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帰国の話②−隔離中

2021-03-02 21:27:28 | 日記
はい、みなさんこんばんは(ϋ)/♩
2月は終わってしまいました。3月は今年のテーマが「ChooseToChallenge」の Women's International Month です。ですから、そこにいるすべての女性♀️にとって、私たちは力を与えられた女性です。

とにかく、前のブログからの話を続けます。前のブログで言ったように、2021年3月1日は私の検疫の6日目であり、めん棒となり、同じ日にリリースされますが、どうでしょう?すでに3月2日で、私はまだここにいます

隔離施設
5つ星ホテルであり、てんかごめん検疫施設であり、スタッフはていねいで親しみやすいです。検疫プロトコルにしたがって部屋ごとに1人、この部屋はかなり広々として便利です、それは良い冷房、完全な照明、そして多くの国内および国際的なテレビチャンネルを持っています、しかしこれは防音室じゃなくて、となりの部屋から音を聞くことができます 夜明けまでです。

1週間隔離されるのはどうですか?
個人的には、一人でいるのが好きではないので、一週間孤立するのはとても気のめいることです。日本にいるルームメイトと部屋をシィアしたいのですが、現状ではそれは不可能ですね。しかし、過去6日間のゆううつな日々を楽しませてくれたインターネットに感謝します。

日常
朝7時か8時頃に起きて、ベッドを片付け、集中的な運動ができないのでラジオ体操をしています🤣そして朝のシャワーを浴びてから部屋の外で朝食を取ります。昼食は12時に、夕食は19時に受け取り、夜のシャワーを浴びてから寝ます。





一日中の暇な時間に日本語の能力試験JLPTN4の教科書をれんしゅうして勉強し、バスルームを掃除し、いつもよりひんぱんにコーヒーやお茶を飲み、1日2〜3回ラジオ体操をし、家族や日本の友達に電話をかけています。チェリーチェリーレディとココジャンボの曲を踊りながら、一人で踊るのは楽しいことではないでけど(~‾▿‾)~。カリンバを弾きたかったのですが、となりの部屋の邪魔になるかもしれません。家に帰りたかったので、窓ごしに見つめたり、ときどき泣いたりします。寂しいです、まだこれまでのところとても近く感じます。

3月1日6時半に起きてシャワーを浴びて荷物を片付けました。定期的に綿棒検査のスケジュールを確認していますが、時間は不定のようです。私は一日中待っていましたが何も聞きませんでた、がっかりした、夜のシャワーを浴びて寝る準備ができていました。しかし、20時45分に電話が鳴り、スタッフからめん棒の準備してをお知らせて、21時8分にめん棒できました。

今日3月2日、アプリを介して自分の情報をついせきし、17時46分の時点で結果は医療専門家によって検証されています。人生がとても不公平で、欲しいものを手に入れることができないこともありますが、にんたいは美徳です。


明日もチェリーチェリーレディとココジャンボを踊ると思います。


帰国の話①

2021-02-26 21:26:43 | 日記
はい、皆さんこんにちwhat's up 🤗
今日は帰国の話と思います。

2021年2月24日出発の日
午前8時30分ちょうどに、私が住んでいた市役所に直行し、その市町村の出発を記録しました。 約45分ほどかかりました。
ラーメンを食べたかったのですが、途中の店はまだ閉まっていました。福岡国際空港に適度な速さで着くのに1時間半かかりました。空港に着くのが早すぎたため、レストランはまだ閉店し、セブンイレブンだけが開店しました😅。



フィリピンのマニラ行きの便をいがいは、すべての便が欠航したので、空港はほとんどからになりました。



13時15分に荷物をチェックインしました。チェックイン時に、フライトアテンダントからOFW(Overseas Filipino Worker)と書かれたこのステッカーが渡されました。荷物のチェックインから搭乗ゲートが開くのを待つまでのプロセスはじゅんちょうでした。

フライト





15時15分(日本ひょうじゅん時)に、飛行機は搭乗ゲートを閉じ、離陸のじゅんびをしました。






飛行中、ワールドツアーのトロールズを見て楽しみました。お天気はかなり良かったので、飛行中に記入するフォームを手渡し、後でコロナウイルス検疫システムに関してそれぞれの機関によって収集されました。




フィリピンひょうじゅん時(日本標準時から1時間遅れ)17時45分にニノイ・アキノ国際空港第2ターミナル(マニラフィリピン)に着きました。私たちが飛行機を降りる前に、フィリピン沿岸警備隊の代表は私たちに検疫システムについてのせつめいを与えるように任命されました。

到着
18:00ごろに飛行機を降り、OFWじゃないの乗客 (例えばきょじゅうしゃとか観光客さんとか…) はOFWの乗客に分離され、OFWはフィリピン政府からの特権アシスタントを持っていますから。私たちは入国管理局に行き、すぐに The Department Of Labor and Employment の Overseas Worker's Welfare Administration(OWWA)の代表に助けられました。検疫施設のしょうさいを待っている間、私たちは用意されたパックディナーを受け取りました。しょうさいを受け取った後、OWWAが提供するバスに乗るのを手伝いました。

