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[政治短評]もはや「核」ではない?

2010-04-08 22:57:11 | マネー&ポリティックス
US and Russian leaders hail nuclear arms treaty (BBC News)
Nuclear milestone on a long, long road (BBC news)
U.S.-Russia Nuclear Pact Is A 'Reset' For Old Rivals (NPR)


歴史を振り返ると、20世紀は軍拡と軍縮の100年だったといえるでしょう。ナポレオン戦争後、
比較的大規模な戦争がなかった平穏なヨーロッパにおいては、ドイツは軍備拡張を図りました。
アジアでも列強へ追いつき追い越せを目指した日本も同じ道を歩みだしました。一方で当時の
大国イギリスもドイツの拡大を阻止すべく、軍事力の強化を図っていきます。それが1914年に
第一次世界大戦という形に結晶化されました。

この終結後、戦勝国はまずドイツの軍縮を図り、その後の平和な世界を構築するムードの中、
ロンドンやワシントンでの軍縮会議にて、海軍の兵力の縮小を図りました。これにより、
明治維新以降その軍事力を強めていった島国の日本が、重要な海軍を減らされました。
この軍縮により手足を縛られた日本とドイツが、結果的にはその呪縛を自ら破り、第二次大戦へ
繋がりました。

第二次世界大戦では、アメリカが核兵器を2回使用したことで、戦後に核兵器の開発競争が
米ソの間で行われました。それは東西冷戦下の支配圏拡大競争と相まって、世界で3回目の
核兵器の使用がなされるかもしれないというところまで行きました。その後、軍拡競争と
代理戦争による財政的な疲労、そして世界的な反戦運動の流れにより、米ソは核軍縮へと
歩み寄りました。

そして2010年、東西冷戦の主役であったアメリカとロシアは新たな核軍縮を図る条約がまだ春が浅い
プラハで締結しました。この条約では、米露ともに核弾頭の上限を1,550とすることが規定されています。
冷戦の終了とソ連邦が崩壊してから20年以上経ち、多少の対立点はあるにしても、米露はもはや
かつてみたいに罵り合い、脅し合うような関係ではなくなりました。そして、その脅しの道具であった
核兵器を持ち続けることも、時代遅れになったことを米露は悟りました。それが今回の条約の本当の
意味ではないかと思います。

しかし、この核軍縮がそのまま核のない世界へ繋がるわけではありません。それどころか、アメリカは
この条約締結に先立ち、核の使用を制限する、BBC曰く「オバマ・ドクトリン」を発表しました。
Obama limits US nuclear arms use (BBC News)
これは決してアメリカは今後核兵器を「使わない」というものではありません。BBCの記者がこのドクトリンの
特徴を端的に表しています。

The document is carefully worded - it limits the use of nuclear weapons but
carves out exceptions to use them against countries that break the rules -
in other words countries like North Korea and Iran.


つまり、核のない世界を目指すために、核を持ちたがっている、或いはNPT違反を繰り返す法破り国家、
現状ではイランや北朝鮮のことですが、に対しては核で制する、とアメリカは高らかに宣言したのです。
それは、今後アメリカは核弾頭をロシアではなく、ブッシュ前大統領が言ったところの「ならず者国家」へ
照準をあわせても良い、ということになります。

また、イランや北朝鮮のような「オールドスタイルの敵」がある一方で、現在アメリカやロシアが本当に
敵対しているのは、見えない敵、掴みどころのない敵であるテロ集団ではないかと思います。先ごろ、
モスクワの地下鉄を標的としたテロ事件があり、コーササスのイスラム系反政府組織が犯行声明を
出しました。また、アメリカでも今日、一時は新たな飛行機を使ったテロではないかと思わせた機内での
騒動が発生しました。そうでなくても、縮小計画を持ちながらも、アメリカはイラクやアフガニスタンでは
テロ組織と対峙しており、特にアフガニスタンでは未だに明確な勝利を収められていません。

そのような時代にあって、アメリカもロシアも、低いモビリティと高いコストのある核兵器をいつまでも
所有しておくことは得策ではないと考えているはずです。皮肉なことに、冷戦終結によって、というより、
むしろ、冷戦後のテロと背中合わせの複雑化した世界になったことが、今回の核軍縮条約の締結を
促したのではないでしょうか。そう考えると、冷戦期と違い、核兵器がもはや世界政治の核の座から
陥落した印象を受けます。

アメリカのオバマ大統領は条約締結式典において、

This ceremony is a testament that old adversaries can forge new partnerships.

と語り、アメリカとロシアの未来志向の関係を強調しました。それは同時に

New partnerships will forge new adversaries.

のはじまりにすぎないのかもしれません。核兵器がない世界は平和な世界を意味するものではなく、
ただ単に、世界の恐怖と平和の象徴が、核兵器から違うものへ変わっただけなのです。

核軍縮核不拡散の法と政治―黒澤満先生退職記念
納家 政嗣,阿部 信泰,天野 之弥,岩田 修一郎,吉田 文彦,梅本 哲也,小川 伸一,佐渡 紀子
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