気持ちの整理もついてきたので、書きますね。
この8月半ば、父の二人目の姉の、通称みっちゃんが、逝ってしまいました。
元より、親戚付き合いはそんなに深くないのですが。
まー、たまには、父の帰省ついでに、私も連れられて。
幼き頃より、ご挨拶ぐらいには行ったりしてました。
みっちゃんは、乳牛農家に嫁がれたので、お会いするのは、何時も、モーモーハウス。
小さな頃から、何気に印象深かったりしました。
みっちやんは、お仕事がお仕事で、年中、休みも無く頑張る働き者な御方。
でも、文句の一つも云わず、ただモーモーさんが可愛くて放って置けない、なんて云える人。
小さな頃から、なんだか素敵な人だな、って、思っていたものです。
親戚の皆様とは、随分、疎遠にしていた期間も長かったのですが。
最近、私の父上の病気の際などに、随分お世話になったり、心の支えになって頂いたり。
今までの、無精を反省するばかりでした。
そんなこんなで、近日はまた、田舎の方にご挨拶にする機会もぼちぼち増えた矢先。
働き者なみっちゃん、頑張り過ぎです、とうとう、倒れ、入院されたのが、5月頃。
今まで、そんなに気遣っていた訳でもない私は、所詮、偽善者で、突然、心配で不安になりました。
なんとか、姉のお仕事の調整をして貰い、我が家も3人で、お見舞いに行ける事になりました。
私は、偽善者が炸裂して、なんとか、みっちゃんを励まそうと、沢山、言葉をかけました。
でも。
人の出来たみっちゃんは、そんな私の事など、すべて、お見通しだったのです。
励ますつもりが、最終的に、私は逆に励ましてもらう展開に。
「あなたは、心が弱すぎる、すぐに、自分を責める、女の子は、もっと強くならんと、あかんよ。」
と、優しく、諭して下さったのです。
そんなに、縁深くなかった訳ですが、私の事、こんなに解ってくれている方、ちゃんと居てくれました。
ご自分も、随分息苦しそうだったのに、はっきりと、言って下さいました。
ご自分も、随分つらそうだったのに、帰る時には、強く手を握ってくれました。
8月半ば。
訃報の知らせが届く。
私は偽善者なので、ここぞ、とばかりに、泣いて哀しみました。
私は自分勝手なので、他にもっと、哀しんでいる方の事なんて、考えません。
私は鬱病なので、一般的なお別れの儀式など、参加しなくても許されるのです。
ですが、少しだけ、お会いしたかったので、御通夜とやらにだけ、参加しました。
私は鬱病宣言をしているので、非常識な行動も許されるかと、思う存分、泣き喚いてやりました。
お葬式とやらの、人間の形式立った常識は嫌いです。
お別れするのも、嫌いです。
なので、未だにお別れを、したつもりは、無い。
みっちゃん、お見舞いに行った時。
「治ったら、ゆっくり暮らす事にする、京都にも遊びに行くね」
と、言ってくれたので。
もう、楽になったんでしょう?
いつでも、遊びに、来てくれるんでしょう?
なので、家は、私の我がままで、なんとか塩とか、撒いてません。
みっちゃんが、来れなくなったら、困るじゃない。
今でも、京都に来てくれるの、楽しみにしてるね。
モーモーさん、お世話出来なくなったのは、残念だと思うけど、その分、ゆっくりしてほしいんです。
私は、大切な事、みっちゃんに教えてもらったけど、簡単には、強くなれそうにありません。
でも、頂いた言葉は、胆に命じて、もう少し、生きていこうと、思います。
ありがとう、みっちゃん。
親戚の皆様から、分けていただいた、心のみっちゃんの種。
今、手のひらにある分。
ここに、埋めて、おきますね。
いつか、素敵なお花か実が、芽付く事は、間違いないから。