ロクは目を瞑ったまま大きく息を吐き出した。体には何も纏っていない。ただ柔らかい毛布だけが体を覆っている。キングサイズのベッドはロクの体を最適の堅さで受け止めている。左側に感じる質量はシスカのものだ。同じ毛布の中で、同じように何も纏わず、透き通るようなブルーと焦げ茶のオッドアイでじっとこちらを見つめているのだろう。強い視線の気配に加えて、穏やかだが熱い呼気、そして微かな体臭まで感じられる。
シスカに応えられないのではないか?そういう心なかった。それは目的を果たすには充分な形態を保った。そして激しいものになった。
光による刺激を断った脳裏に一瞬ナオミの影が現れ、そして消えた。避難民救済センターで頭に触れようとしたナオミの指に激しく噛みついたシスカ。一瞬の出来事に驚くナオミ。滲み出し、滴り落ちる真っ赤な血。ナオミは何故シスカに目を留めたのだろう?ナオミ生めない体だった。だからシスカを自分の子供にしたいと思ったのだろうか?ロクは今でも単純にそう考えることが出来ない。避難民救済センターでシスカを目にしたときからロクには予感があった。だから、ナオミがシスカを引き取りたいと言ってきたとき、強く反対したのだ。ロクはシスカを初めて見たとき強く引きつけられた。そして、その引きつけられ方に普通で無いものを感じ、シスカに近づくことを拒否したのだ。ナオミはシスカに何を求めたのだろう?それはこの世から彼女が居なくなってしまった今、確かめる術はない。
『ナオミお前の意思なのか』ロクはそう唇を動かしたが、声は出なかった。
ロクはゆっくりと目を開けた。そこにはやはりオッドアイがあった。じっとこちらを見つめている。そして少し微笑んで、ロクの耳元に口を近づけた。
「僕をお嫁さんにしてくれないか」シスカは確かにそう言った。
ロクにとってそれは驚くべき提案であるはずだった。だが、それは今の段階で実成立公司際に口にされると、受け入れるべき提案のように思われた。それよりもロクにとってシスカが再び“僕”を使ったことの方が驚きだった。
「僕?」ロクはシスカの目を覗き込みながら呟いた。
「ううんわたし」シスカは何でも無いという様子で訂正した。そして。
「わたしをお嫁さんにしてくれないか」と繰り返した。
「」ロクは静かにシスカを見つめている。
「わたしは危険物だ。だから熟知した者が取り扱わないととても危険なんだ」頬にプラチナブロンドの髪が降りかかる。
シスカが唇を合わせた。
ロクはプラチナの髪を両手で包み込んだ。
それは合意の合図だった。だが、ロクにはこのままシスカとの生活を続けられないだろうという予感があった。
一瞬、極北の厳しい風景が脳裏をかすめた。
翼を広げた黒い双頭鷲の紋章と2つのミントグリーンのタマネギ型の塔を備えるアウクスブルク市庁舎を眺めながら、ヤスミンレーマンはカフェのテーブル席の椅子に腰掛け、コーンに盛られたアイスにとりかかった。春は本番になっていたが、アイスクリームを頭髮護理食べるにはまだ少し肌寒い。だが、チョコチップ入りのミントアイスは彼女の一番のお氣に入りだし、日の差し込むこの席なら問題はない。なにをさておいても今日はそんな気分だった。
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