第9話『ナナと五歳の夏実』
「なんで、あんなチビが主人なんだ!」
和室に置かれた座卓の下で、縁側の向う側に広がる夏空を不満げに見て思った。
座卓の下で隠れなくてはいけない原因がある。今日も変わらず、幼女の相手をすることになるからだ。
せめて、しっかりとした十七歳くらいの子と、パートナーになりたかった。
ぼくは、ある魔術師が原本を元に作られた複製本になる。誰とパートナーになるか、最初は楽しみだった。
しかし、実際に当てられたのは、魔術師の孫娘。それもやっと会話らしいことを言ってくれる三歳児。ショックでしかなかった。
二年もすれば人は成長するが、魔術を使えるかどうかなんて、まだまだ。一体何年かければ、魔術が使えるようになるのだろうか。
この孫娘が生まれてから、ずっと一緒に過ごした。五年もいれば、性格も掴めてくる。
そして、一緒にいてあげると、どうなるか……。子供は容赦がない。
なので、今日という日を平穏に暮らすために、あの子に見つからないようにしている。
久しぶりの魔術師宅へ帰省。この座卓の下で、のんびりしたい。
「ナナ、みっけ!」
「……!」
ぼくは慌てて逃げようと考えたが、前方を少女にふさがれている。けど、まだ三方向残っている。ここで隙をみて脱出する手はある。
けど、ここは座卓の下。いくら五歳児でも、素早く入ってこられない。ひとまず様子を見よう。
「ねえ、遊ぼ」
遊ぶって……。こないだは、追いかけ回されただけだったし、こっちが疲れる。
「嫌だね!」
さてと……。どうやって、このピンチを乗り切るか。
「夏実! お昼ご飯だから、こっちに来て。おじいちゃんも待っているよ」
おお、これは救いの女神の声。
「ほら。ママが呼んでいるから、行ってあげなさい」
「はあい……」
隣の部屋から聞こえてきた母の声に呼ばれて、和室から出て行った。助かった……。
これで、もう少し寝ていられるかな……。
「……ん?」
「つかまえた!」
しまった、寝過ごした。気付いたときには座卓の下から引きずり出され、夏実に抱えられていた。
必死にもがいたが、お腹周りに手を回されて、なかなか抜け出せない。
「ママの所に行ってな」
「だって。ナナと遊んでいなさいって、言うんだもん」
「悪魔の言葉を、素直に聞き入れるな!」
ぼくのことは聞いてくれないが、母の言うことは聞いてくれるのか。
「じゃあ、お姉ちゃんは?」
「はるねーは、お手伝いで忙しいの」
だったら、お前も手伝えよ。
「だから、仲良く遊ぼ」
しょうがない、奥の手を使うか。
「いたいっ……!」
夏実は引っ掻いた左腕を抑えて、今にも泣きそうだった。
「馴れ馴れしくするなんて、十年早いんだよ」
目に涙は溜めていたが、泣き声は上げることはなかった。
「自然魔術も操れないチビに、いいように使われたくないね!」
「どうしたら、仲良くしてくれる?」
「一人前の魔術師になったら、仲良くしてあげるよ」
ずっと……何年も先の話だろうけどね。
「……わかった」
それなら良し。物分かりのいい娘で良かった。
「とりあえず、遊ぼ」
「ぼくの話、理解したのか!」
夏実の目を盗んで、雑草が生い茂る庭に逃げ込んだ。
この庭は広いから、そう簡単には見つからないだろう。ちょうどいい草むらを見つけて、身を潜めた。
「まって!」
そう言われて、待つわけがない。夏実に見つからないように、場所を転々とした。
一際、大きな草が生えている箇所を見つけた。ここなら、しばらく隠れていられるだろう。
そういえば、夏実の声が聞こえなくなったな。もしかしたら、諦めたのか。それだったら、いいのだが。
「つかまえた!」
背後から掴まれそうになり、咄嗟にジャンプしてかわした。夏実はすごい悔しそうにこっちを見つめた。
「まだまだ、甘いな」
結局は五歳児。気配を消したつもりだったが、簡単に捕まえられるわけがない。
すると、飛びかかるように夏実が捕まえに来た。かわそうと飛び跳ねようとしたのが、踏み込めなかった。
夏実が近づいた瞬間に、あたりの地面が無くなっていたからだった。
「ここって、まさか!」
落下する感覚に気付くと、すぐに風魔術を下方に向けて使った。
風圧が押し勝ち、寸前のところで底面激突を免れた。
「危なかった……」
一呼吸置いて、上を見上げる。遥か上に小さく丸く切り取れた青空。そして内部は、湿った薄暗いとても狭い空間。
