もう荒神様を移動させて(たぶん)問題はないだろうと、神棚の世話は父にバトンタッチ。やっぱり主がやらないとね。ややこしいことにこの地方では家の守り神としての位置が荒神様なのだ。まあ神棚の文化(一説には一般には江戸時代)よりは信仰形態としては古いんだろう。
実家であった竃神(荒神様)の祟りがどのような経緯で起こったのかは分からない。父らは、そんな視点で世界を見てはいないから、不思議なことが起こっても、そこに異様さは見つけられないのだ。まっ、普通はこれが正常なんだけど笑。だから事の顛末は想像できても始まりは分からない。お祖母ちゃんが取り憑かれやすい体質だとしても、その頻度がわからないから見当がつかないけど、家は女に憑くと言うから・・・・。
まあ父が口を閉ざし今まで言わなかったのは、ボヤ騒ぎ(消火器ですぐ鎮火)の時のお祖母ちゃんの取り乱しようが普通じゃなかったんだろうなぁ。ただ違う見方(頻繁に拝み屋さんのお世話になっていたようだが)を持ち込まなかったから、母のせいではないと説得するしかなかったんだろう。ちょっとした病みが伝播すると怖ろしいもんだ。まあお祖母ちゃんは父だけを異様に可愛がったようだし。それに調子に乗った父は、この頃から兄弟と和解できない溝を作ることになった。
悪い縁を持つものは、やっぱりどこへ行っても悪い土地(部屋、家)に出くわすようだ。だから実家なりで問題が発生していた場合、その場所や神の怒りを鎮めないと、延々と悪い縁は繋がれていくよう。それは父を見ていると判る。はじめて家を建てる建築屋に頼んだばかり、南向きの窓は囚人窓みたいに小さくなるし、図面と違う間取りになったり、最終的には神棚の天井を自分らが踏みつけた板を張るような工務店なのだ。仮にK工務店としよう。でも父は文句を言わなかったらしい。ある意味、人が良いからカモにされていたんだろうなぁと思う。
まあ、越してきてすぐに隣家が立ち始めて、土地の境目でトラブルになり、その後一年間は入退院を繰り返すことに。同じ轍とまでは行かないけど、この時すでに荒神は西を向き、神棚は東を向くと言ういびつな格好。せめて荒神様を南向きにする配慮が工務店側にあればいいんだけどね。・・・・なんせはじめてだから。土地トラブルは異様な展開をみせて何人も仲介に入って貰って決着がついた。軍配は我が家。で、その頃、隣家のおばさんが〇理教の信者だと知る。あまり良い噂は耳にしない・・・・。で、今なら思うと判るんだけど、隣家のおばさんの執念だけで父の様態が悪くなったんじゃないって事。元々、家の守り神的存在である荒神様(竃神)を無礼な祀り方をしていたのだから、プラスアルファで強くなったんだろうね。越したころには既に父の身代わりとなるために生まれたおいらもいたんだし。
で、竈神の祟りもお祖母ちゃんの死をもってキレイさっぱり消えて、土間の竈らを洋風のキッチンスタイルに変える頃には、竃神を鎮めるための儀式とかしなかったんだろうなぁ。思えば現存する父の兄弟はみな腎臓が悪いと訊く。それにトイレが近い体質だ。土地の神の障りの中にこうした例は多いと言う。だから、祟られたまんま兄弟は離れ別所帯を持ち、不幸になった。まあ妹二人は嫁いだので父には憑いてきたんだろう。大阪にいた弟はマリッジブルーで自殺未遂をし、兄は船の上で倒れて30年おいおいになった。男の子(この場合は後継ぎかな)がいたのは我が家だけ。きっと父が全面的に受けるはずの祟りを、半分以上受ける羽目となる、いけにえみたいな子供がおいらだった。だから大人になって会社を興すいい機会になっていた頃、我が家で行われた愚行によりまた家のバランスが壊れたので、急遽呼び戻されるような形で戻ってきた。おいらは精神的にもボロボロで廃人同然だった。それも父の身代わりの部分が強かったのだろう。とんだトバッチリだ。
おいらが生まれた頃には父方の祖父母はすでに他界していたで、何も知らない。
