仮称 藤衛 blog

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木造伝統工法を見直そう。 そこには支え合うという文化がある。

2011年02月18日 | ・つぶやき・その他

   木造伝統工法を見直す
    
       最近の建方をみていると実に軽やかに作業が進んでいく。 軸組金物が主体になって
    からの特長である。殆どがプレカット仕様である。しかも伏図の作成までプレカット会社に
    依頼しているのが現状である。最近は基礎伏図まで業者に依頼しているのが増えている
    ようである。ここまでくると設計者は表層デザインと手続き業務が主な仕事になってしまう。
    これはCAD化の影響かもしれない。それによって、確実に分業化が進んでいる。繰り返
    し作業によって業務の効率が上がるのだろう。
     時々通りすがりに、建方の終了したのを見ることがある。その感想だが、もしあの柱が
    こけたら、どんな風にこの家は壊れ方をするのか、習慣なので即座に想像してしまう。
    恐ろしいさを覚えることが多い。 原因は構造の考え方が違うからだと思う。理由として
    伝統工法には支え合うという考え方が底流にある。 この柱がこけても上部の梁同士が
    荷重を分担し合ったり、逃がしたりして、危険な壊れ方から救っている。 現代では構造
    解析が発達したおかげで最低値を定めた法律に出来るだけ沿えるように設計が可能で
    ある。 しかも無駄のない構造という考え方で設計しているから、どこかに思わぬ欠陥や
    間違いが生じたら全てが無残になる。無論、壊れ方の考慮はしていない。 現代工法で
    も”支え合う”と言う考え方は生きている。心が動かないだけの話である。 こうして双方
    の考え方を比較していくと、何やら人間社会にも通じている。 
     支え合う構造としての伝統工法とその底流にある思想をデザインにまで生かせたらと
    最近とみに思うようになった。伝統工法を学んで損はないはずだ。解っていればこそ生ま
    れてくるデザインがある。”見えない人には見えない”ということが創作の本来であろう。


     意匠設計者が伝統工法や考え方を学ぶ機会が少なくなってきている。
    以前は職人さんから直接学ぶことが多かった。例えば懐かしい話になりますが、ある老
    棟梁が晩酌の勢いなのか、直ぐに来いと私に電話をかけて来たことがあった。都合をつ
    けて伺うと、いきなり”反り”の話が始まったのである。 酒の勢いのせいかその話はや
    がて人生論になってしまったことがあった。 ”反り”は進行形の意もあるので当然とも
    言えるが。 その時、私は多くのことを学んだ。人から人へでしか伝わらないこともある。
    私も伝統工法やデザインを論じてみたいと思う。 意匠設計の方になら私にも応えられ
    るような気がしている。 

 

記:藤崎正衛  2011-02-18
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