——やっぱり、落ちたのは古井戸だったか。
夏実も乗った重さで、古井戸を塞いでいた蓋が壊れたのだろう。
一緒に落ちた夏実を横目で見た。大泣きすると思っていたが、意外にも夏実は泣かずに座り込んでいた。
「案外この子、逆境に強いのかも……」
母や姉につきまとうことが多いが、一人でも平気なのかもしれない。ちょっと意外だったな……。
「……大丈夫?」
様子をうかがおうと、夏実に近づいてみた。
「うん……。大丈夫」
寸止めできたから、夏実もケガはなさそうだった。でも、左腕が気になってしまった。
「ちょっと左腕、見せて」
すると、警戒心を露わに拒絶された。
「いや。もう引っ掻かないから……」
まだ警戒しながら左腕をゆっくり差し出した。その左腕の傷の上に、手を置いて念じた。
「すごい! きれいに治った!」
「それくらいの傷なら、ぼくの魔術で治せるけどな」
「ナナって、すごいんだね!」
こんな小さな子供だけど、褒められてちょっと得意げな気持ちになった。
「あの時は……。その、ご、ごめんな……」
「私もごめんなさい」
引っ掻いたのに、恨むことも無く笑ってみせた。こんな絶望の淵にいるのに。
それにしても、ざっと十メートルくらい下に落ちた井戸の底。どうやって抜け出すか。
夕方になれば、心配して夏実を探しに来るだろう。しかし、そこまで体が持つか?
さすがに登るには、その体力も無い。それに井戸の側面は、湿り気があり滑る。
叫んだところで、家の中まで聞こえるのか。やっぱり、自力で脱出するしか無い。
脱出するに使える魔術は、いくつかある。
しかし、時間関係の魔術はリスクが高い。その上ぼくの力だけじゃ、一秒しか戻せない。
井戸だから、水を溜めていく方法もある。だけど、二人とも泳げない。
そうなると、得意技の風魔術。でも、落下に使った魔術がぼくの全力だった。地上まで上がるにはその倍の力はないと無理。
そうなってしまうと……。夏実の顔を確認しようと見上げた。
「なあ、夏実。魔術、使ってみないか?」
第9話の結末は「きとぅん・はーと」にて公開
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和室に置かれた座卓の下で、縁側の向う側に広がる夏空を不満げに見て思った。
座卓の下で隠れなくてはいけない原因がある。今日も変わらず、幼女の相手をすることになるからだ。
せめて、しっかりとした十七歳くらいの子と、パートナーになりたかった。
ぼくは、ある魔術師が原本を元に作られた複製本になる。誰とパートナーになるか、最初は楽しみだった。
しかし、実際に当てられたのは、魔術師の孫娘。それもやっと会話らしいことを言ってくれる三歳児。ショックでしかなかった。
二年もすれば人は成長するが、魔術を使えるかどうかなんて、まだまだ。一体何年かければ、魔術が使えるようになるのだろうか。
この孫娘が生まれてから、ずっと一緒に過ごした。五年もいれば、性格も掴めてくる。
そして、一緒にいてあげると、どうなるか……。子供は容赦がない。
なので、今日という日を平穏に暮らすために、あの子に見つからないようにしている。
久しぶりの魔術師宅へ帰省。この座卓の下で、のんびりしたい。
「ナナ、みっけ!」
「……!」
ぼくは慌てて逃げようと考えたが、前方を少女にふさがれている。けど、まだ三方向残っている。ここで隙をみて脱出する手はある。
けど、ここは座卓の下。いくら五歳児でも、素早く入ってこられない。ひとまず様子を見よう。
「ねえ、遊ぼ」
遊ぶって……。こないだは、追いかけ回されただけだったし、こっちが疲れる。
「嫌だね!」
さてと……。どうやって、このピンチを乗り切るか。
「夏実! お昼ご飯だから、こっちに来て。おじいちゃんも待っているよ」
おお、これは救いの女神の声。
「ほら。ママが呼んでいるから、行ってあげなさい」
「はあい……」
隣の部屋から聞こえてきた母の声に呼ばれて、和室から出て行った。助かった……。
これで、もう少し寝ていられるかな……。
「……ん?」
「つかまえた!」
しまった、寝過ごした。気付いたときには座卓の下から引きずり出され、夏実に抱えられていた。
必死にもがいたが、お腹周りに手を回されて、なかなか抜け出せない。
「ママの所に行ってな」