で、何どか、夢の中にお祖母ちゃんが出てきて、それこそ狂ったように今後起こるであろう、父への警告をおいらに伝えにやってきた。もう何を話しているのか分からないが、もう〇〇が事故に遭うとか、父の名前を絶叫するのである。あんまりひどいので、もう一人妙齢の女性がなだめすかして出て来る。父に二人の名前を訊いたところ、祖母と曾祖母だと言う。曾祖母はひ孫であるおいらにも気づかいはあるが、ばあちゃんにはなかった。父を守ること、父を思うこと、それ以外にエネルギーを注ぐのを止めてしまった生前の姿を思った。普通の人間を特別にしてしまう育て方。だから父は自分本位の人間になり、家族を奴隷のように支配した。まあ暴力は使わなかったけど。
で、この二年前から第三の危機が始まる。それは邪悪な人を呪う現職の神職に呪詛を食らったからだ。風水などを使って騙し騙しなんとかやっていたが、腐っても本職が祭式に則り行う祈祷や祈願である。それは相当な威力を持っている。おいらは少しだけ関知する才能があったので、すぐに犯人の目星はついた。揉めたら即呪詛だったからね。これは判り易い。
で、土地に呪詛(神道は、氏名、住所、生年月日が判れば完璧な祈願(または呪詛)が出来ます)をかけられたもんだから、土地の神は怒るわな。普通なら、掛けた相手に怒りまくるのが筋なんだろうけど、家の中のバランスは常に微妙だったし、おいらもストレスからバランサーの役割を維持するのが出来なくなっていた。まあダムの決壊みたいなものです。ばぁーと家の中のバランスが崩壊した。それでもよかれと思い神棚と荒神様の宮形を新しくしたり、それ相応の対応策はし続けたが、ここでなんとも愚かな愚行を父が犯す。
荒神の宮型に合わなかった神札を、折り曲げてねじ込んで中に押し込んでいた。そんなことになっていたとは年末まで知らなかった。それが昨年の六月。で、家の中は陰惨さを増し、会社ではヘンな客ばかり現れ、状況がますます悪化した。おいら的には神に対し疎かなことをした覚えがないから、考えが及ばない。パニックだ。
その頃、ある古社にお詣りに行った。その日は例大祭だった。けどその例大祭がどんな祭りか知らなかった。それは「鎮火祭」と呼ばれる祭りで、読んで字の如く火を鎮める祭りを行うが、忌み祭なので大きな音を立てたりしてはいけない日だった。もちろん柏手もNG。でもおいらは知らずに拝殿、摂社末社にパンパン柏手を打って廻った。この日の音の響きは水面に拡がる波紋みたいに見えた。間違いとは知らずに。
で、駐車場に戻ってイベント用の展示版を見てビックリ!!!!今しでかしたことの大きさを知り、すぐに全社頭を下げてお詫びして回った・・・・・・。怖かった。こういう古来から伝わるお祭りってやり方を間違えると祟られる(死ぬ)と言われている。例えばどんなに崇敬する神社であっても、神の機嫌を損ねたらアウトなのだ。そこまで神は狭量ではないと言う人もいるけど、神職に呪詛をかけられているような身の上だっかから怖さが倍増した。
そして、また連日連夜家族の中でケンカが起こり、なんでか上記の神社で戴いていた家族分の肌守りを取り上げた。で、改めて「涼しくなったら、お詫びにいけ」と言った。たぶん春先に上記神社の宮司さんが肌守りやら魔よけの酒、米、塩などを送って貰っていたのだが、母だか父だかがそのことについて難癖をつけた。で、ケンカ。たぶん、おいらの言うような不幸は我が家には起こっていないし、お前がおかしいんだみたいに言われたのかな。じゃあ、おいらを気遣って送って貰ったお守りに意味はないから、持ってるだけ悪いことが起こるんじゃないのかと言った。ケンカの内容も榊が枯れたら変えろとか、そういう些細なことだった。面倒臭がる父は神棚にあげる水ですら忘れるのだ。
で、何を血迷ったか、電車で一時間の距離にある崇敬する神社へ参拝に行った。たぶん「もうあんたみたいな心ない世話しか出来ん人間を神様は守らんだろう」と云い放ったおいらの言葉が怖かったからだろう。息子の将来や身を案じてって事ではなかったらしい。そしてその日の夜、急に発熱し倒れ一週間入院した。
