詩編 1 1-29編
詩編の中から
好きな言葉を選びました。
わたしが撮った写真と
イエスの言葉,
讃美歌などを加えました。
詩編150編を庭にたとえるなら,
選んだ言葉は飛び石のようです。
わたしたちを導いてくださる
光となって下さると思います。
○
みことばを喜ぶ (詩篇1)
(詩篇1:1,2)
「幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず,
罪人の道に立たず,
あざける者の座に着かなかった,
その人。
まことに,
その人は主のおしえを喜びとし,
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。」
神のはかりごと(計画)
に歩む人は,
イエスの山上の説教にも
「幸いなこと」を,
宣べています。
(マタイ5:3-10)
「口ずさむ」とは,
聖書の言葉を暗誦し,瞑想し,
小さく口に出すことです。
みことばの詩篇は,
他に19編と119編にも
あります。
☆彡
(詩篇1)
「幸いなことよ。
悪者のはかりごとに歩まず,
罪人の道に立たず,
あざける者の座に着かなかった,
その人。
まことに,
その人は主のおしえを喜びとし,
昼も夜もそのおしえを口ずさむ。
その人は,
水路のそばに植わった木のようだ。
時が来ると実がなり,
その葉は枯れない。
その人は,
何をしても栄える。
悪者は,
それとは違い,
まさしく,
風が吹き飛ばすもみがらのようだ。
それゆえ,
悪者は,
さばきの中に立ちおおせず,
罪人は,
正しい者のつどいに立てない。
まことに,
主は,
正しい者の道を知っておられる。
しかし,
悪者の道は滅びうせる。」
○
(詩篇5:1-3)
「私の言うことを
耳に入れてください。
主よ。
私のうめきを聞き取ってください。
私の叫びの声を
心に留めてください。
私の王,私の神。
私はあなたに祈っています。
主よ。
朝明けに,
私の声を聞いてください。
朝明けに,
私はあなたのために備えをし,
見張りをいたします。」
朝の祈り,夕の祈り
(詩編6編)は,
次の讃美歌を思い起します。
♪
賛美歌352(新聖歌211)2番
「命を与うる 主よ留まりて
われらの心を とこ宮となし
朝(あした)に夕べに
祈りをささげ
たたえの歌をば 歌わせ給え」
○
主のいつくしみ(詩編6)
(詩編6:4)
「主よ,かえりみて,
わたしの命をお救いください。
あなたのいつくしみにより,
わたしをお助けください。」
ここでの
「いつくしみ(ヘセッド)」
は,神の愛です。
永遠に変わらない,
極みまでの愛です。
神の本質は「いつくしみ」です。
詩人は,次のようにと言います。
(詩編6:1)
「主よ,あなたの怒りをもって,
わたしを責めず,
あなたの激しい怒りをもって,
わたしを懲らしめないでください。」
続いて詩人は,
「あなたのいつくしみにより,
わたしをお助けください。」
と言います。
そして,
「主はわたしの願いを聞かれた。
主はわたしの祈をうけられる。」
との信仰が与えられました。
この詩編は,
「夕べの祈り」とも
「悩みの時の祈り」とも
呼ばれています。
☆彡
(詩編6:1-10)
(指揮者によって。伴奏付き。
第八調。賛歌。ダビデの詩。)
「主よ,
怒って
わたしを責めないでください。
憤って懲らしめないでください。
主よ,憐れんでください。
わたしは嘆き悲しんでいます。
主よ,
癒してください,
わたしの骨は恐れ,
わたしの魂は
恐れおののいています。
主よ,いつまでなのでしょう。
主よ,立ち帰り,
わたしの魂を助け出してください。
あなたの慈しみにふさわしく,
わたしを救ってください。
死の国へ行けば,
だれもあなたの名を唱えず,
陰府に入れば,
だれも
あなたに感謝をささげません。
わたしは嘆き疲れました。
夜ごと涙は床に溢れ,
寝床は漂うほどです。
苦悩にわたしの目は衰えて行き,
わたしを苦しめる者のゆえに,
老いてしまいました。
悪を行う者よ,
皆わたしを離れよ。
主はわたしの泣く声を聞き,
主はわたしの嘆きを聞き,
主はわたしの祈りを
受け入れてくださる。」
○
詩篇8編 被造物の冠
指揮者のために。
ギテトの調べに合わせて。
ダビデの賛歌
「私たちの主,主よ。
あなたの御名は全地にわたり,
なんと力強いことでしょう。
あなたは
ご威光を天に置かれました。
あなたは
幼子と乳飲み子たちの口によって,
力を打ち建てられました。
それは,
あなたに敵対する者のため,
敵と復讐する者とを
しずめるためでした。
あなたの指のわざである天を見,
あなたが整えられた
月や星を見ますのに,
人とは,
何者なのでしょう。
あなたがこれを心に留められるとは。
人の子とは,
何者なのでしょう。
あなたがこれを顧みられるとは。
あなたは,
人を,
