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平道盛

2007年11月05日 | まちのこといろいろ
平家供養塔
 源平一ノ谷合戦に敗れ、この地に逃れ、相果てたといわれる、平家の武将平道盛とその家来達の供養塔があまり知られていませんが淡路花さじきにあります。



平道盛をまつる大石ぼとけ。写真には写ってませんが横に家来達の小石ぼとけがあります。


詳しい説明が記されていました。概略は以下のとおりです。

「花さじきのなかにある花の平家」
 寿永3年(1184年)2月、淡路の対岸の一ノ谷(神戸須磨)で源氏との戦いがあり、源義経の鵯越(ひよどりごえ)により青葉の笛の平敦盛(あつもり)が討たれた有名な戦いで、破れた平家は船で屋島へと逃れました。
 そのとき、海上で最後まで戦った平家の武士達は、平家の領土であった淡路へ上陸し、源氏の追討軍と現在の夢舞台あたりで激しい戦いが行われました。
「ミチモリさん」と呼ばれ、現在も地元の人たちがお供えしておまつりをするこの石碑は、源氏の大軍に攻められ平家の武士達が、ここ「花さじき」あたりに隠れ住み、自分たちの大将であった平道盛(みちもり)や一門の人を供養するために作ったものといわれています。
 このあたりには今でも平(たいら)さんという家があり、ほかにも平家に関係のある地名や伝説も沢山残っています。
 また、平道盛といえば宮中随一の美女といわれた妻「小宰相の局」の話しも有名です。彼女は夫、道盛の死を聞いて、屋島へ向かう船中から厳寒の鳴門海峡へ入水自殺をしています。

 あまり知られていなかった平家の落人の里が、花いっぱいの「花さじき」にあったことで、淡路島の歴史の深さを感じます。

   今回もご覧頂きありがとうございます。





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