おいらにしたら鎮火祭で粗相をしたし、お詣りは少し控えてといったのに行くから、それこそ神の禁忌にあたったのだと思った。なんせ、神棚を覗いたら、米は腐り、塩は水になり、しめ縄は焦げていた。米は元来、家の周りに撒くように魔除けで貰っていた米と塩を混ぜたものを、余ったから”もったいない”と神前にあげていたらしい。本当に無知で罰当たり。こんなんだから、神様が護ってやろうとしても守れないですよね。もう唖然としました。ホントにぼんくらです。
すぐに崇敬する神社に相談するも、しめ縄の件だけがわからないと言う。おいらは鎮火祭の失態もあったので、そのことでお怒りになったとカン違いしてしまったのだ。実はもうその時点で、ぐしゃぐしゃに捻じ曲げられた神札の存在を・・・・。
もう何をやっても無駄だった。そこに来て今度は地元の古社でおいらにはまったくの無縁だと思って参拝すらしたことがない神社の神職を500年前の先祖が奉じていたと言う話が舞い込んできた。それこそ藁をも掴む気持ちで毎朝一カ月間、今まで参拝しなかった無礼とお詫びをしに行った。まっ、ちょっとだけ気持ちよく考えていたが、これもきっと誤りだった。どんどん状況は悪くなっていった。もう店を閉めることよりも、おいらの進退について、もう泥沼だった・・・・・・。
で、年末に折れ曲がったお札を知る。父曰く「入らんと、お前に悪いと思って・・・・」もう他人のせい。すぐに神札のサイズにあった荒神宮をネットで注文した。
が、問題がここにあって実は昨年6月の時点で、氏神神社の宮司さんに我が家の祈願をお願いし、家に来ていただいていた。別に神棚同志が向かいあっても問題ないという。でも神棚は東か南に向けろと言うではないか。西に向いてるぞ。・・・神社庁はあまりに神離れが進んでいるため、あれが悪いコレが違うとか言わなくなってる。大丈夫と言われても、おいらは睨まれているような殺気だった気配を感じてる。まあ神棚で合祀出きることも知っていた。が荒神様と東南の物置(これは角度が外れているとかいい加減なことを云われたようだ)はそれでよいと言われ、両親の反対もあってそのままにしていた。
ら、おいら体調を壊して検査したら首に腫瘍があって手術。父も鼻の空洞にキノコ状の腫瘍があって手術。家人に何度も癌(良性だったから腫瘍)が見つかるのも土地の神の障りなんだって・・・・。考えると、もうそれ以外にない。父は手術が成功しても、本当はまだどこか具合が悪いのではないかと、気がふれたようなことを言い始める。元々、お祖母ちゃんに似て病的に気が弱いのだ。常に自身が「死の病」に憑りつかれていると若いころから怯えている。
で、荒神様合祀&神棚移動を経て、父はビックリするくらい人間性を取り戻した。まるで違う人間だ。思いやりも復活・・・・・。おいらは、おいらで余計に陰鬱。父みたいな急激な変化が出るとは思えなかったが、自分自身が自分自身を壊すような道を進んで行くという愚かな考え方に気が付いた。昔一度捨てたものに戻れるハズなんかない。目にするのも関わるのも嫌だったから断念した道。まだ合否は来ないけど、落ちていたら自分のため、断わるのは相手方のためと思っている。たぶん引っ掻き回す。でもそれはいい結果をもたらさない。こんな土地の神の祟りにあっていた期間にした判断がまともなはずはない。
結果的に、仏さま(弘法大師)に多大なご迷惑をかけましたけど、今回私ら家族を救ってくださったのは仏さまのお慈悲と崇敬する神社の神威でしょう。お札を返す、守り札を返すなど愚行(これはアドバイスがありやったんですよ)に走りました。それは今後お詫びしていこうと思います。
