JUN-Zの夜遊び日記

everybody needs somebody to love

(小説)カイブシコリ~第5章

2006-10-25 19:37:26 | 小説
いつまでも木霊(こだま)する銃声……。
カイブシコリは全神経を聞こえてきた方向に集中させた。
決して抗う事のできない音。
微妙に震える四肢。
これが聞こえてきたという事は、何者かの命が絶たれたという事を理解していた。

普段なら一目散に逃げる。
反対方向に脇目もふらずに逃げる。
だが彼はそうはしなかった。
野生の勘がそう囁くのか、行かなきゃいけない…そう感じていた。
『なんだ?』-このまとわりつくような不安感は。
なにか自分の身に重大な事が起きているような錯覚さえしていた。
行ってみよう……カイブシコリはゆっくりと歩を進めだした。

「一度村に戻ろう。」-初老の男はそう言いながら、踵を返した。
「この熊はどうしますか?」
その問いに、当然だといった表情をしながらこう答える。
「村に運べ。向こうでちゃんと供養せねばな…。」
押し黙る皆。
その言葉に露骨に嫌悪感を示す者もいた。
無理も無い…すでに2人もの尊い命が犠牲になっているのだから。
だが、誰もその決定に口を挟もうとはしなかった。
なぜなら初老の男の目には、有無も言わさない無言の圧力が備わっていたし、
なにより、この男の言葉は絶対だからだ。
「よし……行くぞ。」

カイブシコリは歩を進めるたびに、どんどん不安にかき立てられていた。
「なんなんだ、いったい!」
食物をいくらか口にしたとはいえ、この巨体を満たすにはほど遠い。
時折、体が不自然にぐらつきながらも、すでに尾根を一つ越えていた。
「もうすぐだよっ、もうすぐっ」-頭上でオナガが囁く。
一瞬だが、きな臭い匂いが微かに鼻の前を通り過ぎていった気がした。
錯覚?
我に返った事で、カイブシコリはここまで来てようやくある事実に気付いた。
歩くのに夢中で、殺されたのが同類だと気が付かなかったのだ。
草や花の倒れ方、そしてこの足跡……明らかに熊であった。
ふと見ると、木の幹に爪の跡がある。あまり大きくはないな…。
「ちっ、なんで俺は……。」
ほぞを噛みながら、自分の今している行為に嫌気がさしていた。
-なにをやってんだ俺は!この先には殺害現場があるのみ。
そんな所に行ってどうするつもりなんだよ!
しかもまだ人間の奴らはいるかもしれないってのに!!-
だが一方では、この得体の知れない嫌悪感を払拭するには行かねばならないと
心の奥底でなにかが囁いている。

カイブシコリはふと立ち止まった。
いつのまにか陽は落ち、晩秋の冷たい風がざわざわと木々をゆらしている。
巨大な物体が立ち止まった事で、暗がりに潜んでいた虫達が
精一杯のラブソングを奏ではじめた。
「月は出てないか。」
なにやら心が和んだ。
この土地々々こそ我らの生活の場。
この全てが我らの縄張りなのだ。

ホーホー……。
いつのまにか一羽のフクロウが視線の先にいる。
「お前はどこから来て、どこへ行こうとしているのじゃ。」
「……俺にもよくわからん。」-カイブシコリはかぶりを振った。
「知床に向かおうとしてはいるが、凄く気になる事があってな。」
フクロウはその大きな目を一瞬細めた。
まるでカイブシコリの心の奥底まで覗こうとするかのように。
カイブシコリは聞いた。
「なにか見えるかい?」
一瞬の間ののち、フクロウは言った。
「……お前は珍しい生き物じゃな。ほんと……珍しい。」
「ん?なに言ってる。熊がそんなに珍しいか?見た感じ相当年寄りっぽいが。」
「違う。そんな事を言ってるのではないわい。
お前のように心が多彩な生き物は、ここんとこしばらくお目にかかれなかったのでな。」
カイブシコリは呆気にとられた。思わず口元に笑みが浮かんだほどだ。
「それって褒めてんのか?だとしたら素直に受け取っておくが。」
「…心が多彩なゆえに、翻弄され、傷つき、ボロボロになってしまうものなんじゃ。」
「褒めてねぇじゃん…まぁいいや。じゃあ先を急ぐんでな。」
歩きだそうとするカイブシコリの前で、フクロウは翼を広げた。
「しばし待つのじゃ。」
「なんだよいったい…。」
「お前さんにはこの先苦難が待ち受けてるやもしれん。だが、足掻くのじゃ。
足掻いてこそ、報われる事もある。」
「へっ、よくわかんないな。明日を生き延びるので精一杯なんだよこっちは。」
ホーホー…一段と強く鳴いた。
「わからんか?そのうち儂の言った事がわかるようになる。
だが……しかし、うーむ実に惜しいのう。」
フクロウは目を閉じた。
「……まぁ、忠告ありがとさん。じいさんも熊の世話してないで自分の事しっかりとな。」
背後に遠ざかるフクロウがまた鳴いた。
ホーホー……足掻くのぢゃ……。