神よりいくらか劣るものとし,
これに栄光と誉れの冠を
かぶらせました。
あなたの御手の多くのわざを
人に治めさせ,
万物を彼の足の下に置かれました。
すべて,羊も牛も,
また,野の獣も,空の鳥,
海の魚,海路を通うものも。
私たちの主,主よ。
あなたの御名は全地にわたり,
なんと力強いことでしょう。」
「 人とは何者でしょう。」
と詩編の作者のダビデは問います。
神は,人を創造されました。
神は,その人に
「栄光と誉れの冠」を与えました。
☆
イエスは,「人の子」を
ご自身に当てはめています。
(マタイ21:16)
そしてイエスに言った。
「あなたは,
子どもたちが何と言っているか,
お聞きですか。」
イエスは言われた。
「聞いています。
『あなたは
幼子と乳飲み子たちの口に
賛美を用意された。』
とあるのを,
あなたがたは
読まなかったのですか。」
○
永遠の喜び
(詩編16:7-11)
「わたしは主をたたえます。
主はわたしの思いを励まし,
わたしの心を
夜ごと諭してくださいます。
わたしは
絶えず主に相対しています。
主は右にいまし,
わたしは揺らぐことがありません。
わたしの心は喜び,
魂は躍ります。
からだは安心して憩います。
あなたはわたしの魂を
陰府に渡すことなく,
あなたの慈しみに生きる者に
墓穴を見させず
命の道を教えてくださいます。
わたしは御顔を仰いで満ち足り,
喜び祝い,
右の御手から
永遠の喜びをいただきます。」
神は,信じるものに,
復活と永遠のいのちを
与えて下さいます。
(使徒13:34,35)
「イエスを死者の中から復活させ,
もはや朽ち果てることがないように
なさったことについては,
『わたしは,ダビデに約束した。
聖なる,
確かな祝福をあなたたちに与える』
と言っておられます。
ですから,ほかの個所にも,
『あなたは,
あなたの聖なる者を,
朽ち果てるままにしては
おかれない』
と言われています。」
○
復活の予告
(詩篇16:9,10)
「それゆえ,私の心は喜び,
私のたましいは楽しんでいる。
私の身もまた安らかに住まおう。
まことに,あなたは,
私のたましいをよみに捨ておかず,
あなたの聖徒に
墓の穴をお見せにはなりません。」
キリストの復活を
示しているものとして,
死に対する
イエス・キリストの勝利と,
永遠の命を予告しています。
この詩篇16:9,10は,
使徒2:27で引用されています。
(使徒2:27)
「あなたは私のたましいを
ハデスに捨てて置かず,
あなたの聖者が朽ち果てるのを
お許しにならないからである。」
○
神の栄光(詩篇19)
(詩篇19:1)
「天は神の栄光を語り告げ,
大空は御手のわざを告げ知らせる。
昼は昼へ,話を伝え,
夜は夜へ,知識を示す。
話もなく,ことばもなく,
その声も聞かれない。」
詩篇19:1-6は,
自然界による神の証言です。
詩編の作者は,
自然界をただの「物」と見ないで,
ことばを語りかける
人格的な生きものとして
接しています。
天と地は,
神の栄光を現しています。
神の業,創造と摂理は,
ことばをとおして
世界に伝えられます。
神の創造の栄光については,
ベートベン作曲の
賛美歌が有名です。
♪ 「諸天は神の」(聖歌689)
「諸天は神の 尽きぬ栄え
世びとに 語れり
聞け 海のこれに応え
御神をほむるを
星は 神の命のままに
現れては消ゆ
日は神の 僕なるぞ
たたえよ
御神を たたえよ 御神を」
○
キリストの受難の詩 (詩篇22)
(詩篇22:1,2)
「わが神,わが神。
どうして,
私をお見捨てになったのですか。
遠く離れて
私をお救いにならないのですか。
私のうめきのことばにも。
わが神。
昼,私は呼びます。
しかし,
あなたはお答えになりません。
夜も,私は黙っていられません。」
この詩篇の状況は,
ダビデの苦難だと言う人もいます。
前半は,
イザヤの「受難のしもべ」に
似ています。
後半は,救い主,神への
賛美となっています。
イエス御自身が,
十字架でこの言葉を
叫ばれています。
(マタイ27:46)
「 三時ごろ,イエスは大声で,
『エリ,エリ,
レマ,サバクタニ。』
と叫ばれた。
これは,
『わが神,わが神。
どうしてわたしを
お見捨てになったのですか。』
という意味である。」
イエスの死の言葉,
敵の嘲笑,手と足の裂かれること,
着物が分けられることは,
イエスの十字架の姿です。
○
羊飼いの詩篇
(詩篇23)
ダビデの賛歌
「主は私の羊飼い。
私は,乏しいことがありません。
主は私を緑の牧場に伏させ,
いこいの水のほとりに伴われます。
主は私のたましいを生き返らせ,
御名のために,
私を義の道に導かれます。
たとい,
死の陰の谷を歩くことがあっても,
私はわざわいを恐れません。
あなたが
私とともにおられますから。
あなたのむちとあなたの杖,