まあ、ちょっとだけ残念なのは、おいらが父の身代わりとなるために今日まで生きてきたこと。それ以外には役目がなかったってことです。もう用済みなんだろうと思います。家族の絆っぽいものにもう気持ちが固定出来ないんです。もっと早く独立して一人で生きていれば良かったと思います。もう少し時間はかかるけど、この家は出ていかないとね。もう見るのも、息をするのも、想い出も・・・・全部が辛いだけ。
今も膿苦しんでいる最中、それでも神様を奉じなければならず、本当に竃神様、天照様、氏神様、大変申し訳なかったです。こういうのは健康な人間がやってこそ正しいわけで、おいらがしてはいけないと思っておりました。本当に申し訳ないです。
でも、自分が尊敬する人ならば悔いも残りませんが、むしろおいら自身にとっていちばん邪魔な存在であった父の身代わりなど悔やむばかりです。このお祖母ちゃんの霊はおいらを幸せにはしてくれないでしょう。だからセイフティネットで名前も素性もわかりませんが、拝み屋のおばさんが遠くから見守っていてくれたのだと思います。おいらがおいらの人生を取り戻すには少々年も取り過ぎたし、もう生きてくために働くしかないんでしょうね。
今日も、雨が降りそうで降らない。大気は不安定で、大雨の予感はするけど。
いろんな意味の結果は何も出ていない。一社の面接に約一カ月以上拘束されたり、友人と食事に行こうとすると体調が悪くなったり、やっぱり家に囚われたまんまの囚人みたい。はじまりの時が見えないことよりも、今回みたいに終わりが見えないときの方が辛いですね。
人の不幸を願うのは嫌いだけど、他人を呪詛してまでその地位を守ろうとする邪悪な人間がいて、その人が今も普通に誰かを呪詛しながら生きてると思うと時々叫びたくなるほど気が滅入る。いろんな出来事は同時進行ではない。歪んでてねじ曲がっていて、なんとなく並んで視えるだけだ。家の神様騒動は終わったものと思いたい。でもおいらの心は戻らない。
月並みだけど、普通になりたかったんです。もう・・・・・・・・・。
これで本当に終わるのか・・・・もう何度もそんな局面を迎えて期待を裏切られてきたので、正直怖いです。これで終わりじゃないとおいらはもう前には進めない。
実家であった竃神(荒神様)の祟りがどのような経緯で起こったのかは分からない。父らは、そんな視点で世界を見てはいないから、不思議なことが起こっても、そこに異様さは見つけられないのだ。まっ、普通はこれが正常なんだけど笑。だから事の顛末は想像できても始まりは分からない。お祖母ちゃんが取り憑かれやすい体質だとしても、その頻度がわからないから見当がつかないけど、家は女に憑くと言うから・・・・。
まあ父が口を閉ざし今まで言わなかったのは、ボヤ騒ぎ(消火器ですぐ鎮火)の時のお祖母ちゃんの取り乱しようが普通じゃなかったんだろうなぁ。ただ違う見方(頻繁に拝み屋さんのお世話になっていたようだが)を持ち込まなかったから、母のせいではないと説得するしかなかったんだろう。ちょっとした病みが伝播すると怖ろしいもんだ。まあお祖母ちゃんは父だけを異様に可愛がったようだし。それに調子に乗った父は、この頃から兄弟と和解できない溝を作ることになった。
悪い縁を持つものは、やっぱりどこへ行っても悪い土地(部屋、家)に出くわすようだ。だから実家なりで問題が発生していた場合、その場所や神の怒りを鎮めないと、延々と悪い縁は繋がれていくよう。それは父を見ていると判る。はじめて家を建てる建築屋に頼んだばかり、南向きの窓は囚人窓みたいに小さくなるし、図面と違う間取りになったり、最終的には神棚の天井を自分らが踏みつけた板を張るような工務店なのだ。仮にK工務店としよう。でも父は文句を言わなかったらしい。ある意味、人が良いからカモにされていたんだろうなぁと思う。