「だって。ナナと遊んでいなさいって、言うんだもん」
「悪魔の言葉を、素直に聞き入れるな!」
ぼくのことは聞いてくれないが、母の言うことは聞いてくれるのか。
「じゃあ、お姉ちゃんは?」
「はるねーは、お手伝いで忙しいの」
だったら、お前も手伝えよ。
「だから、仲良く遊ぼ」
しょうがない、奥の手を使うか。
「いたいっ……!」
夏実は引っ掻いた左腕を抑えて、今にも泣きそうだった。
「馴れ馴れしくするなんて、十年早いんだよ」
目に涙は溜めていたが、泣き声は上げることはなかった。
「自然魔術も操れないチビに、いいように使われたくないね!」
「どうしたら、仲良くしてくれる?」
「一人前の魔術師になったら、仲良くしてあげるよ」
ずっと……何年も先の話だろうけどね。
「……わかった」
それなら良し。物分かりのいい娘で良かった。
「とりあえず、遊ぼ」
「ぼくの話、理解したのか!」
夏実の目を盗んで、雑草が生い茂る庭に逃げ込んだ。
この庭は広いから、そう簡単には見つからないだろう。ちょうどいい草むらを見つけて、身を潜めた。
「まって!」
そう言われて、待つわけがない。夏実に見つからないように、場所を転々とした。
一際、大きな草が生えている箇所を見つけた。ここなら、しばらく隠れていられるだろう。
そういえば、夏実の声が聞こえなくなったな。もしかしたら、諦めたのか。それだったら、いいのだが。
「つかまえた!」
背後から掴まれそうになり、咄嗟にジャンプしてかわした。夏実はすごい悔しそうにこっちを見つめた。
「まだまだ、甘いな」
結局は五歳児。気配を消したつもりだったが、簡単に捕まえられるわけがない。
すると、飛びかかるように夏実が捕まえに来た。かわそうと飛び跳ねようとしたのが、踏み込めなかった。
夏実が近づいた瞬間に、あたりの地面が無くなっていたからだった。
「ここって、まさか!」
落下する感覚に気付くと、すぐに風魔術を下方に向けて使った。
風圧が押し勝ち、寸前のところで底面激突を免れた。
「危なかった……」
一呼吸置いて、上を見上げる。遥か上に小さく丸く切り取れた青空。そして内部は、湿った薄暗いとても狭い空間。
——やっぱり、落ちたのは古井戸だったか。
夏実も乗った重さで、古井戸を塞いでいた蓋が壊れたのだろう。
一緒に落ちた夏実を横目で見た。大泣きすると思っていたが、意外にも夏実は泣かずに座り込んでいた。
「案外この子、逆境に強いのかも……」
母や姉につきまとうことが多いが、一人でも平気なのかもしれない。ちょっと意外だったな……。
「……大丈夫?」
様子をうかがおうと、夏実に近づいてみた。
「うん……。大丈夫」
寸止めできたから、夏実もケガはなさそうだった。でも、左腕が気になってしまった。
「ちょっと左腕、見せて」
すると、警戒心を露わに拒絶された。
「いや。もう引っ掻かないから……」
まだ警戒しながら左腕をゆっくり差し出した。その左腕の傷の上に、手を置いて念じた。
「すごい! きれいに治った!」
「それくらいの傷なら、ぼくの魔術で治せるけどな」
「ナナって、すごいんだね!」
こんな小さな子供だけど、褒められてちょっと得意げな気持ちになった。
「あの時は……。その、ご、ごめんな……」
「私もごめんなさい」
引っ掻いたのに、恨むことも無く笑ってみせた。こんな絶望の淵にいるのに。
それにしても、ざっと十メートルくらい下に落ちた井戸の底。どうやって抜け出すか。
夕方になれば、心配して夏実を探しに来るだろう。しかし、そこまで体が持つか?
さすがに登るには、その体力も無い。それに井戸の側面は、湿り気があり滑る。
叫んだところで、家の中まで聞こえるのか。やっぱり、自力で脱出するしか無い。
脱出するに使える魔術は、いくつかある。
しかし、時間関係の魔術はリスクが高い。その上ぼくの力だけじゃ、一秒しか戻せない。
井戸だから、水を溜めていく方法もある。だけど、二人とも泳げない。
そうなると、得意技の風魔術。でも、落下に使った魔術がぼくの全力だった。地上まで上がるにはその倍の力はないと無理。
そうなってしまうと……。夏実の顔を確認しようと見上げた。
「なあ、夏実。魔術、使ってみないか?」
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