「誕生」全曲解説
これらの文章は、5thアルバム「誕生」に収められたすべての曲に対して、尾崎豊自身が月刊カドカワの誌上にて綴ったものです。
DISC1
【LOVE WAY】
自然の摂理に身を委ねる。
目に見えない怯えや説明のつかないものに対して、人は常に戸惑いを持っている。歩みは安らぎを禁じる。
こわばった心は凍り付いている。心は盲目であり、また何も聞こえなかった。閉ざされた心は卑しめられ鞭打たれていた。
しかしそれは福音の成就に到る道であると信じるが故に恐れるには足らないものだった……。
【KISS】
工場地帯は鉄を切り裂く金属音で溢れ、一日が始まる。
路上の朝は一斉に吐き出されている排気ガスに彩られ、情報社会は一人一人にわずかな情報を記録する。管理社会は誰一人にすらその行方を与えない。
胸に抱えた幾つものためらいを一秒一秒の時間の隙間に隠している。
満員電車が揺れるたび、やるせない思いに叫び出したくなるのは何故だろう。化粧品の臭いにむせかえる車内。頭がおかしくなりそうだ。
敗北と勝利。規則と期限。朝の歩調の一歩一歩はタイムカードを押すようだ。
言葉を用意して勇気を出し、陽気さを装い、切り札を胸に隠してはいるが裏も表もありはしない。記念品のように積まれた役たたずの書類。
五分おきには紙切れの上に新しい仕事がすぐに生まれ、一分後にはゴミ屑になっている。
鞄の中には主張と折り合いが包まている。カーソールを動かしてハード画面に似顔絵でも描いてみようか。煙草の煙にまみれ耳障りな会話が続く。
不倫の彼女のために偽名の口座を作ったが、終いにはお互いがお互いを食い尽くしてノイローゼになる。
何かが狂っている。どこにも加えてほしくない。一人になりたい。認めてもらいたいのさ。それが全てなのさ。
ヘッドライトに目を奪われ、放浪者のように家路を辿るんだ。アルコールを飲み喋り続けていると、いつの間にか自己嫌悪に陥るぜ。背広なんてただの作業着さ。
励ましておくれ。明日への希望を……。今日も働いたぜ。さぁ、キスしておくれ。
【黄昏ゆく街で】
無口な小鳥。小さな光。五十七番街。街角の大道芸人達は思い思いのフレーズに涙をこぼす。
小さな空がビルの合間に見える。散歩する恋人達。青空の下ではしゃぐ子供達。ローラースケートを履いて踊る若者達。
その中の一人がコメディアンの誰かに似ているんだって言いながら君は笑う。
アイスクリームを食べながら公園を歩き、僕は煙草に火をつけた。埃っぽい風に吹かれて街を歩くとやがて夜が訪れ、僕らはホテルの小さな部屋の中で言葉を探している。
そして互いの胸の内も分からぬままベッドにもぐり込んで、白く冷たいシーツにくるまって君を見つめている。
僕らは生きているんだよね。泣き声が聞こえるけど君じゃないよね。いつになれば互いの胸の内が分かりあえるの……。
見つめていて……。僕だけのこと……。
【ロザーナ】
離れ離れになったけれどいつかまた会えるさ。二人の始まりはもう遠い昔のこと。
心の傷みすら打ち明けられないまま過ごした日々もあった。でもハドソン河の辺で夢を打ち明け合った時のこと覚えているかい。
君の好きなベースボール・チームが優勝して、そういえばあの時の勝利投手は結婚したばかりの奴だったよね。
人生ってさ、なんだろう。二人はそんなことを夜通し眠らずにずっと考えこんだ。それがいつの間にか別れを迎えてしまったんだ。わけも分からぬまま……。
愛について話し合ったこともあったけれど、二人の愛は悲しみのうちに汚れていった。手紙は河に流してしまったよ。夢もわすれることにしてね……。
思い出す時間なんて勝手だった二人には辛すぎるから。ふたりともとくべつ変わってたわけじゃないさ。
新しい暮らしの中で、互いが互いのままでいられればいい。
【RED SHOES STORY】
いつもの店に駆けつけてさ、ダンスに明け暮れ、そこらじゅうの客にシャンパンをおごってやるのさ。さぁ乾杯だ。
色々なパーティーガールを口説いてやるさ。笑い声が酔いの中に響きわたる。どうにかしてくれ。
俺の儲けた金は湯水のごとくあるわけじゃないが、景気がいいんだ、好きにやらしてくれ。あぁ、俺はなんて馬鹿げた酔っぱらいなんだ。
朝日が眩しい。通勤や通学で賑わう朝ってのはさ、あれは絶対俺を馬鹿にしているぜ。路地裏の壁にもたれて意識を殺してるうちに、俺は街の風の中で眠っちまいそうだ。
部屋まで這いつくばってベッドに寝ころがって、さぁもうそろそろ旅にでも出よう……。
儲け合った奴ともおさらばさ。思い出なんて呼べるほど綺麗なものはねぇしさ。よくやってこれたぜ。まぁこれからも用心することだな。
お互いに信用もなくしちまったってのによ。傷みなんて分け合えるわけねぇだろ……。金儲けさ、何もかもすべて……。
おいっ、おまえにはもう借りはねぇよな。いまさらうるせぇぜ。あぁそういえば俺の貸しがまだあったな。そいつは返してくれねぇか。
なぁ若さなんてよ、弱みみたいなもんさ。上手いこと言われるのは最初のうちだけさ。悔しかったらおまえも人生ってやつをよくよく考えてみるんだな。
ひとつだけ教えてやるよ。成功ってのは運じゃない。だからといってひがんだってしょうがねぇだろ。上手くやるのさ。