まあ、越してきてすぐに隣家が立ち始めて、土地の境目でトラブルになり、その後一年間は入退院を繰り返すことに。同じ轍とまでは行かないけど、この時すでに荒神は西を向き、神棚は東を向くと言ういびつな格好。せめて荒神様を南向きにする配慮が工務店側にあればいいんだけどね。・・・・なんせはじめてだから。土地トラブルは異様な展開をみせて何人も仲介に入って貰って決着がついた。軍配は我が家。で、その頃、隣家のおばさんが〇理教の信者だと知る。あまり良い噂は耳にしない・・・・。で、今なら思うと判るんだけど、隣家のおばさんの執念だけで父の様態が悪くなったんじゃないって事。元々、家の守り神的存在である荒神様(竃神)を無礼な祀り方をしていたのだから、プラスアルファで強くなったんだろうね。越したころには既に父の身代わりとなるために生まれたおいらもいたんだし。
で、竈神の祟りもお祖母ちゃんの死をもってキレイさっぱり消えて、土間の竈らを洋風のキッチンスタイルに変える頃には、竃神を鎮めるための儀式とかしなかったんだろうなぁ。思えば現存する父の兄弟はみな腎臓が悪いと訊く。それにトイレが近い体質だ。土地の神の障りの中にこうした例は多いと言う。だから、祟られたまんま兄弟は離れ別所帯を持ち、不幸になった。まあ妹二人は嫁いだので父には憑いてきたんだろう。大阪にいた弟はマリッジブルーで自殺未遂をし、兄は船の上で倒れて30年おいおいになった。男の子(この場合は後継ぎかな)がいたのは我が家だけ。きっと父が全面的に受けるはずの祟りを、半分以上受ける羽目となる、いけにえみたいな子供がおいらだった。だから大人になって会社を興すいい機会になっていた頃、我が家で行われた愚行によりまた家のバランスが壊れたので、急遽呼び戻されるような形で戻ってきた。おいらは精神的にもボロボロで廃人同然だった。それも父の身代わりの部分が強かったのだろう。とんだトバッチリだ。
おいらが生まれた頃には父方の祖父母はすでに他界していたで、何も知らない。
で、何どか、夢の中にお祖母ちゃんが出てきて、それこそ狂ったように今後起こるであろう、父への警告をおいらに伝えにやってきた。もう何を話しているのか分からないが、もう〇〇が事故に遭うとか、父の名前を絶叫するのである。あんまりひどいので、もう一人妙齢の女性がなだめすかして出て来る。父に二人の名前を訊いたところ、祖母と曾祖母だと言う。曾祖母はひ孫であるおいらにも気づかいはあるが、ばあちゃんにはなかった。父を守ること、父を思うこと、それ以外にエネルギーを注ぐのを止めてしまった生前の姿を思った。普通の人間を特別にしてしまう育て方。だから父は自分本位の人間になり、家族を奴隷のように支配した。まあ暴力は使わなかったけど。
で、この二年前から第三の危機が始まる。それは邪悪な人を呪う現職の神職に呪詛を食らったからだ。風水などを使って騙し騙しなんとかやっていたが、腐っても本職が祭式に則り行う祈祷や祈願である。それは相当な威力を持っている。おいらは少しだけ関知する才能があったので、すぐに犯人の目星はついた。揉めたら即呪詛だったからね。これは判り易い。
で、土地に呪詛(神道は、氏名、住所、生年月日が判れば完璧な祈願(または呪詛)が出来ます)をかけられたもんだから、土地の神は怒るわな。普通なら、掛けた相手に怒りまくるのが筋なんだろうけど、家の中のバランスは常に微妙だったし、おいらもストレスからバランサーの役割を維持するのが出来なくなっていた。まあダムの決壊みたいなものです。ばぁーと家の中のバランスが崩壊した。それでもよかれと思い神棚と荒神様の宮形を新しくしたり、それ相応の対応策はし続けたが、ここでなんとも愚かな愚行を父が犯す。
荒神の宮型に合わなかった神札を、折り曲げてねじ込んで中に押し込んでいた。そんなことになっていたとは年末まで知らなかった。それが昨年の六月。で、家の中は陰惨さを増し、会社ではヘンな客ばかり現れ、状況がますます悪化した。おいら的には神に対し疎かなことをした覚えがないから、考えが及ばない。パニックだ。
