第7話『夏実とおじいさん』
「ごめんね……。私がもう少し力があったら、どうにかできたんだけど……」
服の中に隠したナナへ、心配そうに話しかける。
「夏実ちゃん、大丈夫だよ……」
大丈夫じゃないから、こういう状況になっているのに……。
ふと周りの視線が気になり、服の中に隠しているが、ナナを抱きかかえるように覆った。
だれも気にしている様子はなく、ホッとする。
猫なんてここに連れてきているなんて、バレたら大ごとになる。
いざとなったら本に戻せば、隠し通せるけど、常に周りを気にしていた。
「夏実ちゃん、苦しい……」
「……ちょっと黙っていてよ」
私の不安を気にする様子もなく話しかけてくるナナに、小声で話して黙らせようとした。
ナナの言葉なんて、魔術が使えない人には内容は聞き取れないが、結局『鳴き声』として聞こえてしまう。
だから、ナナにはあまり喋らないでほしかった。
人の動きを気にしながら左腕でナナを押さえ、券売機に手を延ばす。出てきた切符を手に、そのまま改札口を通り抜けた。
少しでも人を避けようと改札口付近から離れ、ホームの先端へ急いだ。動物なんて電車に乗せられない。だからナナを服の中に隠すしかなかった。
「夏実ちゃん、電車来ちゃう」
「あれは違う。温泉の方に行っちゃうよ」
のんびり行ってみたいけど、今日の目的はそっちじゃない。電車を乗り継いで、向かいたいところがある。
服の中からナナが落ちないように抱えながら、目的の電車が来るのをぼんやり待っていた。
「——夏実ちゃんが、百瀬家最後の魔術師だろね」
突然、ナナが不安そうな声で漏らした。ちょっとドキッとした。
「もし、なれたらね……」
私だって、なれるか不安がある。けど、目標のためにはやるしかないと思っている。
来た電車に乗り込み、比較的空いていたので、ナナの存在を気遣って端の方に座った。
こちらに視線が集まることがなく、安心してナナのことに集中できた。
「夏実ちゃん、お腹空いた……」
車内では全く話さなく、やっと話しかけてきたのは乗換駅に着いたときだった。
「まだ、お昼前だよ?」
ナナが主張したいことは分かっていた。すぐそばで駅弁を売り歩いているからだ。
でも朝ご飯だって、ちゃんと食べたし、それに……。
「ナナは食べなくても平気でしょう」
「だって……。何か食べたい……」
ここのところ、ナナの調子が悪いから、こうやって電車を乗り継いで遠くまで来ているのに。
本当に調子が悪いのか、疑ってしまう。
駅弁は即座に諦めさせ、乗り継ぎの電車に乗れた。あとは、到着駅で降りられたら大丈夫。
降りた駅は、新幹線も止まるから人で混雑していた。
ナナを抱きかかえながら、待ち合わせている人を捜索。
大広場を待ち合わせ場所にしており、辺りを探し回る。
そこへ自分の名前を呼ぶ男の声が聞こえ、その姿を確認すると一直線に走り出し抱きついた。
なかなか会えないでいたから、その姿を見られただけでも嬉しかった。
ナナの不調を言い訳に「一人で行く」と言いだしたけど、無事にたどり着けたことも、喜びの中にあった。
「夏実も元気そうだな」
「おじいちゃんこそ」
でも、何か違和感を抱いていた。
「な、夏実ちゃん……」
「……あっ。ごめん」
まだナナを服の中に入れたまま抱きついたから、挟み打ちにしてしまった。
駅の駐車場に止めてあった、軽トラックに乗り込んだ。もう隠す必要が無くなったので、車内でナナを出してあげた。
「苦しかった……」
相当息苦しかったのか、大きく息を吐き出す様子に、祖父は苦笑いする。
「ナナも生き物らしい反応をするようになったな」
その言葉を返すことなく、ナナはふて腐れるように窓の外を見た。
「確かに、夏実の言うとおり調子が悪そうだな」
「おじいちゃん、分かるの?」
「そうじゃな……。詳しくは、家に帰ってから見てみるか」
百瀬家最後の万能な魔術師。私も祖父みたいになれたらいいのに。
「私も治そうと思ったけど、全然できなくて……」
「夏実も魔術書のメンテナンスが、できるようになればいいが、まだ難しいだろう」
私には、また使いこなせるだけの力がない。結局、祖父頼りになってしまっている。
「せっかく来てくれたんだ。少しずつ教えてあげるよ」
「そうだね。いろいろ魔術教えてね!」
祖父の柔やかな表情に、安堵しながら車に揺られた。
祖父の家は山奥にあり、車窓はあっという間に深い森林へと切り替わっていった。
ナナは、また車中では話さなくなった。
細い道から外れ、木々に囲まれた木造二階建ての横に車を止めた。
グッタリしているナナを抱きかかえて降りると、まだ夏なのに、ひんやり涼しかった。
家の中に入る祖父の後を追い、古びた家屋へ入っていった。
中は和風作りで、小さい頃から遊びに来ているから、家の間取りは把握している。