検疫施設
19時50分ごろ、にんかされた検疫施設のホテルに到着し、スタッフは乗客とすべての荷物を消毒しました。検疫プロトコルに関するちしきを受け取りました。 私たちは6日間隔離され、それぞれの部屋から出ることはできません。1つの部屋に一人だけです。








3月1日である6日目はめん棒検査のたいしょうとなり、いんせいの結果が出た場合は同日帰宅することができます。1日フルボードの食事で宿泊することからめん棒の検査、さらには乗客をこきょうに送ることまで、すべての費用は政府によって支払われています。


次回は6日間の検疫について話を続けます。
とりあえずここまでね





やっと帰れます

2021-02-24 01:17:21 | 日記



はい、みなさん、このキャッチフレーズこんにちwhat's up使用しましょう。

今日は(とりあえず)ここでの滞在の最終日でしたが、2年近く離れた後、ようやく家族に会うことができました。

仕事の最後日は土曜日でしたが、私たちが受けたすべての支援に感謝する機会があり、一緒に仕事をするのは楽しかった。




里親と私たちのひまな時間を過ごし、いくつかの場所に行きました、それも楽しかったです。




















夕食にクリームシチューを作り、ベトナム人の同僚と一緒に食事をし、明るい音楽に合わせました。 昔はチェリーチェリーレディの歌があり、それに合わせて踊りながらココジャンボもリストに載っていましたが、今夜のふんいきはゆうつでした。







同僚からたくさんのおくりものをもらいました。感謝されていると思ってとても嬉しかったです。









私のお気に入りはこのスケッチです。12歳の子供が描いたものです。 あの子で姪が思い出します.




さよならを言うことはありませんが、代わりにまた会うまで。





1月終わってしまいました

2021-02-01 23:40:58 | 日記
こんばんは皆さん

1月終わってしまいました。
久しぶりですが、1月の最初の2週間は本当に忙しかったです。仕事と勉強を同時に管理しました。 私が先月達成したことを見てみましょう。

里親と一緒に福岡県遠賀郡芦屋町の洞山を見に行ったのですが、あっという間ににげられましたが、さっぱりしました、1月中旬に試験を受けました。







スタジオジブリの耳をすませば、ルパン三世ザフウサト、今日から俺はの映画、エピソード1〜4のシリーズを見終わった。

簡単な日本料理を学んでいて、昔は牛丼、カツ丼、和風マカロニサラダを作ってみたので、最近はオムライスと巻肉おにぎりを作ってみました。
または、卵は自立できることを学びました、信じられますか? 多大なにんたいとそれがかのうであると信じることで、それはかのうになるでしょう。


フィリピンに帰る前に、日本の習慣をいくつか試してみたかったのです。2019年の夏、宮地嶽神社で着物を着て花火を見ました。いくつかの神社をおとずれました。 サウナと温泉に行きたかったのですが、恥ずかしがり屋なのでずっとちゅうちょしていましたが、今日はやったばかりです。

サウナと温泉に行って不安を捨てると、心も体もすっきりしました。
知っていた良い人は、十分に良くなるためには、せいげんを設定しない方が良いと言いました。続けて、自分をシェルに閉じ込めないで、かいてきゾーンに近づかないでと言いました。

それではまた行くよ


Have a happy New Year

2021-01-01 00:13:49 | 日記
年が明けたら、今年が私たちにもたらしたものを振り返ってみましょう。コロナウイルスのせいで、国のほとんどは3月から場所をロックダウンしていた、しかしねえ、いくつかは回復しました、いくつかはまだ回復しています、しかし重要なことはそれが正しく進歩しているということですね?今年は誰にとっても厳しい年でした。 仕事で苦労している人もいれば、家族や友人を失っている人もいれば、愛する人に快適な生活を送るために犠牲を払っている人もいれば、戦い続けて自分たちの生活のために戦っている人もいれば、あきらめている人もいます。

今年、私たちは人生のステータスは重要ではないことを目撃しました。私たちは健康が富であることを本当に理解しています。今年は私たちが持っているものを大切にし、誰も何もとうぜんのこととは思わないことを教えてくれました。私たちは、違いを生むためにまだもう1年あることができることに感謝しなければなりません。

多くの人にとって今年はそれほど良い年ではないかもしれませんが、まだ仕事をしている人、家族や友人と再会した人、幸せを見つけた人、あるいは試験に合格した人にとってはそれほど悪い年ではないかもしれません。2021年を両手を広げて歓迎し、より良い年を願っていますが、2020年に別れを告げるとき、今年が私たちに教えてくれたことを振り返ることを忘れないでください。