サンセットとクジラ＃１

Kona Makai 滞在の最終日。
「日本に戻る前に、もう一度サンセットを見ておかない？」と、ソファで休んでいる妻に声を掛けました。
しかし、「疲れているから行かない。」と、断られてしまいました。
仕方なく、ひとりで見に行くことに。



中庭にあるプールの脇を通り、
オーシャンフロントにあるＢ．Ｂ．Ｑ．エリアへ出て行くと、
Kona Makai に暮らしているお年寄りたち数人がすでに集まっていて、



談笑しながら夕日を眺めていました。



私は彼らから少し離れたプールの柵に寄りかかり、まだ洋上に浮かぶ太陽を見つめました。
午後６時を過ぎて、空はオレンジ色に染まっています。
ハワイ島で過ごした９日間を思い出しながら、
「この景色を見るのも今日で最後か・・・」と感慨に浸っていると、
お年寄りの一人が、右手で南の海上を指し示しながら、「Oh !」と声を上げました。

何事だろうと、その指し示す先に視線を移してみますが、
特別変わったものは何も見えません。
穏やか過ぎるくらい、静かな夕暮れの海が広がっているだけです。
それでも、お年寄りたちは一様に同じ方角を見つめています。
訳が分からないまま、私もその方向を見つめてみることに。



太陽の一部が水平線に接してきました。
ちょっとした緊張感が漂ってきます。
西日のまぶしさに目を細めながらも見つめていると、
陽光きらめく波間から、不意に一筋の水しぶきが垂直に吹き上がりました。
「あっ、もしかして？！」
霧消した水しぶきが私の錯覚でなければ、あの海面の下にはアレがいるはず。
そう思っていると、急にお年寄りたちも、何か言いだしました。
期待で少し胸がドキドキしてきます。
なおも海面を見つめていると、波間に黒い影がチラリと見えました。
特徴的な　そのシルエットが見えた瞬間、私は確信しました。
間違いなく「いる！」と。

さらに目を凝らしてみていると、また潮が吹き上がりました。
そして、一瞬背中が現れ、すぐに海中に消えます。
現れては消える背中を見ながら、私は徐々に興奮してきました。
お年寄りたちもはっきりと分かったのか、興奮とまではいかないまでも、さっきより賑やかに喋っています。

なかなかはっきりと姿を現してはくれませんが、南から東へ、潮を吹きながら移動していることは分かります。
「！？」
ふと気がつくと、東から一艘の船が近づいてきています。
キャプテン・ビーンズの船です。



サン・セット・ディナー・クルーズの最中なのでしょう。
吹き抜けの船内が、逆光で影絵のように見えます。

しかし、このまま船が進めばぶつかってしまいそうです。
こちらから見ている限り、両者が左右から確実に近づきつつあるのが分かります。
どうなってしまうのだろうかと、心配を胸に見守っていると、
さすがにキャプテン・ビーンズの船長も気づいたのか、船は見る見る速度を落とし、
やがてピタリと停まりました。
おそらく船内でアナウンスがあったのでしょう、乗客が一斉に立ち上がり、
舷側に立ち並ぶ姿が、中庭からもはっきりと見えます。

そして、その船の鼻先、１００メートルも離れていないところで、
突然それは姿を現したのです！
勢い良く洋上に躍り出たクジラは、その巨体をひねらせ、派手に水しぶきを上げながら海中へ。
時間にすれば、わずか数秒の出来事でしたが、
それを見ていた全員が、口をそろえて「オオッ！」と歓声を上げました。
そして、盛大な拍手！
その瞬間を待っていた私も、大興奮です。

カメラを持ってこなかったことを後悔しながらも、しっかりと目に焼き付けておこうと、今見た光景を思い返していると、
なんと再びクジラが海上に！！
中庭のお年寄りたちは歓声を上げると同時に拍手をし、キャプテン・ビーンズでは一斉にフラッシュが焚かれています。
しかも驚いたことに、クジラはこの後、何度も何度もジャンプを繰り返し、
水しぶきを上げながら南のほうへと引き返していきます。
ジャンプのたびに沸き起こる歓声と拍手。
結局、１０回以上も巨体を躍らせながら、クジラは去ってきました。
その様子は、まさにスペクタクル。大迫力の光景でした。
お年寄りたちも、一様に興奮しているようです。

クジラが去った海で、キャプテン・ビーンズの船はクルーズを再開。
中庭では、興奮冷めやらぬまま、皆で沈み行く太陽を見守りました。

やがて、太陽がコナの海に沈みきると、この日最後の拍手が・・・。
みな笑顔で、それぞれに部屋へと引き上げて行きました。

私も部屋に戻り、クジラを見たことを妻に話すと、
残念がってはいましたが、
その光景がいかに素晴らしかったかは、ピンとこないようでした。

ハワイ滞在の最後の日に、忘れられない光景を見ることが出来、
私は、なんともいえない幸福感に包まれました。
カメラには納められませんでしたが、今もしっかりと脳裏に焼きついています。