その頃、ある古社にお詣りに行った。その日は例大祭だった。けどその例大祭がどんな祭りか知らなかった。それは「鎮火祭」と呼ばれる祭りで、読んで字の如く火を鎮める祭りを行うが、忌み祭なので大きな音を立てたりしてはいけない日だった。もちろん柏手もNG。でもおいらは知らずに拝殿、摂社末社にパンパン柏手を打って廻った。この日の音の響きは水面に拡がる波紋みたいに見えた。間違いとは知らずに。
で、駐車場に戻ってイベント用の展示版を見てビックリ!!!!今しでかしたことの大きさを知り、すぐに全社頭を下げてお詫びして回った・・・・・・。怖かった。こういう古来から伝わるお祭りってやり方を間違えると祟られる(死ぬ)と言われている。例えばどんなに崇敬する神社であっても、神の機嫌を損ねたらアウトなのだ。そこまで神は狭量ではないと言う人もいるけど、神職に呪詛をかけられているような身の上だっかから怖さが倍増した。
そして、また連日連夜家族の中でケンカが起こり、なんでか上記の神社で戴いていた家族分の肌守りを取り上げた。で、改めて「涼しくなったら、お詫びにいけ」と言った。たぶん春先に上記神社の宮司さんが肌守りやら魔よけの酒、米、塩などを送って貰っていたのだが、母だか父だかがそのことについて難癖をつけた。で、ケンカ。たぶん、おいらの言うような不幸は我が家には起こっていないし、お前がおかしいんだみたいに言われたのかな。じゃあ、おいらを気遣って送って貰ったお守りに意味はないから、持ってるだけ悪いことが起こるんじゃないのかと言った。ケンカの内容も榊が枯れたら変えろとか、そういう些細なことだった。面倒臭がる父は神棚にあげる水ですら忘れるのだ。
で、何を血迷ったか、電車で一時間の距離にある崇敬する神社へ参拝に行った。たぶん「もうあんたみたいな心ない世話しか出来ん人間を神様は守らんだろう」と云い放ったおいらの言葉が怖かったからだろう。息子の将来や身を案じてって事ではなかったらしい。そしてその日の夜、急に発熱し倒れ一週間入院した。
おいらにしたら鎮火祭で粗相をしたし、お詣りは少し控えてといったのに行くから、それこそ神の禁忌にあたったのだと思った。なんせ、神棚を覗いたら、米は腐り、塩は水になり、しめ縄は焦げていた。米は元来、家の周りに撒くように魔除けで貰っていた米と塩を混ぜたものを、余ったから”もったいない”と神前にあげていたらしい。本当に無知で罰当たり。こんなんだから、神様が護ってやろうとしても守れないですよね。もう唖然としました。ホントにぼんくらです。
すぐに崇敬する神社に相談するも、しめ縄の件だけがわからないと言う。おいらは鎮火祭の失態もあったので、そのことでお怒りになったとカン違いしてしまったのだ。実はもうその時点で、ぐしゃぐしゃに捻じ曲げられた神札の存在を・・・・。
もう何をやっても無駄だった。そこに来て今度は地元の古社でおいらにはまったくの無縁だと思って参拝すらしたことがない神社の神職を500年前の先祖が奉じていたと言う話が舞い込んできた。それこそ藁をも掴む気持ちで毎朝一カ月間、今まで参拝しなかった無礼とお詫びをしに行った。まっ、ちょっとだけ気持ちよく考えていたが、これもきっと誤りだった。どんどん状況は悪くなっていった。もう店を閉めることよりも、おいらの進退について、もう泥沼だった・・・・・・。
で、年末に折れ曲がったお札を知る。父曰く「入らんと、お前に悪いと思って・・・・」もう他人のせい。すぐに神札のサイズにあった荒神宮をネットで注文した。
が、問題がここにあって実は昨年6月の時点で、氏神神社の宮司さんに我が家の祈願をお願いし、家に来ていただいていた。別に神棚同志が向かいあっても問題ないという。でも神棚は東か南に向けろと言うではないか。西に向いてるぞ。・・・神社庁はあまりに神離れが進んでいるため、あれが悪いコレが違うとか言わなくなってる。大丈夫と言われても、おいらは睨まれているような殺気だった気配を感じてる。まあ神棚で合祀出きることも知っていた。が荒神様と東南の物置(これは角度が外れているとかいい加減なことを云われたようだ)はそれでよいと言われ、両親の反対もあってそのままにしていた。
