ミリオンリース販売株式会社の主力商品である、富士通製の中古オフコン群。その歴史と歩みに付いて、今後少しづつ紐解いて行ってみようと思います。
日本のオフコン市場がNECと富士通の2強時代にあった1984年頃、富士通は打倒NEC作戦、通称「Z作戦」を展開していました。ちなみにこのZとは、NEC のNを「倒した」物です。一方NECはというと、富士通の「Z作戦」に対抗するため「マルヒ作戦」というコードネームで打倒富士通!を展開しておりました。なぜマルヒかというと、富士通の頭文字”F”を「ひっくり返す」とカタカナの”ヒ”になるからで、倒したりひっくり返したりと、微妙な工夫がされてたんですね。これ冗談のような、ホントの話しです(笑。そのZ作戦の一環として生み出されたのが、CPUにインテルの8086を用いたインテリワークステーション、K-10というわけです。
このK-10のコンセプトは、「小さく入れてどんどん大きく」でした。スタンドアロンで使われることが多かったのですが、水平分散処理、つまりK-10同士を繋げてシステムを大型化する事が出来ました。さらには上位コンピュータ(K-200等)に接続しデータをもらって加工するという、垂直分散処理も可能となっていました。現代では分散処理は当たり前の事ですが、当時では画期的な事であったのです。
K-10はオフコンのワークステーションでありながら、単体でオフコンとして使用する事も出来たので、結果スタンドアロン方式で使われることの方が多かったようです。それはオフコンでありながらEPOCソフトという、業務用ソフトも持っていた事にも起因するでしょう。ワープロソフトのEPOWORDや表計算ソフトEPOCALC、グラフ作成EPOGRAPH、図形作成EPODRAW、それらのデータを一括管理するためのEPOCABINETなどです。
このように画期的な側面をいくつも携えたK-10。裕に100万円以上したこのマシンが、発売後1年半で何と2万5千台も売れたそうです。このK-10の爆発的売れ行きもあって、富士通は1980年には9位だったシェア争いで、1987年から1991年の5年の間、トップの座を奪う事に成功したのでした。
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