超絶インプロヴィゼーションがいざなう興奮と、歓喜を呼ぶ漆黒のグルーヴ。
背景に猫をモティーフにしたシンボリックなアイコンが青く映るステージに登場したのは、3名だけ。左にキーボードのデニス・ハム、右にドラムのルイス・コール、中央にベースを抱えたサンダーキャット。オーディエンスからの万雷の拍手で迎えられると、「トーキョー!」と叫び、「ここに来られて嬉しい」と言うと、続けて「3ファッキン・イヤーズ」と呟いた。元来は2020年4月に開催予定だったが、新型コロナウィルスの影響で延期。翌年に延期日程が発表されたものの、依然として収まらないコロナ禍において来日が困難となり、再々延期に。通常なら一旦中止となってもおかしくないところだが、アニメなどの日本の文化を愛する気持ちの強さか、中止する選択は取らなかった。SNSには「俺は必ず日本に行く……」というアイコニックなイラストを投稿し、さらには〈ブレインフェーダー〉のレーベルメイトのマルチプレイヤー、ルイス・コールが急遽参加というアナウンスも加えて、3年にわたってようやく来日公演が実現した。
“待望”というのは、まさにこのことを言うのだろう。コロナ感染防止対策から、入場人数を制限して二部制に変更。プロモーターからの1stか2ndかの希望を問うフォームへ入力後、返信がなく、やや焦ったりもしたが(他にも返信メールが届かない事例が少なからずあったようだが、直接問い合わせて確認が取れた)、無事にエントリー。会場に着くと、早く整理番号を呼ばれないかとやきもきする大勢のファンが長蛇の列をなしていた。フロアには60~70センチほどの仕切りテープが貼られ、そこへ一人ずつ立つ形だったが、今や遅しと構えるオーディエンスの熱は、コロナ禍前にも劣らないような感覚といったら言い過ぎだろうか。いや、日本への愛が溢れる超絶才人とそれを待ち侘びたオーディエンスが一体となる時空を眼前にして、興奮せずにいられるという方が無理があるだろう。会場は恵比寿ガーデンプレイスにあるザ・ガーデンホール。定刻の21時15分を10分ほど過ぎて、2ndショウが幕を開けた。
茶目っ気たっぷりに一言二言話してからベースを弾き出すと、2020年のアルバム『イット・イズ・ホワット・イット・イズ』の冒頭の小品「ロスト・イン・スペース/グレート・スコット/22-26」からサンダーキャット・ワールドが渦巻いていく。麗しいハイトーンの美声がフロアの静けさにある騒めきに覆いかぶさるように広がっていくと、その声に感化されたようにオーディエンスの熱量がジワジワと融点へ達していく。
全体的に『イット・イズ・ホワット・イット・イズ』を中心とし、ルイス・コールのバンドの楽曲やフライング・ロータスへの客演曲のカヴァーなどを加えていく構成。広いステージにデニス・ハム、ルイス・コール、そしてサンダーキャットと3名が並んだ佇まいは、ライティングを除けば装飾がなく、素朴な感じさえするステージではあった。だが、演奏が始まると、その物寂しさなどはどこかへ吹き飛んでしまった。音源でしか楽曲を耳にしたことがない人がいれば、それはもう別の楽曲と思えてしまうほどのインプロヴィゼーションを展開し、“隙間を埋める”などという安易な言葉では足りないほどのグルーヴの波で畳み掛けてくる。
盟友ルイス・コールのことをタイトルに冠した「アイ・ラヴ・ルイス・コール」では、スネアやハイハットを含めてグイグイと突き進むルイス・コールのドラミングとともにサンダーキャットがメロウな歌声とファンキーなベースを響かせていたが、1番を歌い終えると、今度はルイス・コールがヴォーカルを披露。そして、ベース、ドラム、キーボードによる超絶インプロヴィゼーションへと突入していく。サンダーキャットとルイス・コールの丁々発止の掛け合いは、互いに絡み合い大きな渦を創り出していくようなエネルギーに溢れていて、もちろん耳目が惹き付けられることこの上なしなのだが、デニス・ハムの鍵盤がその大きな渦を上昇気流に乗せるかのごとく煽るから、そこに最大瞬間風速を示すかのような“うねり”が発生する。
