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今日もありがとう

命日1月23日

今日は母の命日です。
38年経ちます

19歳だったワタシ
風邪ひとつひかない母が
風邪が長引き
病院にも行けず
訪問してみてもらった

病院の検査を受けて
レントゲンを撮ったら
肺に影があると言われた
即、入院
検査をして
父に病院近くのレストランで
母の癌の話を聞いた

ステージ4
手術しても長くないとのこと

まさかお母さんは死なない‼️って
思ってた
手術は成功した
家に帰って普通に暮らした
次に一度、癌センターに通院

咳と痰に苦しんでいた
一年闘病した
再発して、再入院

タクシーで行った
ワタシが酔ってしまい
病人はワタシみたいな感じだった😱

日に日に弱まっていった
口ケンカもした

父と交代して寝泊まりして看病した
19歳のワタシは
母を思いやれず
迷惑かけたまま

最後、父と交代の時間に寝坊して遅れて
しまった😵💧
父が帰ってから
母の姉妹たちが見舞いにきてくれた

母の容態が悪くなった
携帯のない時代
家に電話をかけるがつながらず
バイクで帰って
まだ家についていない

やっと電話して、いえについたばかりの父はそのままバイクで飛ばしてきた

母の冷たくなる体に
妹とワタシは足をさすった
父は間に合わなかった

ごめんね🙇‍♀️💦💦
お父さん、ワタシが寝坊したから
臨終に間に合わなかった

晴れの寒い日でした
家に帰ってお通夜の支度をしていた
新しい電話が汚れている
え?なんで?
叔母たちが
「お父さんの背中に乗って帰ってきたんだよ」と言った
新しい電話、母は見ることも触ることもなかった
帰って、家を眺めたのだろうか?

お母さん
46歳は若すぎる

ワタシの成人式も見れず
寿命が尽きた

寿命にはさからえない
死ぬときは死ぬ
そうなのだ
母は精一杯生きた
その証がワタシと妹
そしてうちの五人の子供たち
妹の二人の子供たちなのだ

子供たちはお供えをして
手を合わせてくれたらしい
母はきっと天国で見ることができなかった孫たちを見守っていると思う

いつか、逢える日まで
待っていてね
それまで一生懸命生きる

親孝行できなかったけど
命が尽きる日まで頑張る👊✨

父は2015年
母の亡くなった1985年の30年後
旅立ちました
父のほうが先に逝くよねと
母と話していたのに
早い死でした
その父は30年、ワタシを栄養専門学校に行かせてくれて
孫たちを可愛がってくれました
77歳でした
ワタシは子供たちに何を残せるのかな

少しずつ、答えを探していきます





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