ゼレンスキーに続きプーチンと会見

EUの欧州理事会の理事長国は6ヵ月の輪番制で回ってくることになっていて、今月の後半はハンガリーの番だ(欧州理事会とは加盟国の首長が集まるEUの政策決定の最高機関)。理事長国の首相や大統領は、その半年の間に指導力を発揮し、自分が重要と思う懸案を実現することも可能。つまり、今年の後半は、ハンガリーのヴィクトル・オルバン首相(フィデス党)の腕の見せどころとなる。

そのオルバン首相が、なんと、理事長を引き継いだ翌日の2日、キーウにゼレンスキー大統領を訪問した。さらにその5日には突然、モスクワでプーチン大統領と会見したため、EUは爆弾が炸裂したかのような大騒ぎ。EUのエリートたちの慌て方は尋常ではなかった。

ヴィクトル・オルバンとは誰か?

オルバン氏は1963年生まれで、ハンガリーの伝統を重視する保守の政治家だ。国民の支持は高く、しばしば5割を超える。1998年から2002年、さらに2010年から現在までは4期続けてハンガリー首相。極めて知的で、冷静で、しかもヒューマニズムに富んだ人物だ。

ただ、氏の保守的で愛国的な思想が、左傾化の激しいEU上層部としばしば対立し、EU首脳の爪弾きになってすでに久しい。しかも、今回、欧州理事会の理事長となったオルバン氏が、“Make Europa great again!”をスローガンとして掲げたため、EUの指導者たちはのけぞった。EUの政治家の間では、トランプ大統領は完全に悪魔化されており、氏のスローガンの焼き直しをEUの目標とするなど、けしからん話なのだ。

オルバン首相は以前よりトランプ氏を高く評価しており、弱体してしまったEUを復活させるには、まさにこの“Make Europa great again!”が必要だと考えている。思えばEU結成の元来の目的は、アメリカとアジアに対抗できるヨーロッパ圏を作ることで、脱炭素でも、難民の無制限受け入れでもなかったはずだ。ちなみにオルバン首相は、トランプ氏が大統領ならウクライナ戦争は絶対に起こらなかったとも断言している。

オルバン首相とEUの意見の相違は他にも多々ある。例えば、氏はウクライナへの武器や資金のこれ以上の供与には断固反対。また、中東からの不法移民の受け入れ拒否、ロシアのガスボイコット反対、LGBTを広めるような教育を小・中学校で行うことは禁止等々。そして、これらの論点のほとんどが、1対26、つまり、「ハンガリーvs.その他の全てのEU加盟国」という構図になっている。

実は、EUにはつい最近まで、ハンガリー、ポーランド、チェコの右派トリオが存在したが、ポーランドとチェコで政権交代が起こり、現在はオルバン首相が一人で踏ん張っている。それもあり、氏はEUの足並みを乱す良からぬ人物となっており、今やEUエリートに敬遠されているだけでなく、独裁者の汚名を着せられ、EUの規則を守らないとして罰金まで取られている。

ちなみに、私は個人的には、オルバン首相が現在のEUの首長の中で一番優れた指導者だと思っており、それについては、著書『優しい日本人が気づかない残酷な世界の本音』の中でも少し触れた。氏の主張の見事な論理性、ぶれない思想、深淵な歴史の知識、そして、26人の首脳陣を敵に回してもびくともしない胆力は、ドイツや日本の政治家には、ちょっとやそっとでは真似のできない技である。

今こそがEU改革の潮時

さて、そのオルバン氏の言動が、最近とみに冴えている。

3月の米国訪問では、ホワイトハウスは素通りで、トランプ大統領をフロリダの別荘に訪問。EU首脳は、今も米民主党と共にバイデン大統領を囲んでいるが、オルバン首相はすでにその輪を離れ、「米国の政権交代は、米国のみならず、世界にとってプラスになるだろう」と、最近のインタビューで述べている。

6月30日には画期的なことが起こった。ウィーンで、オーストリアのFPÖ(オーストリア自由党)のキクル党首、チェコのバビシュ元首相(ANO2011)と共に、欧州議会における新しい右派の会派「欧州の愛国者」を結成したのだ。オルバン首相のフィデス党は、以前は欧州議会における最大会派EPP(欧州人民党グループ)に属していたが、意見の相違により21年に脱会。以来は一匹狼だった。

しかし、オルバン首相は今、EU改革のために、早急に右派勢力を結集させる必要性を感じているらしく、「欧州の愛国者」の結成後、「愛国心のある政党は参加してほしい」と呼びかけ、また、フランスのル・ペン氏と、イタリアのメローニ首相には、仲違いをやめるよう促した。

その結果、数日後には「欧州の愛国者」に、イタリアのサルヴィーニ氏の同盟(Lega)、フランスのル・ペン氏の「国民連合」、オランダのヴィルダー氏の「自由党」など、名高い右派政党が次々と合流。「欧州の愛国者」はあっという間に欧州議会で3番目に大きな会派となった。数は力なり。こうなれば、これらの党は「極右」でも何でもなく、正当な政治勢力だ。今後、「欧州の愛国者」の代表を、最多30人の議員団を擁するフランス「国民連合」のバルデラ党首が引き受けることも決まった。

思えばこれまで多くの政治家がEUの改革を叫んできたが、具体的な進展はなかった。しかし、それをここまで緻密に計画し、一歩一歩、着実に実行に移していく手腕のある政治家が、ハンガリーという小さな国に潜んでいるなど、誰が想像したことか!