おまえの将来なんて俺には手に取るほどよく分かる。精一杯生きるってことは時にはみじめなもんさ。それが笑い飛ばせるうちは、まだまだ尻の青いガキだ。
まぁ俺もどこに行くのかは分からないし、そんなこと今夜の酒しだい。次のゲームが待ってるんだ。
I Love my Rock'n roll
【銃声の証明】
一生を決めるものが何なのかなんて、人には分からない。
留置所で出会った少年ヤクザは散弾銃を抱えて敵の組に殴り込んで捕まった。罪だと知りながらも会社の命令で裏金をさばいて捕まった奴もいる。
環境が人の運命を決める。やむにやまれず罪を犯す哀れな人々は、涙を呑むように自分の運命を受け止めている。
テレビのニュースで金賢姫(キム・ヒョンヒ)が猿ぐつわで連行される姿を見た。
舌を噛み切って死ぬことすら出来ない。幼い頃にさらわれテロリストに育てられた彼女は、世間のさらしものにされ獄中で暮らし拷問を受けている。
自分の本当の親さえ知らないと彼女は言う。彼女にはそれしか言うことが許されないのだから……。
一体誰に責任があるんだ。なぁ、死ぬまで運命を恨み続け、わけも分からぬまま言われたとおりに生きてゆけとゆうのか。
運命のなすがままに生き、罪を背負う哀れな人々が救われればいいのだが……。
【LONELY ROSE】
君の瞬く声のようなファルセットボイスが流れている。
涙は輝き。君を見つめていると虚しい笑顔に吸い込まれてしまいそうだ。約束さえ確かじゃないけれど、今夜また君に会えるだろ。
小さな嘘なら胸の奥に山ほどあるよね。でもいいのさ……。
二人で雨音に包まれて夢見ようよ。夜の街並みを見つめながら君はグラスをなめている。君は神様の話が好きで、明日を夢見るのがもっと好きだった。
街灯の明かりに照らされながら僕らはながいあいだ接吻を交わした。信じられるものなんてとても少ないものだから……。
疲れたのかい。僕の胸の中で眠っておくれ。柔らかな君の温もりを抱きしめていたい。大切な君の心を……。
雨音に歌わせて。安らかに夢見ていたんだ。
【置き去りの愛】
帰り道は寂しい。すべてのものがタ暮れの影の中に揺れている。
目に見えるものすべてに僕は感じるものがあった。そんな気持ちを言葉にして君に伝えたかった……。思い出はアスファルトの亀裂に染み込んでしまったままだ。
君はそんな僕の思いなど知りもしなかったに違いない。探していたもの、それは一体何だったんだろう。君を壊すほど抱きしめた。
僕が心を閉ざして歩くと君は優しい笑顔で徴笑んでくれた。言葉などいらなかったんだ。僕らはすれ違いながら、そして愛し合ったよね。
もう帰らぬ日々。君が幸せでいるように……。僕は愛に跪く。
【COOKIE】
仕事を抱えて街を歩く。
下世話な広告から飛び出してきたような日常への憧れが、街中に散乱している。何を気取っているんだい。 生きてゆくために必要なものの何を持っているんだい。
マスコミは人の心をもてあそぶようなことを報道して喜び、本当に目を向けなければならないものからは目をそらさせている。
そんな無責任な大人達によって作られてきたこの社会に僕は首をかしげてしまう。
思い返せば僕達は大人に従ったり、反発しながら生きてきた。そして僕ももう大人になったんだよ。もう責任逃れする大人を許せないじゃないか。
子供を編して金を儲けてるだけの大人達を。でもまだ答えは出されてはいない。
僕は明日を信じたい。だからハニー、美味しいクッキーを焼いておくれ。美味しいミルクを飲ませておくれ。
愛しているから、たったそれだけでいいんだよ。君を愛しているから。
【永遠の胸】
一人きり生きる君。背負うものは限り無い。孤独や迷いは賢者が持つ宿命である。
汚れなく生きることを望むがよい。それが一番 正しいだろうから。僕はたくさんの過ちを犯してきたが、君がその状況に陥る前に伝えたいんだ。
よく聞いておくれ。一人で生きることの大切な意味を……。
出会いや触れ合いや人とのつながりは財産だ。本当の自分を見つける手だてにもなれば、嵐から身を隠すシェルターにもなる。
ちっぽけな自分と見失ってしまいそうな君。幸福を知るために犠牲にしてきたものはあるが、君を失いたくはない。
すべての思い出が与えてくれたものを決して忘れないように……。それは知識であり正義であり糧だからだ。
欲望によって裏切られても、信じていたいじゃないか。
ただ人は時にあまりに嘘つきなんだ。そして誰もが心に掟を持っている。いつだって幸せを抱きしめていたいさ。信じていたいさ。
すべてを捧げるもの。それが欲望。それが愛。その相反する二面性を持ったものこそが真実なのだから……。
そしていつか何故生まれてきたのか知ることが出来たならばいいのにと僕は思う。
夜空に落ちてゆきそうな気持ちになった時に、この空の果てにもっと確かな幸せがあるのかもしれないと思ったんだ。
僕は今この世界で生きている。生まれたことに意味があるなら、僕を求めるものがあるならば、この世界で覚えた戦いと幸せを伝えたい。
君と生きてゆくことすらも分け合えたらいいのに。
ごらん人の心にはたくさんの他の人の気持ちが宿っている。僕は君のためにそれを受け止めたいんだ。この場所からずっと……。
君のためにも僕はここにいるから……。
【記事引用】 「月刊カドカワ/1990年12月号」
【画像引用】 「誕生」