2つ目の尾根を越えた。
どうやら近いな……森がざわついている。
ここからは慎重に行かねばならない……。
今できる最大限の注意を払いながら、ゆっくりと歩きだした。

つづく

(小説)カイブシコリ~ここまでのあらすじ

2006-10-24 19:45:32 | 小説
最近、あの小説はどうなった?もう書かないの?とか言われるので
再開したいと思います(^^;)
すでにラストまで頭の中には入ってるんだけど、なかなか書く気力がさww
とりあえずだいぶ間が空いたので、今日はここまでのあらすじを書きます。

北海道のとある場所。
1頭のヒグマがいた。
名はカイブシコリ…本編の主人公である。
異常気象や宅地開発により棲む所が狭められ、森の恵みも絶たれた今、
飢えをしのぎ、安住の地を求めて旅を始める。
向かう先は知床-野生動物達の楽園だ。
恋人であるアンヌイリは一足先に旅立っていた。

旅の途中、嫌な噂を耳にする。
人食いのヒグマが出たらしい。奴しかいない。
ガンゼムイという雄のヒグマの仕業であった。

瞳に妖しい光を放つ狐との出会い、そしてカイブシコリはある選択をせまられる。

その頃、人里では2人目の犠牲者が出ていた。
子供である。
初老の男を先頭に男達は山へと向かう。
これ以上犠牲者をださないために。

息を飲む森。
絶叫にも似た銃声が山々に響きわたった。
歓喜に沸く男達。
が、仕留めたヒグマは人食いではなかった。

こだまする銃声を聞き、総毛立つカイブシコリ。
全身を包んでいく嫌悪感と恐怖…そして予感。

こんな感じでわかるかな?(^^;)
明日はちゃんとこの続きから書きます!!
おそらくあと2回か3回でこの物語は終焉を迎えます。
みんながなにか感じとってくれれば幸いです(汗)

あ!ちなみに、次の小説の構想もほぼできあがってます。
今度はブラック・コメディー&ホラーって感じかな(笑)
もっと短編になるでしょう…多分(^^;)

(小説)カイブシコリ~第4章

2006-09-14 20:15:16 | 小説
森はひっそりと息を潜めている。
男達の瞳は狩りの本能で埋めつくされていた。
初老の男が小山のような黒い影に、徐々に近づいて行く。
慎重に……決して相手に気配を悟られないよう細心の注意を払っていた。
周りの男達はその場を動かなかった。どうやらそういう手筈になっているらしい。
広葉樹林と針葉樹林が折り重なる様に入り組み、下草がズボンの裾を撫でていく。
木々の隙間から地面まで差し込む陽光が今は恨めしい。

しかしどうだ。初老の男の身のこなしは。
滑らかにまるで氷の上で踊っているかと錯覚してしまうほどの軽やかさだ。
熟練…そして凄腕の猟師ということが一目瞭然である。
彼はただ、一息も漏らさずにターゲットを見据えながら、淡々とその距離を縮めていった。

『ふむ……。』-その地点にたどり着いた。
彼の視界から見える黒い影は、その場に立ち止まりなにかをしているようだ。
『隙だらけだ…。』
やおら腰を下ろし深く息を吸い込む。
黒い影からは一瞬たりとも目を離さずに、ズシリと肩に食い込んでいるものを下ろした。
ジッパーを開く音さえも聞こえないくらい慎重にゆっくりと開けていく。
と同時に決して抗う事できない断末魔がそこに潜んでいた。
相手の命を一瞬で絶ち、その存在さえも過去から消してしまうのではないかと思うほど禍々しい。
今までいくつもの命を絶ってきたであろう黒く鈍い光を放つその凶器を彼は構えた。
ターゲットスコープのクロスゲージはぴたりと急所に合わされている。
黒い影は動かない…だが腹が微妙に上下している。
その揺れに彼は呼吸をあわせていく。
いいリズムだ……そして次に彼が息を止めた時、死神が舞い降りた。

パァーン!!!!!