いずれにせよ、オルバン氏が、今こそがEU改革の潮時であると見ていることは確実で、おそらくそれは正しいのだろう。「ウクライナ戦争はこれから数ヵ月、さらに熾烈に、さらに残酷になる」と氏が主張したのが7月6日。それが米国の大統領選挙と関連していることも示唆している。氏は何かを予感しているに違いない。

EUの改革の手始めは、まずは欧州委員会2期目の委員長就任が決まったフォン・デア・ライエン氏の力を削ぐことではないか。彼女ほど強権を行使し、EUのお金をザルのように使い、しかも、EUを弱体化させた政治家はいない。現在、ファイザー社とのコロナワクチンをめぐる不正ディール、官庁への越権介入、証拠隠蔽、利益相反行為などで訴えられているが、しかし、ブリュッセルのEUの中枢は氏を庇い続けている。

オルバン首相の主張とEU幹部の反応

さて、冒頭に記した通り、ゼレンスキー大統領に会った3日後、オルバン首相はモスクワでプーチン大統領に笑顔で迎え入れられた。「プーチンは対話をする意思などない」という西側の主張は、これによってあっけなく崩れた。ちなみに、プーチン大統領を国際裁判所で裁き、EUに入ったら逮捕だとして、プーチン抜きでウクライナ支援会議をしていたのは欧米側だ。

プーチン大統領との会談後、インタビューを受けたオルバン氏は、自身の行動を「平和を取り戻すためのミッションである」と語った。「ブリュッセルで心地よいソファに座って話し合っても、平和は訪れない」から、立ち上がったのだと。

オルバン氏は、和平交渉の結果として停戦に到達するのではなく、まず、期限付きの停戦を実施し、それから和平交渉をするよう提案していた。そうすれば、早く戦争を終了させたいという力がより強く働くと、氏は言った。

いずれにせよ、一刻も早く戦争を終わらせるために、EUは一致協力して、戦争支援ではなく、戦争終結に向かわなければならない。誰が正しいかということは、今、論議すべきことではない。何よりも大切なのは、これ以上、命が失われないことだというのが氏の強い主張だった。

ところが、このモスクワ訪問のニュースが流れた途端、EU幹部やドイツの政治家、そして主要メディアによる激しいオルバン攻撃が始まった。欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長はXに、「宥和政策はプーチンを止めない」「EUが結束することだけが、ウクライナに恒久的な平和をもたらす」とバッシング。結束を乱すオルバンはEUの裏切り者だと言わんばかりだ。

また、ウクライナへの武器供与を誰よりも強く主張し続けてきた自民党のシュトラック=ツィマーマン氏は、「オルバンが戦争犯罪者のプーチンを訪問」「EUの理事長国という役職を売名のために濫用」など、やはり(おそらく会談の内容は知らずに)バッシング。

一方、ショルツ首相は、「EUの外交はシャルル・ミシェルが行う」と書き、オルバン首相には何の権限もないことを主張。つまり、氏のロシア訪問はEUの意志とは無関係であるということ。同じくNATOのシュトルテンベルク事務総長も、「オルバンはNATOの意見を代表していない」とのコメントだった。あたかも縄張り争いだ。

彼らの怒りは、自分たちが武器を供与するだけで、終戦への努力をしていないことが暴かれた恨みなのか? それとも、戦争が終わってしまうかもしれないことに対する “危機感”?

バッシングはメディアも同じで、オルバン首相を「プーチンの操り人形」とバカにし、「今後、欧州理事会での会議では、オルバン首相がプーチン大統領に告げ口する可能性があるから気をつけろ」などと警告する米国人ジャーナリストもいた。ウクライナ戦争終了のために努力することは、すでに悪事である。

全てはオルバン首相のシナリオ通り

ただ、EUの政治家やNATOの事務総長が、いくらオルバンの行動はEUともNATOとも関係ないと主張しても、ロシア側はオルバン首相を丁重に扱っており、瀟洒な部屋でプーチン大統領とオルバン首相が並んで座り、それを囲むように両国政府の要人が着席している映像は、ドイツのニュースでも流れた。プーチン大統領の横にはラヴロフ外相がいたから、まさに豪華メンバーであった。

しかし、それでも、政治家やメディアは、オルバン氏の主張にも、氏がモスクワでプーチンと何を話し合ったかについても、ほとんど言及しなかった。

ちなみに、この会見については、「ビルト」紙のジャーナリストが、6日にブダペストでオルバン首相を待ち構えるようにして物にした長いインタビュー映像が公開されている。

このときのインタビュアーはあまりにもお粗末だったが、それだけにオルバン氏の突出した能力がよくわかる貴重なビデオであるとも言える。

なお、オルバン首相はこのインタビューで、サプライズは翌週も続くと予告していたが、8日の月曜日、今度は北京に出没し、習近平と会った。和平ミッションの続きだ。

オルバン首相によれば、戦争は、米国とNATOと中国が止めようと思えば、“必ず終わる”。

奇しくもそのNATOは翌9日より、アラスカで大々的な軍事演習をしている。

一方、ワシントンでは、NATO創立75年を記念して10日に大式典が開かれ、NATO加盟国の全首脳が集合。もちろん、オルバン首相が手にしているプーチン大統領と習近平国家主席に関する情報が、ここで話題にならなかったはずはない。要するに、全てはオルバン首相のシナリオ通りと言える。

オルバン首相の努力が実るかどうかは、わからない。しかし、たとえ結果がどうであろうと、氏の行動は試みる価値があるものだ。ドイツでは、武器の供与ではなく、停戦の交渉を求める国民がすでに7割を超えた。EUの新しい会派「欧州の愛国者」のメンバーも、皆、停戦派である。

EUはきっと変わる。オルバン首相は、そんな希望を私たちに与えてくれる。オルバン首相のことを反民主的だと罵倒するEUの首脳らは、自分たちの支持率を見ながら、誰が民主的なのかをよく考えてみるべきではないか。

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