夫の母が倒れたら

ある日、突然。備忘録。

15

2019年07月15日 | 日記
A叔母の姿を見て、脱力した。

自分がどれだけ気合を入れたところで、本当の家族に勝てるわけがない。
しかも、私は嫁として…姑さんから気に入られているわけでもない…
嫁としての責任感に押しつぶされそうになっていたくせに、
自分のテンションがだだ下がり。
(夫には、空気先読みすぎだろ。と叱られるところだ。空回り嫁。)


嘔吐の勢いが落ち着いた姑は、その後また静かに眠りについた。
普段着の袖が肘までまくれていたので、近寄って直そうとすると
腕中に広がる青いアザが目についた。

??これなんだ??

たぶん、点滴がうまく刺さらなかったんでしょうねぇ…
おばあちゃん(姑とA叔母の母)もそうだったわ…

A叔母が首を伸ばして言う。
血管が細いため、うまく針が刺さらなかったり点滴の液が漏れることは
よくあるらしい。
その痕が、皮膚を青くする、とも。


「カオルは、朝からロールパンを4つも食べたのよ。大食漢ね、誰に似たのかしら?」

A叔母がニコニコと笑いながら言う。
姑がこんな状況でも、我が子はモリモリと食べていて、
それを微笑ましいと思ってくれる人がいる。


そうなんですよ、あの子はとてもたくさん食べる子で。
こんな時に、ニコニコ笑いながら返事をする私がいる。






14

2019年07月14日 | 日記
グゥエエエエエエエ…

大きなオウムが鳴くような音とともに、姑が嘔吐を始めた。
慌ててプラスティックの容器を口元に運んだが、パジャマとシーツに
薄黄色の液体が散る。

背中をさすっていいのか、余計なことだろうか?
…左手を前に出せない。
これが私の母だったら躊躇しないのに…と、小さく丸い背中を見ながら考えていた。

あ、ナースコール!
私が気づくよりも早く、姑が懸命にナースコールを押した。

先ほどとは別のナースさんがやってきて、

「気持ち悪いですねー、大丈夫ですよー、」

と言いながら姑の背中をさする。



私と夫があっけにとられる間、ナースさんは姑の落ち着く様子を見計らって
「ちょっと汚れちゃったシーツの上に敷く、マットをとってきます」と個室を出て行った。
いつの間にか個室に入ってきていたA叔母が、姑の背中を優しくさすりながら
寄り添っている。





13

2019年07月13日 | 日記
救急入口ではない自動ドアから入っていくと、院内は昨夜と全く別の場所だった。
子どもの泣き声や順番を待つ人たちでザワザワする外来。
チェックのベストに黒いパンツスタイルで、案内担当の方が行き交う。

夫とふたり、北側の病棟エレベーターに向かい無言で乗り込んだ。
6階で降りて無人のナースステーションを通りすぎ、
姑の名前が書かれた小さなプレートを確認して個室のドアを開けると、
予想に反しA叔母の姿はなかったのでホッとする。
姑は白い部屋の中で、点滴のバッグを二つもぶら下げて眠っていた。

「お義母さん、まだ寝てるんだ…」

正月でも早寝早起きの姑が。
珍しいこともあるんだなぁと寝顔をのぞいて、パイプ椅子に腰かける。


かすかにノックの音がしてドアが開き、背の高いナースさんがおはようございます、
と頭を下げた。今どき回診もパソコン同伴らしい。

「お世話になります、いかがでしょうか」

会釈して姑の様子を伺うと、ナースさんは点滴を指さしながら言った。

「昨日はなかなか吐き気がおさまらず、点滴で吐き気どめを入れています。」

「あれから、まだ吐いていたんですか?」

「そうですね、明け方も…」

音は立てずにテキパキと手を動かしながら、パソコンに何やら打ち込んでいく。
昨夜も思ったけれど、この病院のナースさんは綺麗だなぁ、と
徹夜明けだろう色味のない頬に見とれた。

「もうすぐ日勤の者と交代しますので」

仕事に集中しているせいか見られるのに慣れているのか、動じない態度で
最後に点滴の目盛りを見ると、夜勤のナースさんは静かに出て行った。


「今のも美人だったなぁ。昨日の人は、黒い下着が透けてたし」

ニヤついた夫がひとりごちる。こんな時に。いつものことながら呆れる。


「お義母さん、ずっと吐いてたんだね」

「悪いもんでも食ったのかな?…デパ地下で、何買ってたっけ」

あっけらかんと夫は言い、スマホのゲームを始めたその時…

12

2019年07月12日 | 日記
某月某日;

