フィールドからの手紙

様々なフィールド(=現場)において、気づいたことや驚いたことなどを綴っていきたいと思います。

スウェーデンにおける発達障がいを持つ子どものサポート

2014-03-04 01:46:56 | 日記
芽生え始めた発達障がいへの関心

 発達障がいを持つ子どもの<生きる>(Life:生命、人生、生活)を支えることは、今日各所で注目されるようになっています。2012年12月に文部科学省から出された調査結果では、全国の公立小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、人とコミュニケーションがうまく取れないなどの発達障がいの可能性のある小中学生は6.5%に上ることが示されました。すなわち、40人学級でいうと、1クラスにつき2、3人の割合になります。実数にすると、推計で全国に約60万人の発達障がいの可能性のある子どもたちがいることになります。
 こうした状況に対して、日本の教育現場では様々な取り組みがなされていますが、4割弱の児童生徒は、特別な支援を受けていないといいます。さらに、発達障がいを持つ子どもにとって重要な、教育と医療や地域社会(地域行政)との協働という観点でいうと、まだまだ課題が大きいといわれています。
 スウェーデンでも、発達障がいの分野での取り組みに近年高い関心が集まってきています。そして学校の先生、研究医、臨床医、行政職員、親など、発達障がいに関係する様々な主体が、力を入れて取り組もうとしています。2012年の8月に、スウェーデンの首都ストックホルムを中心に、発達障がい支援を行っている学校、病院、“ハビリテーション”施設、就労支援施設、親の会などを訪ねました。ここではその時の見聞をレポートします。

スウェーデンの医療福祉の概要

 まずスウェーデンという国の概要について示します。人口は900万人(大阪府くらい)で、広さは日本の1.2倍の国です。寿命は男性79.1歳、女性83.2歳です。出生率は1.98人で、高齢化率は近い将来に25パーセントに上がると見込まれています。移民は総人口の19.1%(フィンランド、ユーゴスラビアなどから)で、失業率は8パーセントです。国内総生産量(GDP)のランクは14位で、税金は対GDP比で、45.8%です。ちなみに日本のGDPに対する税率は26.9%です。
 次に医療福祉の制度についてです。スウェーデンは、21のランスティン(県)に分けられていて、ランスティンは医療ケアを担当します。また290のコミューン(市町村)があり、コミューンは福祉ケアを担当します。すなわち、医療ケアは比較的大きな自治体を単位(=県)に、福祉ケアは地域に密着した小さな自治体(=市町村)を単位として提供されているのです。
 議員は4年に1度の選挙で選ばれます。高負担高福祉の国として一般に知られていますが、実際に税金は収入の半分くらいという高負担で、充実した医療福祉を提供することが、国民から求められている状況です。

障がい者・児福祉の概要

 スウェーデンでは、1960年代終わりから、障がい者も高齢者も自立するための支援が始まりました。ノーマライゼーション(障がいを持っていても地域でふつうに生活できるべきという思想と運動)へと、国が率先してかじ取りをしたのです。その理由のひとつとしては、障がい者団体が力を持っていたことが挙げられています。障がいを持つ人々の団体は、デモや政治的ロビー活動などを積極的に行ってきました。
 すでにスウェーデンでは、1944年1月1日に制定されたLSS法(特別援護法。L:権利、S:サービス、S:サポート)があります。LSS法は、一定の機能的な障がいを有する人々の援助とサービスに関する法律です。LSS法では、そうした人々が、普通の人と同じような生活ができるように、行政は環境を整えることを最優先にしなければならないと定めています。また、住居・就労のほか、余暇活動・文化活動においても、差別してはならないということもうたっています。
 たとえばLSS法では、以下のような援助が保障されています。すなわち、アドバイスや個人的な支援、パーソナルアシスタントやコンタクトパーソン、レスパイト・サービス(一時的な預かり)やショートステイ住居、子どもや青少年、成人のための特別のケア、また成人の日常活動へのサービスなどです。
このようなLSS法は、人々の生活条件の平等化と社会への完全参加を促進することを目的とし、その人たちの自己決定権とプライバシーの尊重を基本としています。

医療行政の傾向

 スウェーデンは、近年、高齢者ケアを施設から地域の在宅やグループホームへ移行させようとする政策を掲げてきました。これは、1992年1月に導入されたエーデル改革に表れています。エーデル改革では、高齢者に対する福祉と医療サービスは、統合されて福祉寄りのサービスになりました。医療を担うのが県で、福祉を担うのが市町村でしたから、このことによって市町村の福祉における権限が増えました。
 市町村は、入院や施設介護から在宅介護や看護へと誘導を行いました。その結果、1985年には10万床あった病床が、2009年には2万5千床に減りました。年々高齢者が増えていても、この方針は変りませんでした。
 ここには医療費の抑制も絡んできます。例えば、医療費の支払いは、包括払いになっています。入院が長くなればなるほど、病院の持ち出しになるので、病院側には早く患者を退院させるようなインセンティブが働きます。したがって、在院日数は短縮傾向になっています。例えば85歳の高齢者が股関節手術で入院しても、10日で退院ということになります。出産に関しても、妊産婦は2泊したら家に帰ることになっています。
 その他の医療費削減としては、後発薬である安価なジェネリックの利用が推進されています。実際にスウェーデンでは保険が適用されるのは、基本的にはジェネリックだけになっています。もし患者が先発品を使いたい場合には、差額は患者が自費で負担します。

