空に問う。

空に問うても果てがない

気が滅入る。

2014-11-20 19:11:18 | 日記
父いじめをする。もう野球になると煩い。その勢いで家族に目をむけろと言いたいが、そんな気はさらさらない。心配かけんのが、されんのが自分の役目だと思ってる。・・・・とにかく他人に興味はないし、他人に気を使うということがない。中卒なのに偉そうなのに世の中を語るな。元漁師なんだから謙虚にしてろ。

頭悪いし、性格悪いし。でも一番嫌いなのは何しても手を抜くこと。端折ること。中途半端でいい加減。何事もやり遂げないこと、かな?

自分が出来なくても当たり前と常に思っているから、なんも学ばない人だ。

の、はずが野球や野球選手のことは友達みたく語る。外人選手もフルネーム言えたりする。CTをシーチィーとしか言えないくせに・・・・。

興味があることやモノだけに熱心な人間ってボリュウムの上げ方が現金で嫌いだ。もちろん父が野球をこよなく愛しているので、おいらは野球は大嫌いになった。これが幼いころの最初の反発だったと思う。

父いじめって言っても、日米野球観ていたから、TVのチャンネル変えて他の番組を観る笑。でもこれだけで世界が終ったような顔をするから不思議。

ああやっぱりこの人が亡くなっても悲しまないんだろうなぁと思う。

中身がまるで違うんだ。

搭載してるスペックが違うんだ。外見は似ていても同じ心が見つけられない。

本当の良くここまで自分のことしか考えないで生息できたもんだ。平成がこの人のメインステージなら絶対に失敗する人。家族の足ばっかり引っ張ってる。

まあ、いじめって言っても「家族が居間にいる短い時間だけは家族が好きなTVを観る」って決めてあるのに野球を観ていたからだ。何を言わずリモコンで観たくもない番組にチャンネルを合せる。

そう思うのも高倉健様が亡くなったせいだ。子供の頃に角川映画の「野生の証明」を観てから、こういう人が父親ならばと思っていた。父は生物学上の親でしかなかった。この感覚は小学生の頃にはあった。憎むことが下手くそだったんで、居ないモノにしてしまった。だから、おいらは決定的に父性が欠如していると言っていい。あんな背中蹴る価値もない。なんで嫌いになったのか正確には覚えていないけど、子供は所有物って感じで接せられたからかな?子供って「イヤ」って思うとイヤイヤするじゃないですか?それをこの父親は理解が出来なかったらしい。例えば赤ちゃんでも思い通りに出来ると思っていたらしい。親になるべき人間じゃなかったんだ。別に殴られたわけじゃないし、つるされたわけでもない。

ただ無視された。

でも子供の頃は父のそれとは関係なく野球が好きだった。なので町内会の小さい学年の野球チームに入ってた。楽しかった。で、母には「絶対にとうちゃんに言うな」って約束していたが、そういう子供のルールが通るはずもなく、母は何気なく子供の成長を父に話した。

ある日のこと、大きい学年のお古のネズミ色のブカブカのユニフォームを着て練習していた。嫌な死線を感じた。するとバックネットの裏に人影が・・・・。西部警察の渡さんみたいなデカいサングラスをかけた父がそこにいた。

で、瞬間的にカッときて、グローブをグランドに投げつけて、コーチやチームメイトの声を振り切って走って逃げた。

家までの帰り道を泣きながら歩いた。その時の気持ちを今も覚えてる。本当に死んでしまいたかった。

いつもは無視してるくせに、野球をしてる息子には関心を持つ、その底の浅さが嫌だったんだ。それを考えもなしに父に話した母が許せなった。子供頃から同時に人を裁く子供だった。どちらかが悪いんじゃなくて、両方が悪いこともあるとわかっている子供だった。

「とうちゃんには絶対に話したらいけん」。どうして、その言葉の意味を組めないんだと疑問に思った。子供の心は守れる人らかもしれないが、おいらのような子供の親では不十分だったんだ。今も思うけど、この人らの下に生まれたことを気の毒だと思う。もっとシンプルで普通の子供であったならば良かったのに・・・。どうしてこんな子供の親でなければいけないのかと思うと、両親に申し訳ないときもある。

敏い子供であることはおいらの人生に長い間影を落とした。それでも高学年の時は町内の野球チームに入った。選手が足りなくて、友達に頼まれたから。その時は母が察してくれているだろうと何も言わなかったけど、やっぱり母は父に話し、グラウンドの隅で木に隠れながら父が練習をみていた。今度こそ腹が立ったのでノックをほっぽり出して走っていき「来るなぁーーーー」と大声で叫んだ。

この日から丸4年くらい口を訊いたことがなかった。無視されるのはいい。でも相手の事情や都合で無視されるのがたまらなく嫌だった。父が望むような子供でなければいけない理由が分からなった。無視するのであれば、どんなときのおいらでも無視していて欲しかったんだ。

でも初めて買ってもらったグローブは大事に使った。いつもピカピカに磨いた。でも、中学校に入ってバスケ部に入ったら、そのグローブをおいらの断りもなしに2つ下の従兄に父が勝手にやった。宝物みたいに大事にしていたのに。その従兄と父は嬉しそうにキャッチボールをしていた。もう、付け入る隙もなく、おいらの父親ではなくなった瞬間だ。まあ使わないグローブを使う人間にあげたことはどうでもいい。自分が金を払ったんだから、自分の好きにしていいと言う考え方が嫌だったんだな。

子供のこんな思いをさせる「父」と言うものになるのを拒絶したのは、そんなところから来てる。同じ血が流れていることは分かってる。だから同じように子供を傷つける親になることを拒んだんだ。他人を尊重しない人間が、自分の中にもいると思う。これを押し込めるためにどんなに血が滲むような努力を重ねてきたか。

でも、それって父への復讐でしかない。けど、もともと他人に関心がないんだから、復讐にもならなかったけど笑。この角質をほぼ知っている親友(かつてですが)に「お父さんを殺さないで良かったね」と言われた。

悩みはそこじゃない。自分のこの性分をどうにかしたいがために悩んでいただけだ。一人が当たり前と思う心。この心が邪魔で邪魔で仕方なったんだ。父に起因はしてるけど、父が直接の原因でもないんだろう。何かが決定的に欠けている人間として生まれたこと、それでも生きていることに矛盾を感じてる。もうこの世にないはずの生命でもあるんだろう。

軽い魂だ。軽い魂には保身がなかった。それはとても寂しいことなんだと思う。

この矛盾は例えば父が亡くなっても消えることはないだろう。

こんな魂、風に飛んでいけばいいのに笑。



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