オーケストラヒットを連ねるような興奮を煽る鍵盤のコードから雪崩れ込んでいったのは、ルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディによるビート・ユニット“ノウワー”の「オーヴァータイム」のカヴァー。ブイブイと弾いたかと思いきや高速なビートや冗舌に鳴いたりと表情をコロコロと変えるベースと、クールな表情でビートを刻み続けるドラム、それらを背中から加速度を高めていくようなキーボードが三位一体となり、音楽の現代アートと言わんばかりの超絶インプロヴィゼーション絵巻が目まぐるしく眼前を、フロア全体を支配していく。そしてまた「アイ・ラヴ・ルイス・コール」へとリプライズ。サンダーキャットのルイス・コールへの絶大なる信頼と愛が文字どおり具現化された瞬間だった(ノウワー「オーヴァータイム」のヴィデオを見た時は、うっすらとディー・ライト「グルーヴ・イズ・イン・ザ・ハート」風な印象もあったのだが、このステージではそんなイメージは木っ端微塵に吹き飛んだ)。
「ハウ・スウェイ」以降も3名が繰り広げる音の螺旋階段は上昇を失わないまま、天空へとグイグイと舞い上がっていく。口角泡を飛ばすがごとく多弁になったり、肩に手を添えるように優しく語り掛けたり、ルイス・コールが乱打するドラムに寄り添ってみたりと、サンダーキャットは自身が歌わずともベースで言葉を伝える“威力”を存分に発揮して、来日が叶わずに過ごした3年に渡る苦悩を払拭。「オーヴァーシーズ」では“ジャパン”の歌詞を“トキオ”と言い換えたり、大好きな『ドラゴンボール』への愛を込めた「ドラゴンボール・ドゥーラグ」ではデニス・ハム、ルイス・コールとともにヴェルヴェットのようなハーモニーを差し込んだり、ルイス・コールとジェネヴィーヴ・アルターディのノウワー勢が客演した「サテライト・スペース・エイジ・エディション」ではネオソウル的なメロウなヴォーカルとともに深遠な世界へといざなうなど、表情豊かに進んでいくパフォーマンスに、多くのオーディエンスが頬や目尻を緩めていたに違いない。
中盤以降は、サンダーキャットの美メロ・ヴォーカルに酔いしれる瞬間がつづら折りのようにやってくる。“ヤスケ!”と叫んでから始まったNetflixオリジナルアニメシリーズ『Yasuke -ヤスケ-』のテーマソングとなったフライング・ロータスへの客演曲「ブラック・ゴールド」は、水平線より昇る朝の陽光を想起させる赤いライティングのなかで漂うような歌い口が強く耳に残り(途中でオーディエンスが倒れたのを見つけて演奏を止め、心配して声を掛ける場面も)、“水の中に顔半分が沈んだジャケット”でも注目されたアルバム『ドランク』収録の「ア・ファンズ・メール」ではファルセットで“ミャオ、ミャオ”と鳴くフレーズも披露。反応するオーディエンスを見てニコッと笑う表情も印象的だった。
アルバム・タイトル曲「イット・イズ・ホワット・イット・イズ」では、暗闇の中でサンダーキャットのみにスポットライトが当てられる演出もあってか、子守歌のような安らぎを伴ったヴォーカルが、郷愁を誘う音とともに広がっていった。
終盤は、ビヨンビヨンと爪弾かれるベースがクセになる「ゼム・チェンジズ」からコズミックなパーティ・ダンサー「ファニー・シング」へと展開してエンディング。フロアが快哉が舞い飛び、歓喜が溢れるなか、音の波を浴びて発露させずにはいられないとばかりにオーディエンスがクラップの波を起こすと、スタッフやアナウンスの「本日の公演は終了しました」という声もその波を止めることは出来ず、「holy shit」(なんてこったい、ヤバいぜ!)と発しながら、予定外にサンダーキャットとメンバーが再びステージイン。高まる気持ちをクラップに託したオーディエンスの思いに応えて、この日のための楽曲と言っても過言ではない「TOKYO」へ。途中で演奏をトーンダウンさせて、「ここでクイズだ。(北斗の拳の)ケンシロウの出身地は知ってるか?」とオーディエンスに訊ね、「秋葉原?」「東京?」などと答えさせる場面も(出生地は修羅の国=中国とも、日本とも諸説ある模様)。何も曲を止めてまでとも思うかもしれないが、ジャパニーズアニメ好きなサンダーキャットらしい愛嬌といえるだろう。このMC以外でも「ちょっとアニメについて話すんだけどさ……」と語り出し、何度か同じようにMCをした後、「アニメについてなんだけど……あーそうだな、やっぱりマスターベーションの話しよっかな、ガハハ」と屈託ない笑顔で話すなど、日本でのステージを楽しんでいる表情が随所に見て取れたのは、オーディエンスにとっても嬉しかったことだろう。ラストは希望の光が差し込むようなライティングを背に受けながら、「トロン・ソング」で幕。ここでも難解なジャム・セッションを長尺で披露するが、どこまでも幸福感を得ていたのは、この3名ならではの緻密なサウンドの融合とシンクロ性がなせる業といえよう。
