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ロシアによるウクライナ侵攻の教訓として、多くの論者が「自分の国は自分で守る」重要性を語る。しかし、不安が募る。この国は大丈夫なのかと。
NHKはじめ地上波には、ウクライナの応戦を批判する大学教授や弁護士コメンテーターが連日出演する。BS放送も例外でない。
東大先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏が、男性司会者に次のように問うた。「自国が侵略されたときに、国民が抵抗するのが、そんなに不思議ですか」(3月16日放送)。後は推して知るべし。
問題はメディアだけではない。当初、在日ウクライナ大使館がツイッター上で、「自衛隊など専門的な訓練の経験を持つ人」を対象に「義勇兵」を募ったが、日本政府は「ウクライナ全土に退避勧告を発しており、目的のいかんを問わず渡航を止めていただきたい」と冷や水を浴びせた。
ならば、現地で取材を続ける日本人特派員らはどうなのか。なぜ、NHKにも「渡航を止めていただきたい」と言わないのか。
あるいは、ウクライナが組織した「ITアーミー」への〝リモート義勇兵〟なら許されるのか。それとも、日本政府はサイバー空間での〝参戦〟すら止めるのか。あるいは平和憲法がそれを許さないのか。
日本には、米電気自動車大手テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)らと交渉した、ウクライナのミハイロ・フェドロフ副首相(兼デジタル担当)のような政治家もいない。それどころか、パソコンも使えない高齢者が平然とIT担当相に就く。
最大の問題は、命と平和の大切さだけが語られる日本の現状だ。
例えば、「人間は避けることのできない死を避けようとして、避けることのできる罪を犯す」(アウグスティヌス)とは、決して考えない。
ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は英議会での演説で『ハムレット』を引き、「生きるべきか、死ぬべきか」と問うた。だが、後に続く以下のセリフを、多くの日本人は知らない。
「どちらが男らしい生きかたか、じっと身を伏せ、不法な運命の矢弾を耐え忍ぶのと、それとも剣をとって、押しよせる苦難に立ち向い、とどめを刺すまであとには引かぬのと、一体どちらが」(シェークスピア『ハムレット』新潮文庫)
―いまは「男らしい」ではなく、「高貴な」と訳した方がよいかもしれない。
いずれにせよ、英国エリザベス朝時代を代表する作家と、(国際法上許された自衛権行使すら批判する)令和日本の学者やコメンテーターとの乖離(かいり)は本質的である。
「戦争反対」しか言えない連中は男らしくない。いや、高貴でない。つまり卑しい。
「自分は守るが他人は助けない」。
命が助かれば、それでよし…。何とも卑しい。少なくとも私は剣を取り、後には引かぬ。 =おわり
■潮匡人(うしお・まさと) 評論家・軍事ジャーナリスト。1960年、青森県生まれ。早大法学部卒業後、航空自衛隊に入隊。第304飛行隊、航空総隊司令部、長官官房勤務などを経て3等空佐で退官。拓殖大学客員教授など歴任し、国家基本問題研究所客員研究員。著書・共著に『安全保障は感情で動く』(文春新書)、『誰も知らない憲法9条』(新潮新書)、『尖閣諸島が本当に危ない!』(宝島社)など。
以上、ZAKZAK記事
日本では、平和ボケした思考を持った人がTVで洗脳されている。
日本人は、死生観を変えないと日本を守れないと思う。
日本人は、侍にならないと日本防衛できない。
In Japan, people with peaceful thoughts are brainwashed on TV.
I think that Japanese people cannot protect Japan unless they change their view of life and death.
The Japanese cannot defend Japan without becoming a samurai.
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