
初夏の風
ベンチで本を読んでいた 初夏の風が気持ちいい日
遠くで誰かが僕を見ていた 誰だろう知らない顔だ
僕は見ていないふりをして 本に目を戻した
やがて彼は近づいて来て 真澄ちゃんだよね と言った
僕は顔を上げて彼の顔を見た やっぱり知らない奴だ
僕を真澄ちゃんと呼ぶのは高校時代の悪友たちだけだ
だがこの大学に進学したのは僕一人の筈
どうして僕の名前を知っているの と尋ねると
二年前くらいからライブハウスに出てたよね
女の子達が騒ぐから見に行った事があるんだ
確かにそんな時期もあった 四人でバンドを組んで
僕はいい意味でも悪い意味でも目立っていた
祖父がロシア人のせいか 僕の容姿は他人と違う
所謂クオーターなのだが 一番祖父の血を色濃く受け継いだ
そのせいか肌は白く 目の色も明るい茶色だ
子供の時から女の子によく間違えられる
名前も女の子にも付けられる名前だからか
けれど僕は祖父がつけてくれたこの名前が好きだ
使っていたギターも祖父のお下がりだ
僕が高三になる直前に他界してしまったが
それで僕に何か用? 僕は率直に尋ねた
実は昨日君を見かけて 人違いかとも思ったんだけど
それはそうだろうあの頃 どうせならもっと目立とう
という友達に誘われて 髪を伸ばし化粧までしていた
大学に入ったら絶対バンドを組みたいと思ってたんだ
メンバーは大体揃ったけど 肝心のボーカルが居ない
君はギターも上手いけど 歌も良かった
それに君が入ってくれたらバンドも華やかになる
華やかね だっていい曲作っても聞いてもらえなきゃ
考えておいてくれ 他のメンバーに紹介するから
彼はそう言って立ち去った 風がかさかさと葉を揺らした
そういえばアイツらも 大学でまたバンドを組んだらしい
今度はどんなバンドなんだろう ふと思った
祖父が死んでいろんな事があったから 忘れていたな
僕は目立つのは嫌いじゃない 歌うのも好きだ
彼の集めたメンバーに会ってから決めようかな
名前聞いて無かった まあいいか
僕は本を閉じベンチを立った 風が頬を撫でる
また何かを始めるのには良い季節だと思った