ヴィデオでは観ていたとはいえ、生観賞は初見だった自分にとって、超絶技巧を駆使しながらのインプロヴィゼーションが往来するサンダーキャットのステージは、考えていた以上にジャズ・セッションの嵐だった。やはりジャズを根幹に持つアーティストなのだろう。心の意のままに自由に音を鳴らしながら、盟友たる演奏者たちとの唯一無二の化学反応を発生させて、共鳴する空間を創り上げていく。そういった意図がさまざまな場面で感じられた。ブラック・ミュージックとジャズの邂逅といえば、ロバート・グラスパーの名が挙がるが、グラスパーが静なる“漆黒”なら、サンダーキャットは動の“漆黒”といえるか。どちらも生真面目で終わらない遊びを含ませているが、グラスパーのニヤリとするウィットに富むような風情に対し、サンダーキャットは今風で言えば“陽キャ”なノリか。屈託ないフリーダムな発想が演奏にも満ち溢れていた。
ただ、ジャズ門外漢も少なくないだろうオーディエンスが、身を乗り出して演奏を体感しているのは、全てがジャズに支配されず、多彩な要素が楽曲や演奏から感じ取れるからだろう。特に滑らかに伝うファルセットが美しいヴォーカルは、R&Bやネオソウルのそれで、この声色だけでも十二分にグルーヴを感じることが出来る。今回は大合唱とは至らなかったが、「ア・ファンズ・メール」での“ミャオ、ミャオ”のフレーズがフロア一杯に響きわたる瞬間は、スウィートネスがたゆたうネオソウルな空間になり得るのではないかと想像してやまない。
コロナ禍を憎んだ“3ファッキン・イヤーズ”は、中止の選択せずにとどめたサンダーキャットからの愛情が打ち消してくれた。2度目のステージアウトの姿を目で追いながら、余韻を噛み締めるオーディエンスのなかには、そう感じた人もいたかもしれない。長く待ち侘びていたことで、興奮や熱度の高鳴りがより上積みされ、必要以上に感動が補正されることもあるだろう。それでも日本への最大限の愛情と敬意を持ってこのステージに立ち、徹頭徹尾にサンダーキャットらしい演奏を繰り広げた事実は変わらない。楽しむために音や歌を奏で、メンバーやオーディエンスと"共振”する……フロアにはそんな想いが大いに満ち溢れていた。
◇◇◇
<SET LIST>
01 Lost in Space / Great Scott / 22-26 (*IIW)
02 Innerstellar Love (*IIW)
03 I Love Louis Cole (*IIW)
04 Overtime(Original by KNOWER)
05 I Love Louis Cole(Reprise) (*IIW)
06 How Sway (*IIWII)
07 Overseas(Original Thundercat feat. Zack Fox) (*IIW)
08 Dragonball Durag (*IIW)
09 Satellite Space Age Edition(Original by Thundercat feat. Louis Cole & Genevieve Artadi)
10 Black Gold(Original by Flying Lotus feat. Thundercat)
11 A Fan's Mail(Tron Song Suite II) (*D)
12 It Is What It Is(Original by Thundercat feat. Pedro Martins) (*IIW)
13 Them Changes (*D)
14 Funny Thing (*IIW)
≪ENCORE≫
15 Tokyo (*D)
16 Tron Song (*A)
(*IIW): song from album “It Is What It Is”
(*D): song from album “Drunk”
(*A): song from album “Apocalypse”
<MEMBER>
Thundercat(vo,b)
Louis Cole(ds)
Dennis Hamm(key)
◇◇◇
最新の画像もっと見る
最近の「ライヴ」カテゴリーもっと見る
最近の記事
カテゴリー
バックナンバー
人気記事