けど地下室は「危ないから入るな」と強く言われおり、そこだけは何があるか不明だった。
居間にあるテーブルを囲むと、中心に抱えていたナナを置いた。
「ナナは預かっておく」
祖父はナナを連れて奥の部屋に入っていた。学校などでナナと離れる時間は、日常的によくある。ほんのちょっとの時間だと分かっているけど、すごく切なく感じた。
祖父の腕だったら大丈夫なんだけど、ナナが戻ってこないように思ってしまった。
今日は祖父しかいない家の中を、当てもなく歩き回った。そうしたところで不安が拭えるわけでもなく、ナナが良くなるわけでもなかった。
廊下を歩いていると、何かに引き寄せられる感覚があった。逆らうことなく近寄ってみると、地下室の方からだった。
階段から下は照明が消されているので当然暗く、地下室の様子は分からなかった。
入らなければ少し見るくらいはいいだろうと、柱に捉まり階段下を覗き込む。
小さいときには感じなかったが、異様な雰囲気が漂っていた。
「あっ……!」
もう引き返そうと思ったが、階段を踏み外した。そのまま階段を転げ落ちてしまった。
「いたい……」
階段の下は本が山積みになっていて、そこへ転がり落ちた。
痛みは多少あるけど、体は動かせるから折れてはいないみたいだ。
衝撃で落ちてきた一枚の紙が、頭の上に乗っていた。手に取って薄暗い中で見てみたが、筆記体の英語で書かれている。なんて書いてあるか読めない……。場所も分からない古い地図としか読み取れなかった。
「どこかの島かな……」
古地図と一緒に古そうな本を掻き分けて、痛む体を耐えながら起こした。
故意ではないが、初めて入った地下室。階段からの明かりだけが差し込み、広さも分からない。そして、何が置いてあるかも分からなかった。ただ、匂いから古い本が多く積まれているのは分かっていた。祖父が書庫として使っているのだろうと思う。
早く上に戻らないと、祖父に怒られる。それは十分理解していた。けど、一冊気になる本が大事そうに置いてあった。
その本はとても厚く、片手で持てそうな大きさではなかった。広辞苑みたいな国語辞典ではなさそうだった。なぜなら、暗闇でも光り輝いて見えていたからだった。
好奇心を誘うような本に、恐る恐るその本へ手を伸ばそうとした。
第7話の結末は「きとぅん・はーと」にて公開
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「ごめんね……。私がもう少し力があったら、どうにかできたんだけど……」
服の中に隠したナナへ、心配そうに話しかける。
「夏実ちゃん、大丈夫だよ……」
大丈夫じゃないから、こういう状況になっているのに……。
ふと周りの視線が気になり、服の中に隠しているが、ナナを抱きかかえるように覆った。
だれも気にしている様子はなく、ホッとする。
猫なんてここに連れてきているなんて、バレたら大ごとになる。
いざとなったら本に戻せば、隠し通せるけど、常に周りを気にしていた。
「夏実ちゃん、苦しい……」
「……ちょっと黙っていてよ」
私の不安を気にする様子もなく話しかけてくるナナに、小声で話して黙らせようとした。
ナナの言葉なんて、魔術が使えない人には内容は聞き取れないが、結局『鳴き声』として聞こえてしまう。
だから、ナナにはあまり喋らないでほしかった。
人の動きを気にしながら左腕でナナを押さえ、券売機に手を延ばす。出てきた切符を手に、そのまま改札口を通り抜けた。
少しでも人を避けようと改札口付近から離れ、ホームの先端へ急いだ。動物なんて電車に乗せられない。だからナナを服の中に隠すしかなかった。
「夏実ちゃん、電車来ちゃう」
「あれは違う。温泉の方に行っちゃうよ」
のんびり行ってみたいけど、今日の目的はそっちじゃない。電車を乗り継いで、向かいたいところがある。
服の中からナナが落ちないように抱えながら、目的の電車が来るのをぼんやり待っていた。
「——夏実ちゃんが、百瀬家最後の魔術師だろね」
突然、ナナが不安そうな声で漏らした。ちょっとドキッとした。
「もし、なれたらね……」
私だって、なれるか不安がある。けど、目標のためにはやるしかないと思っている。
来た電車に乗り込み、比較的空いていたので、ナナの存在を気遣って端の方に座った。
こちらに視線が集まることがなく、安心してナナのことに集中できた。
「夏実ちゃん、お腹空いた……」
車内では全く話さなく、やっと話しかけてきたのは乗換駅に着いたときだった。
「まだ、お昼前だよ?」
ナナが主張したいことは分かっていた。すぐそばで駅弁を売り歩いているからだ。
でも朝ご飯だって、ちゃんと食べたし、それに……。
「ナナは食べなくても平気でしょう」
「だって……。何か食べたい……」