森が一斉に悲鳴を上げた。
鳥達はこぞってその場から飛び立ち、リス達も巣穴の奥深くで震えた。
鹿達は混乱し、子連れの狐は子を守ろうと低く身をかまえた。
木々はその枝先まで小刻みに振動し、草花はその可憐な花をそむけた。

黒い影が崩れ落ちた。
音は聞こえなかった。
ただそこには「無」しかなかった……。

初老の男は立ち上がり、そしてゆっくりと死神が待つ場所に歩いていく。
後ろで事態の成り行きを見ていた男達は、ざわざわと音を立てながらその後を追う。
皆のその目には恍惚の欲情が浮きあがっている。
一種の集団心理であろう、狂気と歓喜は常に紙一重なのだ。

「……………。」-初老の男は倒れた物体の状況を観察していた。
ふいに腹部を触りはじめた。
追いついてきた男達も歓喜の表情から苦虫を潰したような顔になっていく。
「一応確認する。」
ギラリと光るマタギ用のナイフを取り出し、腹を割いた。
その結果に一同、落胆の色が隠せなかった。
胃袋の中には未消化の…明らかに今食べたと思われる木の実があるのみ。
『餓死寸前じゃないか……。』-初老の男は腹の中をまさぐりながら、ふと気づいた。
「妊娠しているな。」
初老の男の目に哀しい光が宿った。
餌を求めてここまで放浪の旅を続けたのだろう……。
妊娠していればなおさらだ。
しかし-彼はこうも思う。
この先は人間達の住む世界。自分たちにも身を守る権利があるのだと。
自然界に浸食してきて偉そうな事を言うつもりはないが、山も森も全ての自然に対しても
愛情と畏敬の念を深く感じている-ならばこそ生態系の頂点に立つ者として、
処断を下さねばならない……。
それが人間のエゴだとも彼は感づいていた。

「んっ!?」
彼はむさぼり食べるのをやめた。
その音が聞こえてきた方向に神経を集中させた。
一度聞いたら、二度と忘れられない悲鳴にも似たあの音……。
いやな予感がした。

つづく

カイブシコリ~第3章

2006-09-07 22:20:55 | 小説
「さて…どうしたものか。」
二手に分かれた道の前でカイブシコリは暫し考え込む。
道といっても、人間では容易に気づかない道…要するに獣道である。
川が中州を経て二手に分かれてはいるが、数多くの自然が残るこの地。
川自体がまるで蛇のようにうごめいているかのようだ。
よってこの先、合流するかもしれないし、離れたままかもしれない。
実際、カイブシコリもここまでは来た事がなかった。

「アンヌイリはどこを通って歩いてるんだろう……。」
彼の恋人である。
普通、恋人といっても人のそれとは違い、繁殖期になると顔を合わせる程度だ。
だが彼らは少々違っていた。
繁殖期以外でもたまに顔を合わせていたのだ。
テリトリーが近いというのもあるが、普通なら逆に近寄らないようにする所を
彼らは会っていた。なぜなのか、彼らにもわからなかったが。

知床に向かうと最初に切り出したのはアンヌイリの方だった。
カイブシコリは当初反対したのだが、彼女の熱意に負けて渋々というのが
事の発端だった。
今となれば彼女の言った事は正解だったと強く感じているカイブシコリだが。

