母親とクレアリース、そしてソーシャルワーカー(マライア・キャリー)の三者が役所の福祉課で話し合う場面。マライア・キャリーはほぼノーメイク状態であまりに素人のオバサン化していて唖然!……とそこまでは言い過ぎかもしれないが、それほどキャストの重要度がなかった(パーティの時にフリースクールの先生で同性愛者のレイン(ポーラ・パットン)を狙おうとする)看護士役のレニーよりは、それなりにストーリーの中核を担う役だったと思う。素晴らしい演技とまではいわないがダメでもない、そつなくこなしたという点ではいいのかも(それこそ、自身のイメージを投げ打ってまでのメイクで出た訳だから……苦笑)。
個人的に一番の注目は、母親役のモニーク。保護を受けるためなら、自宅に訪問する調査員の前ではウィッグをかぶって抱きたくない孫(夫と娘の子供)を抱いたかと思えば、調査員が帰ると孫を突き放す。クレアリースが二番目の子供を抱えて家に帰って来た時は、“抱かせて”と頼んでおきながらしばらくするとその子供を床に投げ捨て、クレアリースに飛び掛る始末。子供を抱えて家を飛び出すクレアリース目掛けて、上からテレビを叩き落す……。
それもこれも、上述の三者面談で明らかにされる。母親がなぜ娘を憎むのか。夫である父親からレイプされた娘をなぜ助けようとしないのか……そこには愛情の欠如が、穿った形の愛憎が露見される訳だが、その母親役のモニークの演技が迫真! ふてぶてしい面構えも重なって、純粋な心の持ち主なら、本当にモニークを大嫌いになってしまうだろうというくらいのもの(悲しいかな、マライアはそこにソーシャルワーカー役としているので、比較するとどうしても分が悪いというところはある)。涙を流しながら、“あたしを愛してくれるはずの男を娘は奪った”と嗚咽交じりで語るシーンは、思わずジッと聞き入ってしまうほどだ。
ストーリーとしてはシチュエーションこそさまざまあれど、周囲の助けを得ながら逆境から這い上がって、自らの手で幸せを掴んでいくというよくある展開がゆえ、目新しいというところはない。だが、暗くて重い話ながらもずっしり疲れないという意味では、なかなか良く出来ていると言えるだろう。
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波乱万丈にもほどがある主人公、クレアリース(ガボレイ・シディベ)。

貫禄十分の母親(モニーク)。

美人のフリースクールの先生、レイン(ポーラ・パットン)。

ソーシャルワーカー役の華やかさがまるでないマライア。

ナース役のレニー・クラヴィッツ。