ここのところ、ナナの調子が悪いから、こうやって電車を乗り継いで遠くまで来ているのに。
本当に調子が悪いのか、疑ってしまう。
駅弁は即座に諦めさせ、乗り継ぎの電車に乗れた。あとは、到着駅で降りられたら大丈夫。
降りた駅は、新幹線も止まるから人で混雑していた。
ナナを抱きかかえながら、待ち合わせている人を捜索。
大広場を待ち合わせ場所にしており、辺りを探し回る。
そこへ自分の名前を呼ぶ男の声が聞こえ、その姿を確認すると一直線に走り出し抱きついた。
なかなか会えないでいたから、その姿を見られただけでも嬉しかった。
ナナの不調を言い訳に「一人で行く」と言いだしたけど、無事にたどり着けたことも、喜びの中にあった。
「夏実も元気そうだな」
「おじいちゃんこそ」
でも、何か違和感を抱いていた。
「な、夏実ちゃん……」
「……あっ。ごめん」
まだナナを服の中に入れたまま抱きついたから、挟み打ちにしてしまった。
駅の駐車場に止めてあった、軽トラックに乗り込んだ。もう隠す必要が無くなったので、車内でナナを出してあげた。
「苦しかった……」
相当息苦しかったのか、大きく息を吐き出す様子に、祖父は苦笑いする。
「ナナも生き物らしい反応をするようになったな」
その言葉を返すことなく、ナナはふて腐れるように窓の外を見た。
「確かに、夏実の言うとおり調子が悪そうだな」
「おじいちゃん、分かるの?」
「そうじゃな……。詳しくは、家に帰ってから見てみるか」
百瀬家最後の万能な魔術師。私も祖父みたいになれたらいいのに。
「私も治そうと思ったけど、全然できなくて……」
「夏実も魔術書のメンテナンスが、できるようになればいいが、まだ難しいだろう」
私には、また使いこなせるだけの力がない。結局、祖父頼りになってしまっている。
「せっかく来てくれたんだ。少しずつ教えてあげるよ」
「そうだね。いろいろ魔術教えてね!」
祖父の柔やかな表情に、安堵しながら車に揺られた。
祖父の家は山奥にあり、車窓はあっという間に深い森林へと切り替わっていった。
ナナは、また車中では話さなくなった。
細い道から外れ、木々に囲まれた木造二階建ての横に車を止めた。
グッタリしているナナを抱きかかえて降りると、まだ夏なのに、ひんやり涼しかった。
家の中に入る祖父の後を追い、古びた家屋へ入っていった。
中は和風作りで、小さい頃から遊びに来ているから、家の間取りは把握している。
けど地下室は「危ないから入るな」と強く言われおり、そこだけは何があるか不明だった。
居間にあるテーブルを囲むと、中心に抱えていたナナを置いた。
「ナナは預かっておく」
祖父はナナを連れて奥の部屋に入っていた。学校などでナナと離れる時間は、日常的によくある。ほんのちょっとの時間だと分かっているけど、すごく切なく感じた。
祖父の腕だったら大丈夫なんだけど、ナナが戻ってこないように思ってしまった。
今日は祖父しかいない家の中を、当てもなく歩き回った。そうしたところで不安が拭えるわけでもなく、ナナが良くなるわけでもなかった。
廊下を歩いていると、何かに引き寄せられる感覚があった。逆らうことなく近寄ってみると、地下室の方からだった。
階段から下は照明が消されているので当然暗く、地下室の様子は分からなかった。
入らなければ少し見るくらいはいいだろうと、柱に捉まり階段下を覗き込む。
小さいときには感じなかったが、異様な雰囲気が漂っていた。
「あっ……!」
もう引き返そうと思ったが、階段を踏み外した。そのまま階段を転げ落ちてしまった。
「いたい……」
階段の下は本が山積みになっていて、そこへ転がり落ちた。
痛みは多少あるけど、体は動かせるから折れてはいないみたいだ。
衝撃で落ちてきた一枚の紙が、頭の上に乗っていた。手に取って薄暗い中で見てみたが、筆記体の英語で書かれている。なんて書いてあるか読めない……。場所も分からない古い地図としか読み取れなかった。
「どこかの島かな……」
古地図と一緒に古そうな本を掻き分けて、痛む体を耐えながら起こした。
故意ではないが、初めて入った地下室。階段からの明かりだけが差し込み、広さも分からない。そして、何が置いてあるかも分からなかった。ただ、匂いから古い本が多く積まれているのは分かっていた。祖父が書庫として使っているのだろうと思う。
早く上に戻らないと、祖父に怒られる。それは十分理解していた。けど、一冊気になる本が大事そうに置いてあった。
その本はとても厚く、片手で持てそうな大きさではなかった。広辞苑みたいな国語辞典ではなさそうだった。なぜなら、暗闇でも光り輝いて見えていたからだった。
好奇心を誘うような本に、恐る恐るその本へ手を伸ばそうとした。
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