-人の里-

「よし行くぞ。」-帽子を目深にかぶり、表情は見えない。
ただ首や二の腕が異様に色黒い事から、外での作業が多いのであろう。
年の頃は初老を迎えてるようだ。だがそんな事を微塵も感じさせない
体格と筋力が服の上からも感じられた。
その男の声に黙って従う人々-彼らも似たような雰囲気を醸し出している。
黙々と歩く男達-誰も喋ろうとも表情を緩めようともしない。
悲痛の中、断固たる決意をにじませたその表情は、まさに鬼の形相であった。
フィールド・ジャケットに身を包み、背中にはあらゆる命を奪うであろう凶器。
「みんな聞いてくれ。」
山に入る一歩手前で初老の男は歩みを止め、男達の方を振り返った。
「ここ1ヶ月の間に2人もの……いや3人もの尊い命が奪われた。
このままではもっと犠牲者が出る事になる。ここでなんとしても食い止めなければならん。」
みな一様にうなずく。
「このルートはわしらが追い込む。当沢の方は脇田さんの班が追いこむ手筈になっとる。」
初老の男はひと呼吸おいて、腹から声をしぼった。
「しかもみな知っているように、この間殺されたユウキちゃんは仲間さんの所の子供だった。」
あたりの空気がずんと重くなった。周りの草花もその重みに耐えられないかのようだ。
「この辺にまだいると思う。熊を見たら容赦なく撃ち殺せ。」
そう言い放つと、踵を返し、山へと分け入っていった………。

-選択の獣道-

「右に行くか…」-どうやら決まったようだ。
空腹の中、今、頭の中を支配しているのはアンヌイリとの楽しい逢瀬の日々だ。
知床で子供作って、俺は離れた所から家族の成長を見守っていく…
自然と顔がほころんだ。
「ん?」
前方に、鮮やかに頬を赤く染めた物が鈴なりになっている。
蛇イチゴだ。
カイブシコリは一陣の風のように突進し、その天からの恵みにむしゃぶりついた。
かれらの断末魔も聞けないほど、あっという間に平らげたカイブシコリは、
あたりをきょろきょろ見回した。
するとあるではないか!!ドングリの実が!!
今はなんでもいいから腹に詰め込むしかないのだ!!
まさに奇跡といっていいだろう。この時期、この状況でドングリにありつけるなど
皆無に等しいからだ。
彼は無我夢中で生への灯火をつないでいた……。

「しっ!」-初老の男が小さく、そして鋭く呼気を吐いた。
動かない-横一線に並んで歩いていた男達もピタリと止まった。
風も止んでいる。小鳥達も異常を察知したのか、声を潜めている。

初老の男が鋭くにらんだその遠く先に、黒く動く物体があった。

続く

(小説) カイブシコリ~第2章

2006-09-02 18:32:46 | 小説
とりあえず彼はこの小川を辿っていく事にした。
ここから下って行けば、知床の方へと行けるだろう……。
見覚えのある風景と匂い…。
幼い時に母親に連れられ、訪れた事があったのだ。
しかし今は感慨にふける余裕などない。力無くとぼとぼと歩いていく。

小川のせせらぎと人を寄せ付けない鬱蒼とした森の中を進む。
聞こえてくるのは、川の音、小鳥のさえずり、ざわざわと木々達の囁き声のみだ。
遠くで鹿が鳴いた-やつらはいい…。そう思った。
草さえあれば生きていけるのだから-。
だが現実はそうではない。冬眠しない彼らはこれから酷寒の北海道で生死の境目を
行き来しなければならないのだから。
現に餓死した鹿を食べる事もある。だが決して良質の食料とは到底言いがたいものであった。
筋と骨ばかりの鹿を食べても、感覚的に満足できるものではないのだ。

“ガサガサっ”-不意に目の前に一匹の狐が飛び出して来た。
「くくくっ…」-狐は口をゆがめながら、その蔑んだ笑みをカイブシコリに浴びせた。
その笑みの意味を瞬時に悟ったカイブシコリは一つ大きなため息をつく。
「旦那、そんな事じゃ野たれ死にするのが落ちですぜ?」
『風上か……』-自分の置かれている状況に嫌気がさした。
獲物に接近する際は、風下から接近しなければならない。
そうしなければ匂いで相手に接近を告げる事になってしまうからだ。
歩いてるだけとはいえ、余りにも不用心な自分が情けなかった。
「いったいなんの用だ?俺は先を急いでる。からかいに来ただけなら、もう用済みだ。」
「そんな冷たい事言わねぇでくださいよ。」
「見てのとおり、俺からおこぼれちょうだいするつもりなら、他を当たった方がいい。」
狐はカイブシコリの全身を舐めまわすように観察した。
「ふふん…こりゃ確かに旦那の言う通りのようですね。」
その台詞が終わる終わらないうちに、カイブシコリは歩きだそうとしていた。