それが私の慰めです。
私の敵の前で,
あなたは
私のために食事をととのえ,
私の頭に
油をそそいでくださいます。
私の杯は,あふれています。
まことに,私のいのちの日の限り,
いつくしみと恵みとが,
私を追って来るでしょう。
私は,いつまでも,
主の家に住まいましょう。」
この詩篇は,
旧約聖書の詩篇の中で
最も有名です。
多くの賛美歌が,作られています。
新約聖書では,
イエスがご自身が
「良い羊飼い」と言いました。
「主の家に住まいましょう」
(詩篇23:6)は,
「わたしの休息は主の家にある」,
「わたしの戻る場は
主のいえである」と,
翻訳されています。
イエス・キリストによって,
私たちは自由に神と交われるように
してくださっています。
○
栄光の王が来られる(詩編24)
(詩編24:7-10)
「門よ。
おまえたちのかしらを上げよ。
永遠の戸よ。
上がれ。
栄光の王がはいって来られる。
栄光の王とは,だれか。
強く,力ある主。
戦いに力ある主。
門よ。
おまえたちのかしらを上げよ。
永遠の戸よ。
上がれ。
栄光の王がはいって来られる。
その栄光の王とはだれか。
万軍の主。これぞ,栄光の王。」
この詩編は,
キリヤテ・エアリムに
一時安置されていた契約の箱が,
エルサレムに入れられたことを
記念して歌ったものです。
私たちにとっては,
栄光の王が再び来られるときの
賛美ともみることが出来ます。
(黙示3:20)
「見よ。
わたしは,戸の外に立ってたたく。
だれでも,
わたしの声を聞いて
戸をあけるなら,
わたしは,彼のところに入って,
彼とともに食事をし,
彼もわたしとともに食事をする。」
○
「助けを求める嘆きの詩。」
(詩篇25)
(詩編25:16-18)
「私に御顔を向け,
私をあわれんでください。
私はただひとりで,悩んでいます。
私の心の苦しみが
大きくなりました。
どうか,
苦悩のうちから
私を引き出してください。
私の悩みと労苦を見て,
私のすべての罪を
赦してください。」
ダビデは,罪に悩み,
幾度も落胆します。
私たちもまた
神のあわれみによって,
「悩みと労苦」から
救い出してくださいと祈る者です。
♪ 「主よわが心は」
(新聖歌193)
1.
主よわが心は ただ主を仰ぎ
ただ主に望みを つなぎて頼る
敵に必ず 勝利をば与えず
恥(はじ)をわれより
遠(とお)のかせ給え
2.
主よ汝(な)が大路(おおじ)を
われに知らしめ
汝が真実(まこと)をもて
導き給え
救いの神よ 汝が愛は今も
昔のごとく
絶(た)ゆることあらじ
3.
若き日の咎(とが)は 思い給わず
ただ汝が恵みを しもべに賜え
恵み豊(ゆた)けく
正義なる御神は
へりくだる者 導かせ給わん
4.
罪あるこの身に
赦(ゆる)しを賜え
わが罪は深く また大いなり
かしこむ者は 常に教えられ
幸いに住み
また地を嗣(つ)ぐべし
5.
主は主を畏(おそ)るる者と
親(した)しみ
その聖(きよ)き旨(むね)を
打ち明け給う
憐れみ給え
主をば仰ぐ身を
一人わびしく
苦しむわが身を
6.
主よわが心の 悩みをゆるめ
わが罪ことごと 消し去り給え
敵の激(はげ)しく われを憎みつつ
押し寄するをば みそなわし給え
7.
わが魂をば 助け給う主よ
きよきと誠実(せいじつ)われに与えよ
願わくは主よ 汝が民顧(かえり)み
その悩みより 救い出し給え
○
主はわたしの光
(詩編27:1-4)
「主はわたしの光,
わたしの救い,
わたしは誰を恐れよう。
主はわたしの命の砦,
わたしは誰の前に
おののくことがあろう。
さいなむ者が迫り,
わたしの肉を
食い尽くそうとするが,
わたしを苦しめるその敵こそ,
かえって,
よろめき倒れるであろう。
彼らがわたしに対して
陣を敷いても,
わたしの心は恐れない。
わたしに向かって
戦いを挑んで来ても,
わたしには確信がある。
ひとつのことを主に願い,
それだけを求めよう。
命のある限り,
主の家に宿り,
主を仰ぎ望んで喜びを得,
その宮で朝を迎えることを。」
イエスご自身が,
「わたしは,世の光です」
と言っています。
(ヨハネ8:12)
「イエスはまた
彼らに語って言われた。
『わたしは,世の光です。
わたしに従う者は,
決してやみの中を歩むことがなく,
いのちの光を持つのです。』」
○
「助けを求める祈り」(詩篇28)
(詩篇28:7)
「主は私の力,私の盾。
私の心は主に拠り頼み,
私は助けられた。
それゆえ私の心は
こおどりして喜び,
私は歌をもって,
主に感謝しよう。」
祈りに答えてくださる
感謝の賛美です。
♪ 「わたしが悩むときも」
(ワーシップ)
「わたしが悩む時も
日々力を与え あふれる恵みを
主は満たしてくださると 信じて
わたしは今 すべてを主に委ね
喜びに満たされて
この日も過ごします」
2017.2.6