障がい児福祉の傾向

 スウェーデンは福祉の国ですので、国民は障がいを持つ人々のことをよく理解していると思いがちです。しかし、実は一般の人は、ダウン症とか障がい児のことなどは良く知らないということです。このように話してくださったのは、障がいを持つ子どもの医療ケアの専門家でした。だから、親たち自身も、自分の子どもが障がいを持つと分かって初めて、障がいについて学んでいくのだ、と話してくださいました。
 このような親たちに対して、知識を与えたり、相談したりする専門家がいます。かれらは障がいに関する基本的な知識や、障がいを持つ子どもの支援の方法を知っていて、親たちが安心するように説明をします。
 この頃では、出生前診断で子どもが生まれる前から障がいが分かることが多くなっています。例えばダウン症の簡単な出生前診断が可能になりました。デンマークでは20年後にはダウン症は生まれなくなると言われています。スウェーデンでも高齢出産の人(35歳以上)は、基本的に診断を受けるかどうかが聞かれ、子どもを産む年齢は高くなってきているので、障がいを持つ子どもが増える可能性が高まっているとのことです。ちなみにスウェーデンでは、親は基本的には既定の週数までは自分の意志で中絶を決定できることになっています。
 ただし、出生前診断に関してはいろいろ問題が指摘されています。実際に、近年、スウェーデンもダウン症の子どもの出生は少なくなっており、このような傾向に反対している人もいます。社会の中に、病気や障がいを持つ方々がいてもいいのではないかと、考える風潮もあります。出生前診断に関わることは、専門家にコンサルティングすることもできますが、まだこの問題については大きな議論にはなっていないとのことでした。


発達障がいを持つ子どもの親の会

 スウェーデンでは発達障がい児・者の親の会の方々とも交流を持ちました。発達障がい関係への施策は、2000年になってから急速に整えられてきましたが、その背景には、発達障がいや自閉症やアスペルガー(自閉症スペクトラムのひとつ)の親の会のアドヴォカシー活動(当事者の権利を代弁すること)、当事者によるセルフ・アドヴォカシー活動(当事者自身が権利を主張すること)などがありました。
 ブルシッタさんには、33歳になる発達障がいを持つ息子さんがいます。彼女は、ストックホルム県自閉症とアスペルガー協会の会員で、筆者の親の会に対する質問に丁寧に答えて下さいました。それによると、この会は、1975年に設立され、メンバー同士のサポートをしたり、機関誌を発行したりしています。会員は約3,000人です。
この様な親の会の会員は、全国レベルでは1万2,000人に上ります。国の決定に関わったり、政治的働きかけを行ったりしていて、LSS法の制定にも、こうした親の会が大きな役割を果たしてきたとのことです。
 
親の会と医療者との協働

 スウェーデンでは今日、発達障がいは、早期診断をして、社会性の問題を早く見つけ、その子に合った対応をしていこうという気運になっています。カロリンスカ大学関連クリニックの小児科医によると、自閉症は2~3歳の間に、アスペルガーは5~6歳の頃に見つかるといいます。
 こうしたことが分かってきた背景には、親たちと医療者との協働があったことが指摘されます。これは、カロリンスカ研究所発達障がい能力センター(KIND)のスヴェン・ボルト教授も指摘していました。ボルト氏自身は医師の資格を持っておらず、専門は医療史や医療倫理です。彼は、スウェーデンにおける神経系発達障がい者――自閉症スペクトラム(アスペルガーを含む様々な特徴として現れる自閉症)やADHD(注意欠陥/多動性障がい)など――のケアの向上を目指して、教育的働きかけ、初期診断、各症状への介入をテーマとしてきました。
 センターの特徴は、研究と臨床が両方行われていることです。そして研究を基にガイドラインを作成しています。こうした研究は、医療専門職や福祉や教育の関係者が、互いに連絡を取り合いながら、親の会の支援をしつつ進められてきました。
 逆に医療専門職や福祉や教育の関係者たちは、親の会や当事者の団体を支援することによって、行政からの予算を獲得できている側面もあります。つまり親の会の支持を得ることによって、医療専門職は研究費が取りやすくなったりするのです。また、親の会がニーズを示すことで、障がい児教育や福祉における従事者たちの雇用が生れたりするのです。
 このように今日、障がいを持つ子どもに対して、医療・福祉・教育の連携が取られようとしています。この連携は必ずしも最初からうまくいっているわけではなく、始まったばかりです。今後の課題も多いといいますが、実践しようとする姿勢が見られるところに可能性が感じられます。
 これは、日本においても援用できる態度ではないでしょうか。発達障がいを持つ子の支援における教育・福祉・医療の連携が、今後、さらに充実することを期待します。