素早い反応でぴょんと後ろに飛び退く狐-2頭の間は一定の距離を保っている。
「ふん…」-くえない野郎だ。今度はカイブシコリが口元を曲げた。
「おっとぉ!いきなり動かないでくださいや。」-狐は冷静を努めた。
「俺はお前なんか食おうとも思わないし、暇つぶしにも付き合ってられないんだよ。」
どんどん前に進むカイブシコリ。
ぴょんぴょんと後ろに下がる狐-相変わらず距離は保ったままだ。
「そんな事言って、このままここを進むとえらい目に合いますぜ?」
カイブシコリの歩みが止まった。
「どういう事だ?」
狐の顔に満足げな表情が浮かんだ。
「ここをしばらく行くと、人間共の縄張りに入っちまいますよ?」
カイブシコリは眉間に皺を寄せた。
「そんなははずはない。ガキの頃来た事があるんだ。」
「時代は変わるってやつですよ、
やつら人間共はどんどんうちらの縄張りを侵してやがんですって。」
「………ここからどのくらい先だ?」

一瞬の間をおいて、狐は言った。
「ここから3つ尾根を超えた所までやつらは進出してきてますぜ。」
カイブシコリは唸った-まさかそこまで来てるとは。
そんな姿を見て、よりいっそう得意満面の表情を浮かべる狐。
「それにもうひとつ。これは旦那にとってやばい話です。」
声を落とし、囁くようなトーンで語りかける。
「旦那の同類が人食いやらかしたんですよ、昨日この先でね。」
衝撃が全身を突き抜けいくのがわかった-奴だ。奴しかいない。
総毛立ち、ぶるぶると震えながら、それが怒りからなのか畏怖しているからなのか、
そこまでは考えがつかなった。
そんなカイブシコリの状況を知ってか知らずか、狐は話を続ける。
「しかもガキを食いやがったんです。人間共は犯人を殺そうと躍起になってますぜ。
しかし大したもんです、そう思いませんか旦那は?」
「んっ?……」
「だってそうでしょう!人間共の縄張りに堂々と入って行って、人食いやらかしちゃうですから。」
『そんな事はどうだっていい…』-カイブシコリはガンゼムイの事より、これから自分が
どうすればいいか、その事の方が重要である。
その話が本当なら、ルートを変えなくてはならない。このまま進むのは自殺行為だ。
「余計な事をしてくれた……」
そう囁くカイブシコリが気づいたどうかはしらないが、一瞬、狐の眼光に鈍い光が宿った。
「まぁ確かにそうでしょう!同類とはいえそんな事されちまったら、疑いかけられて
無駄死にするかもしれないんですからねぇ。」

“ごうっ!”
「そんなのはまっぴらごめんだ!」-狐に向かって吠えた。
言葉の衝撃に足がもつれ転びそうになりながらも狐は体裁を取り繕うのに必死になった。
「そ、そりゃそうです!!ですからここで会ったのも何かの縁!いいルート教えますぜ!」
「………………。」
狐は息を整え、子供をあやすように語りはじめた。
「ここからしばらく行くと……」
「ちょっと待て……目的はなんだ?」
カイブシコリは狐の表情から何かを読み取ろうとしていた。
「狐のお前が、なんの見返りもなしでそんな事を話そうとするなんて虫が良すぎるぞ。」
そんなカイブシコリの考えがわかったのか、狐はやや開き直り気味になった。
「虫が良すぎるもなにも、たんに好意からですぜ?狐もたまには利害関係なしで動く事も
あるんですって。厳しい自然の中で共に生きてる同志!……たまにはね。」
カイブシコリは狐を凝視しながら、しばらく考え込んだ。
静寂の後、一陣の風がわめきながら通り抜けていった。

「いや……俺は俺で道を探す。」
やれやれといった表情で狐はかぶりを振った。
「頑固ですなぁ。まぁいいでしょう、じゃあひとつだけ教えときますぜ。
この先しばらく行くと川が二股に別れます。一つは人間の縄張りへ。もう一つは
安全な道。旦那が自分で選択してくださいな…。」
そう言うと狐はカイブシコリの為に道をあけた。

無言のまま通り抜けるカイブシコリ-それをじっと見つめる狐。
一瞬ピリっとした空気が流れたが、周囲のざわめきにかき消された。
しばらくそこに立ち止まっていた狐は口元に卑屈な笑みを浮かべながら、
逆の方向に歩き出した。
「どっちに行っても地獄ってね……」

続く