子供の時によくあそんだ「神社」の写真である。
母が高齢になってきたので、一緒に行ってみたいところが育った土地だった。
生まれた処は、地形まで変ってしまって、タイムスリップ出来る戸口がなかった。
歳月と東京の変革の凄さを感じたものだ。
ところが、この写真の「神社」だけは、何ひとつ変っていなくて感激した。
階段の下から見上げる感覚も全く変らず、大きなクスノキが境内にあるのだが
父にその根元で写真を撮って貰った、その時のままのような
クスノキの佇まいだった。
一瞬、トトロが居るのではないかと思えるような大木のクスノキだった。
たった5年間程、暮らしただけの処ではあるが、武蔵野の面影が色濃く残った
幼年期としては愉しい場所だった。
一週間に一度、病院に通っていた暮らしも一変したし、
もし、ここに住むこともなく大人になっていたら
ミズスマシもカタツムリも絵本の中のことだったかもしれない。
この神社だけでも、そこへトリップできる戸口が残っているのは感慨深かった。
トトロは、多摩丘陵がモデルだと思うが
暮らしたその土地を歩き回るよりも、「となりのトトロ」を観て
クスノキからの妄想の戸口に入る方が確実だ。
このことからもある場所に出掛けなければ妄想に入れないかと云うと
決してそんなことはないのである。
そこここに、散らばっているとも云える。
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