発達障がいを持つ子の教育

 ストックホルムには、自閉症スペクトラムの子どもたちのための特別学校として、公立も私立も、それぞれありました。私が訪問したのは私立の特別学校で、スタッフは65名、生徒は85名という規模の学校でした。私立であっても学校への支払いは、親ではなくて市(コミューン)が行います。この学校は、公立では提供できない特別な教育を提供できる所と認められていて、ここでしかふさわしい教育は受けられないと認定された子どもが通っているからです。
 この学校は、6歳から中学3年生までの10年間の教育を提供している、株式会社形式で運営されている学校でした。後に書くように職業訓練校も経営していました。朝や夜の時間帯、または学校の休みの期間などは学童保育もしています。
 ここでの目標は、社会的な立場での協働作業ができるように準備するというものです。そして、スウェーデン教育法を基にした学校づくりを行っています。子どもたちは、本人、先生、親が共同で策定した、個々の発達に合わせたポートフォリオ(記録集)をそれぞれ持っています。これはアメリカなどで行われている、IEP(Individualized Education Program)と近いものです。医師、セラピスト、“ハビリテーション”や特別教授法の担当者など様々な専門性を持つ人々がネットワークも作って、議論や試行錯誤を重ねて今のような形になったのだといいます。学校では、週に1回、校長、副校長、主任教員、心理士、学習担当者でミーティングを行います。そこでは、生徒の持つ問題に対してどんな共同作業を行うべきか、どんなネットワークが必要なのかを話し合って決めています。
 1クラスには6~7人の生徒がいます。印象的だったのは、6歳児クラスの時から、1クラスにつき一人の代表が出て先生たちも出席する会議が、1か月に1回開かれることです。この会議では、実に色々な議論が交わされるといいます。
小さな子どもですから、自分が好きな食事を出してほしいとか、新しい遊び道具がほしいといった要求を出してくることもあります。そうした要望に対し、栄養の観点から好きなものだけを食事に出すわけではない事や、今までにない遊び道具だから来年度購入しましょうとか、話し合いの中で、みんなが納得できる結論を導き出していくというのです。
 「素晴らしい仕組みですね」とその学校の先生に申しあげたら、「これが民主主義の基本になるのです」と答えて下さいました。
 

障がい者と職業教育

 スウェーデンでは、自閉症の子は普通の学校に行くことも多いですが、専門の施設に行く場合もあります。知的障がいの場合は、例えば高校などでは、料理や手工芸などを学んだりします。また、高校に在籍しながら、企業やお店やレストランなどでインターンとしての経験を積むこともあります。インターンの期間は26週間くらいが目安になるといいます。この様な際にタイアップしている企業は、例えば大型家具店のIKEAやマクドナルドなどです。また、職業訓練の学校で料理や手工芸などを学ぶこともあります。
 そこで、前出の特別支援学校と同系列の職業訓練校も訪ねました。そこでは、クッキーを作ったり、ケイタリングやレストランなどでの仕事を学んだりして、就労へ結びつける訓練をしていました。
 こうして学校を20歳くらいで卒業すると3つの道に分かれます。それらは、①就職、②デイセンター、③デイセンターを経て就職、という具合です。高校を卒業しても、すべての人が仕事に就ける訳でなく、就職できる人もいればできない人もいます。あるいは、もう少し訓練をすることで仕事ができる人もいるのです。その子に合った進路を歩み出してゆくのです。ただし、仕事を始められても、続けることはなかなか難しいものだともいいます。
 スウェーデンでは、会社は障がい者を何人雇うべき、という法律はありません。全従業員に対する障がい者の割合を決めた方がいいという人も多いのですが、今あるのは差別禁止法だけです。ただし、障がい者を雇用すると、会社は障がい者の給料の8割までを国から補助されます。それでもスウェーデンでも、障がい者は健常者よりも失業率が高いということでした
 しかしスウェーデンの障がい者は、経済的状態を心配する必要がないといいます。それは、失業したとしても行政が生活の面倒を見ることになっているからです。「障がい者が心配することは、行政のサービスがきちんと行われているかどうかということだけ」。この様に行政当局の方はおっしゃっていました。
 日本でも、幼少期の医療と教育の連携、成人になってからの教育から就労へのスムーズな移行の仕組みが整うのが待たれます。他国の状況を参考にしつつ、日本に合った形で展開されることが望まれます。