翌朝6:00に、携帯の目覚ましをセットしておいた。

少しずつ音量が大きくなるアラーム音。
最大のボリュームになったところで、ようやく手を伸ばす。
隣で眠る夫はと見ると、身じろぎひとつせず目覚める気配はない。
ギリギリまで寝かせておくか、と静かに体を起こすと、
首の後ろと肩に痛みが走る。
昨夜の緊張と、長時間病院の廊下に座っていた疲れが堪える。
体全体が硬くて重い。

でも、そんなことを言ってはいられない。
数分前にA叔母のラインが入っていた。

『カオルはもう少し寝かせておきます。私はできるだけ早めに病院に行くから』


自分の化粧まで済ませて声をかけると、夫はうーん、と覇気のない伸びをして
ベッドを降りた。

「おばさん、もう向かってるみたいよ、」

「…なんか食べるもんある?」

「今!?」

叔母が朝一で見舞うのに、私たちがのんびり後から顔を出すわけにはいかない。
夫の食べる分くらい、病院の売店で買ったってかまわないと考えていた。
いい嫁ぶろうと焦る妻の心を見透かして夫が言う。

「そんなに急がなくても。おばさんは、自分が心配だから行くんだろ?」

「そりゃそうかもしれないけど…」

私の身にもなってほしい。
今回は緊急事態だ。温厚なA叔母だって、普段とは違う心境に違いない。
姑も、慣れない病院の個室で不安になり、苛立っているだろう。
姑の貴重品や携帯はすべて実家に持ち帰ったので、様子は想像するしかないけれど
やり場のない感情をぶつけられるのは、嫁なんだよ。

「わかったよ、急ぐから」

トーストしていないスライス食パンをかじり、新聞のスポーツ欄をめくりながら
シュガースティック3本入りカフェオレをすすったあと、夫がつぶやく。

「トイレ。」


顔には出さず、そっぽを向いて溜息。
個室のため、姑の面会時間に制限はないとナースさんの説明を受けて、
7:00に出発しようと言ったのは夫なのに。

居間のレトロな柱時計がボーンと鳴って、7:30を告げる。
寝不足でむくんだ顔の私とは対照的にスッキリした顔の夫が、「行くか」と立ち上がった。

11

2019年07月11日 | 日記
実家の重いドアを手前に引くと、しんと冷えた空気に包まれる。


・・・「『こんにちは』じゃなくて、『ただいま』と言いなさい!」

帰省するたび、この玄関で聞いた言葉。
姑本人は無意識ながら、口調や語尾はいつも断定的で圧が強い。
私が『ただいま』と自然に言えるようになったのは、子どもを産んでからだ。
いつも伏し目がちになるのは、ささやかな抵抗。

新婚当初、急激に距離を縮めようとする夫の両親に驚き、支配されるようで辛かった。
私は人見知りする方ではないけれど、義理の親子という大切な間柄だからこそ
じっくりと関係をあたためたかったのに。

「ヨウコのとこ(の嫁姑)は、韓国のドラマみたい」と憐れむ、私の母。
「でも長男の嫁だから、しかたないね」と続けるのは、母も苦労したひとりだからか。
「昭和か!ってね笑」私も陽気なフリで答える。・・・


厚底の靴をぬいでホッとした夫が、軽口をたたいた。

「お・つ・か・れ・さん♪ だいじょーぶ、今日は襲わないよ♡ …俺もつかれてるからさ」

冗談じゃない。
日中も姑の顔を見て、夜も呼び出された。とてもじゃないけど、そんな気になるか。
色よい反応がないのを見た夫、上目遣いで口をとがらせる。

「悪かったよー、ホント冗談。一本飲んで寝よう」

そうそう、いつも冗談か聞いていないかどっちかだ。
ずーっと隣にいても、一度も姑舅さんの小言から私を守ってくれなかったわ。

「…これから飲むんなら、明日の運転は私ね。」

こんな時間に飲み始めたら、アルコールが朝までに分解されない。
そのくらいわからないのかという腹立たしさと、
息子としては、飲まなきゃやってられないだろうなという同情心。
これ以上口を開けばケンカになる。
洗顔と歯磨きして眠ろうと、気持ちを切り替えた。