ら、おいら体調を壊して検査したら首に腫瘍があって手術。父も鼻の空洞にキノコ状の腫瘍があって手術。家人に何度も癌(良性だったから腫瘍)が見つかるのも土地の神の障りなんだって・・・・。考えると、もうそれ以外にない。父は手術が成功しても、本当はまだどこか具合が悪いのではないかと、気がふれたようなことを言い始める。元々、お祖母ちゃんに似て病的に気が弱いのだ。常に自身が「死の病」に憑りつかれていると若いころから怯えている。
で、荒神様合祀&神棚移動を経て、父はビックリするくらい人間性を取り戻した。まるで違う人間だ。思いやりも復活・・・・・。おいらは、おいらで余計に陰鬱。父みたいな急激な変化が出るとは思えなかったが、自分自身が自分自身を壊すような道を進んで行くという愚かな考え方に気が付いた。昔一度捨てたものに戻れるハズなんかない。目にするのも関わるのも嫌だったから断念した道。まだ合否は来ないけど、落ちていたら自分のため、断わるのは相手方のためと思っている。たぶん引っ掻き回す。でもそれはいい結果をもたらさない。こんな土地の神の祟りにあっていた期間にした判断がまともなはずはない。
結果的に、仏さま(弘法大師)に多大なご迷惑をかけましたけど、今回私ら家族を救ってくださったのは仏さまのお慈悲と崇敬する神社の神威でしょう。お札を返す、守り札を返すなど愚行(これはアドバイスがありやったんですよ)に走りました。それは今後お詫びしていこうと思います。
まあ、ちょっとだけ残念なのは、おいらが父の身代わりとなるために今日まで生きてきたこと。それ以外には役目がなかったってことです。もう用済みなんだろうと思います。家族の絆っぽいものにもう気持ちが固定出来ないんです。もっと早く独立して一人で生きていれば良かったと思います。もう少し時間はかかるけど、この家は出ていかないとね。もう見るのも、息をするのも、想い出も・・・・全部が辛いだけ。
今も膿苦しんでいる最中、それでも神様を奉じなければならず、本当に竃神様、天照様、氏神様、大変申し訳なかったです。こういうのは健康な人間がやってこそ正しいわけで、おいらがしてはいけないと思っておりました。本当に申し訳ないです。
でも、自分が尊敬する人ならば悔いも残りませんが、むしろおいら自身にとっていちばん邪魔な存在であった父の身代わりなど悔やむばかりです。このお祖母ちゃんの霊はおいらを幸せにはしてくれないでしょう。だからセイフティネットで名前も素性もわかりませんが、拝み屋のおばさんが遠くから見守っていてくれたのだと思います。おいらがおいらの人生を取り戻すには少々年も取り過ぎたし、もう生きてくために働くしかないんでしょうね。
今日も、雨が降りそうで降らない。大気は不安定で、大雨の予感はするけど。
いろんな意味の結果は何も出ていない。一社の面接に約一カ月以上拘束されたり、友人と食事に行こうとすると体調が悪くなったり、やっぱり家に囚われたまんまの囚人みたい。はじまりの時が見えないことよりも、今回みたいに終わりが見えないときの方が辛いですね。
人の不幸を願うのは嫌いだけど、他人を呪詛してまでその地位を守ろうとする邪悪な人間がいて、その人が今も普通に誰かを呪詛しながら生きてると思うと時々叫びたくなるほど気が滅入る。いろんな出来事は同時進行ではない。歪んでてねじ曲がっていて、なんとなく並んで視えるだけだ。家の神様騒動は終わったものと思いたい。でもおいらの心は戻らない。
月並みだけど、普通になりたかったんです。もう・・・・・・・・・。
これで本当に終わるのか・・・・もう何度もそんな局面を迎えて期待を裏切られてきたので、正直怖いです。これで終わりじゃないとおいらはもう前には進めない。
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